次の来客


 それが現れたのは突然だった。

 この世界で最も高い山の、その頂上。わしの住処はそこの小さな家だ。極寒の土地ではあるが、竜人族のわしにとってはたいした問題でもない。わしが一人で静かに暮らしている。

 わしがこの世界に生を受けて、百年。竜人族でも随一の魔力量を持って生まれたためか、仲間からは竜人族の威厳を示せと言われ、鍛えられ、そうして世界最強の称号を得た。

 そう、最強だ。この世界にわしの上にいる者は一人もおらず、そして誰もがわしに媚びへつらう。わしを仲間に引き入れるために。


 実に。実にくだらない。つまらない。

 あまりのむなしさにわしはこの場所に引きこもった。普通の生物ではそうたどり着けぬ場所。わしと同じ竜人族ならたどり着けるが、そいつらはわしが追い払っている。実にたやすいことだ。

 そうしてわしは、ここで一人で過ごしている。野生の動物を狩り、炎の魔法で焼いて食べ、そして寝る。ただそれだけの生活。

 楽しいと聞かれれば、当たり前だが楽しくはない。だがかといって今更山を下りようとも思わぬ。下りたところで媚びへつらう人間どもに群がられるだけだからだ。

 ただ。それでも。それだからこそ。

 とても。寂しい。




 そう思っていたわしの前に出てきたのが、それだった。

 わしが手作りした簡素な木の家。その側に、握りこぶしほどの光球が浮かんでいる。途方もない魔力を感じるそれは、しかし危機感を覚えるものでもない不思議なものだった。


「なんじゃこれは。無駄に濃い魔力じゃな」


 わしが全力で魔法を使ったとしても、これほどの魔力は使わないだろう。それ故にこの魔法が少し気になる。一体どのような魔法なのか。

 ふむ……。触れてみるか? 何かしらの攻撃魔法の可能性ももちろんあるが、それもよかろう。例えこの魔法が原因で死んだとしても構わないとも。正直、このまま無駄に生きていくのも疲れているから。

 ゆっくりとその光球に手を伸ばす。特に敵意は感じない不思議な魔法。思い切ってその光球に手を触れると、光があふれてわしの体を包み込んだ。

 ふむ……。やはり攻撃魔法の類いか。さて、どうなることか、楽しみだ。


   ・・・・・


 ミリアちゃんがこの家に遊びに来るようになってから一週間ほどが経った。

 ミリアちゃんは毎日来るわけではないけど、二日に一回ぐらいは遊びに来てくれる。そのたびに狼のウルたちを連れてきてくれるから、クロも大喜びだ。

 もっとも、クロはウルたちよりもミリアちゃんに会えるのが嬉しいみたいだけど。すっかり仲良くなっていて、私はとても嬉しい。

 ミリアちゃんはそんな感じなんだけど、それよりも気になる人がいる。


「ん……。なに?」


 私の視線に気が付いたのか、リオちゃんが顔を上げた。


「いや……。リオちゃん、ずっといるなって。ミリアちゃんでも毎日は来れないのに。リオちゃんは自分の世界に帰らなくていいの?」

「邪魔?」

「いや、邪魔ってほどじゃないけど。気になっただけ。リオちゃんがいると、クロも安心してるみたいだし」


 クロは私の隣の椅子に座って静かに本を読んでる。そのクロの頭を撫でると、クロが不思議そうに顔を上げた。きょとんと首を傾げるクロをわしゃわしゃっと撫でる。そうするといつもきゅっと抱きついてきてくれるから、それがとてもかわいらしい。


「んん……」

「クロはかわいいなあ」


 喉のあたりをかいてあげると、とても気持ちよさそうに身をよじる。それがなんだか小動物みたいでとてもかわいいんだ。私の妹はやはり天使です。間違いない。


「仲が良いのはいいこと。ちなみに私は急いで帰る必要がないだけ」

「そうなの? リオちゃんは学校とかないの?」

「んー……。それなりの年だから」

「なるほど、ロリババア」

「怒るよ?」

「ごめんなさい」


 それなりの年っていくつなんだろう。気にはなるけど、どうにも教えてくれるつもりはないらしいんだよね。興味がある程度だから別にいいんだけど。

 そんな感じでだらだらと話をしていたら、クロがぱっと顔を上げた。この反応は、一度だけ経験がある。ミリアちゃんが初めて来た時と同じ反応だ。

 つまり。


「おきゃくさま。きた」


 クロが椅子から下りてキッチンへ、つまり裏口へ向かう。やっぱり異世界の誰かがここに来たらしい。二人目はどんな子かな?

 私もクロの後に続こうとしたところで、リオちゃんの声が届いた。


「小夜。私は魔力を隠蔽しておくから。ミリアの時みたいに怯えられたくないし」

「あ、うん。了解。もしかして気にしてた?」

「ん……」


 リオちゃんが少しだけ顔を赤らめて目を逸らした。

 ミリアちゃん、かなり怖がってたからね。表情に出てなかっただけで、リオちゃんは結構気にしてたみたい。


「了解。気を遣わせてごめんね」

「謝るのは私の方。気にしないでほしい」

「あはは」


 お互いにクロ優先だからね。クロのためならってやつだ。

 リオちゃんに軽く手を振って、改めてクロの後を追った。

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