クロの師匠
私がそれを聞くよりも早く、今度は魔法陣の真上に大きな黒い穴が空いた。魔法陣に、ではなく、その上。つまり空中にぽっかりと穴が空いた。見た目は、大きな黒い球、みたいな感じだけど。なんだこれ。
私が困惑している間に、その穴からゆっくりと人が出てきた。
真っ黒のローブに長い銀髪の女の子。透き通るような青い瞳で、手には長い杖を持ってる。クロぐらいの背格好だから、十歳前後かな? 年以外はまさに物語に出てくる魔女そのものだ。
そんな魔女は周囲を軽く見回して、次に自分が立っているテーブルを見下ろして、わずかに眉をひそめた。
「ん……。クロ」
「うん」
「魔法陣は床に置いてほしかった……」
「…………。あ」
うん。とりあえず悪い子じゃなさそうだね。
銀髪の子はふわりと浮かんでから、クロの側に降り立った。
そう、浮かび上がった。飛んだ。跳んだわけじゃなくて、飛んだ。どう見ても浮いていた。クロでもそんなことはしたことがない。この子もやっぱり魔女なのかも。
「クロ。えっと……。その子は?」
「おともだち。ししょう。とてもすごい」
「端的すぎて関係性しか分からない……!」
クロの友達にして魔法の師匠、ということはなんとなく分かる。なんとなく分かるけど、それしか分からないとも言える。この子の名前とかどこの子なのかぜんっぜん分からない。
「んー……。昔の私を見ている気分。クロらしい」
そう言った銀髪の子は、わずかに苦笑いを浮かべていた。
「私はリオ。こことは違う世界、いわゆる異世界の魔女。よろしく」
「あ、はい……。クロの姉で、小夜といいます。よろしくお願いします」
リオという子らしい。クロほどじゃないけど、この子も少し表情が薄い。どことなくクロと似てるかも。
いや、それよりも。今、この子はなんて言った?
「あの……。異世界?」
「そう。異世界。こことは違う世界。私はそこの出身」
「へ、へえ……」
異世界。クロの魔法を知った時に、これ以上驚くことは絶対にないと思ってたんだけど……。正直、ちょっと現実を受け止められない。異世界て。本当にあるんだ、そんな場所が。
いや、私が知らないからって、あるはずがないと思うのは浅慮かな。魔法だってあるんだから、異世界があってもおかしくはない。はず。多分。
「もしかして、リオちゃんがクロに一から魔法を教えてくれたんですか?」
「んーん。クロの魔法で私が召喚されて、せっかくだからと私が魔法を詳しく教えてあげた」
「なるほど……」
やっぱり、きっかけはクロの魔法らしい。とてもすごい子だとは思ってたけど、異世界から人を召喚してしまうなんて……。やっぱり私の妹はとてもすごいと思う。とりあえず撫でておこう。
「なでりなでり」
「うあー……」
クロの頭を撫でてあげると、クロの頭がふらふら揺れた。その後ぴっとりとくっついてくる。やっぱり私の妹は世界一かわいい。
「クロ。落ち着いたら、今の魔法を最適化しよう」
「ん!」
リオちゃんの言葉にクロがどことなく嬉しそうに頷いた。これは、何かを期待しているというか、楽しみという顔だ。だてにこの子の姉をしてないからね。表情が薄くてもちゃんと感情を読み取れるのです。
ところで。
「最適化とは?」
「クロのこの魔法、異世界の自分と似た背格好の魔女を呼び出す、という魔法なんだけど」
「へえ……。え、曖昧すぎない?」
「曖昧すぎる。私が呼び出された時に少し魔法に介入して私しか呼び出されないようにしたけど、基本的にはランダムで呼び出される。極悪人が召喚されるかも」
「ちょ……」
思っていたよりずっと危険な魔法だった!?
すっとクロに視線を落とす。さっと視線を逸らされた。危ないことをしていた自覚はあるらしい。
「クロ。できればもうこの魔法は使ってほしくないかな……」
「やだ」
「やだかー。そっかー」
やだなんて言われたら、私もそれ以上は言えないね! クロのやりたいようにさせてあげたいから。尻拭いはお姉ちゃんの仕事だからね。できるかは分からないけど。
「クロは友達が欲しいらしい。この魔法は、友達になれそうな人を呼ぶ魔法……の、試作版」
「友達……」
そっか。友達。友達か。それなら、うん。なおさら止められない。
「私もずっとここにいられるわけじゃない。だから、クロのために、たくさん友達を作れる魔法に改良する」
「それは……ありがとう。本当に」
「ん……。クロはまだ小さいから。子供を助けるのは、大人の義務」
「大人……?」
どう見てもクロと同い年にしか見えない。そう思いながらリオちゃんを観察してみたけど、やっぱりどう見てもリオちゃんも子供だ。
リオちゃんは私の視線に、薄く苦笑いした。
もしかして、リオちゃんはすごく年上だったりするのかな……?
リオちゃんはクロの魔法が完成するまで、この家に泊まり込むらしい。二人でクロの魔法を改良するのだとか。主にリオちゃんが頑張ることになりそうだけど。
ただ、食費が増えることが少し気がかりだ。二人分でも悩んでいたのに、さらに増えたってことだから。
でもそんな悩みは、あっという間に氷解した。
リオちゃんが我が家に泊まって、翌日。リオちゃんにとんでもないものを渡された。
札束だった。もちろん、リオちゃんの世界のお金じゃなくて、この国のお金だ。生活費、なんて軽い言葉で手渡されたから、かなりびっくりした。
「あの……。このお金はどうされましたか……?」
「なんで敬語? ちょっと売りつけてきただけ」
「なにを!?」
「内緒」
いや、本当に何をしてきたのかすごく不安なんだけど!? 犯罪でないことを祈ろう。
ともかく。そこからはお金に余裕ができたから、みんなの好きなものを作れるようになった。クロのハンバーグはもちろん、リオちゃんの好物、カレーライスも。ハンバーグカレーなんてやってみたら、二人とも大喜びだった。
もちろん二人とも表情はとても薄い。大声ではしゃいだりなんてしない二人だけど、それでも目がとってもきらきらしていて、分かりやすかった。あんなに喜んでくれるなら、また作ってあげてもいいかも。
そうして、リオちゃんがこの家に泊まり始めてから一週間が経った。
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