お友達とお話しする魔法


 スーパーで買ったものは、ペットボトルのオレンジジュースとハンバーグの材料、あとはサラダにインスタントのお味噌汁。

 お引っ越し初日だからね。クロの好きなものでお祝いだ。もうあいつらの顔色をうかがう必要もないから、とても気楽に過ごせる。

 キッチンでハンバーグを作って、大広間へ。クロはこばけと遊んでる。

 こばけの両手を握って、にぎにぎと。たまにこばけをくるっと回してハイタッチ。思い出したようにこばけを抱きしめて、満足そうに頷いてる。

 こばけも嫌がってる素振りはなくて、ぱけぱけ楽しそうだ。


「んふ……。クロもこばけもかわいいなあ……」

「ばけばけ」

「うわ!?」


 気付けば隣におばけがいた。私のつぶやきにうんうんと何度も頷いてる。急に現れるとびっくりするからやめてほしい。


「あー……。そういえば、おばけたちのご飯は用意してなかったけど……。何か食べる?」

「ばあけ。ばけばけ」


 手と首を振ってる。つまりはいらないってことかな?


「今日だけ? それとも、ずっといらない?」

「ばけ。ばっけばけけば」


 うん。よし。わからん! あとでクロに通訳をお願いしよう。

 私がテーブルにハンバーグを持っていくと、クロの動きが止まった。こばけの手を離して、お行儀良く座る。なんというか、わんこに待てをさせてる気分だ。

 料理を並べて、私はクロの隣に座って、そうしてから手を合わせていただきます。

 クロはそれはもう嬉しそうに食べ始めた。クロの好物なのに、いや好物だからこそ、かな? あまり食べる機会がなかったからね。たくさん食べてほしい。

 ハンバーグをもぐもぐと食べるクロを見守りながら私が考えるのは、お金のこと。今日の晩ご飯だけで千円強使ってる。食費だけでも、あと一年も生活するのは厳しいと思う。


 どうしよう。誰に相談しよう。学校の先生に相談するわけにはいかない。間違いなく両親に連絡が入るし、そうなった場合、クロの魔法がどんなことになるのか分からない。

 それに、クロの学校もある。クロは不登校気味だったから、今後は行かない可能性もある。そうなった場合、やっぱり両親に連絡が行くだろうし……。

 だめだ。正直、私なんかが考えてもどうしようもない。本当に、どうしよう。

 考えながら食べているといつの間にかご飯を食べ終わって、そしてクロが私をじっと見つめていることに気が付いた。


「あ、ごめんクロ。お代わりはいる?」

「んーん」

「そっか」

「おねえちゃん」

「うん?」

「だいじょうぶ」


 そう言って、クロが頷く。何が大丈夫なのか、正直私には分からない。私が何に悩んでいるのか、クロは分かってるのかな。クロは賢い子だからか、私よりも分かってたりするかも。


「あした、がんばる」

「え? あ、うん……」


 明日に何かするってことかな? 今のところクロに何か我慢してもらおうとも思ってないし、好きにやってもらおう。大丈夫、何かあればお姉ちゃんがなんとかしますとも。


「ともだち。だいじ。おねがいする」

「うん……?」


 ただ、クロが何をしようとしているかは、正直よく分からなかった。




 私たちの寝室は二階になった。左側が私の部屋で、右側がクロの部屋。もっとも、クロの要望で寝る時は私の部屋で一緒に寝る。

 枕を持って一緒に寝たいって言いに来たクロはとってもかわいかったです。思わずお布団の中で抱きしめちゃったよ。ちょっとだけうっとうしがられたけど。

 そうして、翌朝。トーストを食べ終わったクロは、私に大きな紙を見せてくれた。

 とても大きな紙で、一辺二メートルほどの正方形、だと思う。その紙には大きな円が描かれていて、その円の中に幾何学的な模様がある。いわゆる魔法陣ってやつだね。

 これは、クロが魔法を使う時に浮かび上がる光の模様ととても似てると思う。ただその時に見える模様よりもずっと複雑だ。どんな魔法なのか、当たり前だけど私には想像もできない。


「クロ。これはなに?」

「おともだち。おはなし。まほう」

「えっと……。お友達とお話しできる魔法ってことかな?」


 そう聞くと、クロはこくこくと何度も頷いた。

 友達とお話しできる魔法。それは、すごくいい魔法だと思う。スマホを使えばいいだけだと思うけど、クロはスマホを持たせてもらえなかったからね。こういう魔法は必要だ。

 でも問題はそこじゃない。もっと根本的な問題がある。

 こういう言い方はちょっと誤解を招きそうだけど、クロに友達はいないはずだ。魔法のことをほとんど隠してなかったせいで、学校ではかなり浮いていた。授業参観に私が行った時にそれを見てる。先生からも腫れ物扱いだった。

 魔法が使えるとかヒーローだと思うんだけどね。担任の先生から聞いたら、どうにも手品だと思われてるみたいだった。手品を魔法と言い張ってる、そんな感じだ。


 信じられないのも無理はないと思うけど、ほとんどいないものとして扱われるのはちょっとかわいそうだと思う。先生からは、じゃあ家でどうにかしてください、と言われてしまったけど。

 ともかく。クロに学校での友達はいない。そんなクロが言う友達って誰のことだろう。おばけこばけのこともあるから、ひょっとしたら人じゃないのかも。

 クロがぺちぺちと魔法陣を叩くと、魔法陣が光り始めた。何が起こるのか、怖いような、楽しみなような、複雑な心境だ。

 そうして待つこと一分ほど。頭の中に直接声が響いた。


「予想より早い。こんにちは、クロ。準備はできた?」


 クロと同じような、感情をあまり感じられない声。でも明らかにクロの声とは違う。

 クロは頷いて、口を開いた。


「できた。おねえちゃん、いっしょ。だいじょうぶ?」

「ん。大丈夫。私の研究も終わったから、繋げる」

「おねがい」


 いや待ってほしい。繋げるってなにかな。それ以前にこの声って誰の声なのかなあ!?

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