まずいチョコレート
悪本不真面目(アクモトフマジメ)
第1話
2月13日
「どうしてアンタがここにいるのよ。」
めちゃくちゃな話だ。ここは僕の家のキッチンだ。
「出ていきなさいよ、ここは乙女の聖域なのよ。」
「だったら自分の家で作れよ。」
「仕方ないじゃない、妹が使ってるんだから。」
ぶつぶつ文句を言いながら慣れた手つきで愛花のチョコ作りは続いている。
去年や一昨年もこんな感じだった。
「で、今年も直樹にあげるのか?」
「もちのろんよ。」
「でも結局お前、高校3年間まともに直樹と会話すらしてないじゃん。」
「いいの大好きなのだから。」
愛花の額から汗が出ている。ゆっくり丁寧にチョコを湯煎して溶かす様子はまさに
一生懸命だった。
「それに今年は秘策があるんだから。」
コンロの火を止め、首から下げているタオルで愛花は汗を拭いた。そして彼女は
冷蔵庫から秘策を取り出した。それはとても生々しく真っ赤なマグロの刺身だった。
「私ね、結局一度も直樹君と同じクラスにならなかったし、ロクに会話もしてないし、直樹君めっちゃモテるし、しかも幼馴染の恵子いるし・・・・・・。」
僕たちは三年間同じクラスだったな、僕だって告白されたことあるんだよ、
そういえば、僕たちも幼馴染だよな。そんなことは口には出さなかった。
彼女は冷たいマグロの刺身にアツアツのチョコレートをかけている。
その行為は残酷だが、その表情は美しかった。
頬を赤らめ、やさしい瞳で、少し口角を上げて微笑む彼女を僕は去年も一昨年も見ていた。これを見る為に僕はここにいる。たとえその光が遠くを照らしていようとも
僕はこの彼女を見ていたかった。
「私ね、去年も一昨年も彼が喜ぶ様に美味しいチョコを作ったんだ。でも彼の中では私はモブキャラ。」
彼女は誰に向かってしゃべっているのだろう。
「私、そんなの嫌だった。だから、どんな形でも彼の中に私が、いて欲しい。」
彼女は真顔でチョコをコーティングしたマグロを見つめていた。
「よし、あとはこれを冷やせばOK!」
愛花は僕の家のキッチンの冷蔵庫にマグロチョコを冷やした。
「うん、これは絶対にマズイ。」
愛花は得意気にそう言った。
2月14日
いつも通りに、愛花からチョコをもらった。愛花曰く自信作らしい。
僕は幾何学的なハート型のチョコを齧った。中からイチゴジャムが出て来て、これが甘酸っぱくてチョコの甘さを引き立てていた。マズかった。
僕にとっては今年も愛花のチョコレートは、まずいチョコレートだった。
まずいチョコレート 悪本不真面目(アクモトフマジメ) @saikindou0615
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