第18話 公開処刑当日

「あれ、毒舌王子と最強の王太子妃様じゃない?」


 そのセリフはまるで『悪党王太子を手懐けたのは唯一この私だけのようです』といった優越感満載のロマンス小説憑依系設定を彷彿とさせるものがある。

 確かに事実も織り込まれているが、動画の拡散以降に根付いた二人のイメージに対する脚色もすこぶる激しく、現に当の『王太子妃』もとい千鶴ちづるはその手の物語のヒロインのごとく神格化していた。無論、それに伴い秀吾しゅうごの悪役感も比例していたが。


「……え 待って。王子たちの後ろ、なんかカメラ部隊がいるよ?」

「本当だ! 撮影? でも一般人まで写しちゃっていいの??」


 デートプランに『企画書』と名付けてしまったがためにその秀吾のを見たチームメンバーは私物と思わずにコピーと配布をし事業計画会議で全役員に晒され、業務の一環となってしまい室野むろの社長まで(興味本位もあり)秘書を引き連れ直々に『夫婦宿泊デートプラン ~室野観光事業所オンラインチケット』の視察に来ているのだ。


 あらかじめ秘書を通じてそのスポットごとの取締役にアポまで取り、視察撮影の許可を得、秀吾たちが実際のデートをしている間に取締役と合流しチケットの売り上げの何割を差し出せば提携できるか等の商談までこぎつけるという『一石二鳥』ならぬ『漁夫の利』を荒稼ぎしていた。


 行き当たりばったり旅行さえマンネリ化してきた夫婦の中には、そのように『おはよう』から『おやすみ』まで、それも食事と宿泊、つまりコースのすべてがひとつのパックになったデートチケットがあれば一度は試してみようかと考える者もいることだろう。

 或いは

『県外旅行したいけど知らない土地でその日のランチを探し回って結局どこもランチタイムのクローズを迎え昼食にありつけず空腹でヘトヘトの状態でホテルチェックイン後シャワーを済ませてそのまま近くの居酒屋でちょっとした酒とつまみだけ嗜んで部屋に戻るなり爆睡、なんてことになったらいよいよ面倒くさい』

 という不安を抱えた県外の者も寄り付きやすくなることだ。そのように受け取った各施設側にとってもまた、

「これで県外の客も増えて評判や認知度も上がれば一石二鳥ですよ」

 と観光会社に客寄せを丸投げできる点は魅力的である。


 この客寄せがうまくいけば夫婦篇だけならず家族篇まで作ることができ、それに合わせて施設側、例えばそれが動物園であれば

『土日祝・室野観光チケット購入者限定の動物園バックヤードツアー』

 などイベントを立ち上げることができる。それが子供たちの間で広まれば小学校の社会見学でも『動物園の飼育員さんのおしごとってどんなもの?』など適当なタイトルでも付けてイベントを設ける大義名分が出来上がるのだ、まさに地域活性化への貢献として認められ、しばらくは安泰なのである。


 そのようなことにまで商業利用されているとは知らない秀吾と千鶴は、

 ・10:00-10:30 地域歴史資料館と古墳を散策

 ・10:30-12:10 同館にて粘土で埴輪ハニワ作り体験(乾燥後次週受け取り)

 ・12:30-14:00 山奥の有名な割烹でミニ懐石

 ・14:30-16:00 割烹の提携旅館イベントで手作り花火体験

 ・17:00-19:00 水族館 夜間の部にてフレンチディナー付きイルカショー鑑賞

 と、水族館のイルカショーで純粋にはしゃぎ倒していた。


 むしろ歴史資料館で作ったハニワを受け取る日が待ち遠しいくらいである。そのワクワクした高揚感が二人のテンションを白熱させていた。


 しかしその健全な空気を読まぬ室野社長は離れた席で同じディナーの牛ヒレを切りながら秀吾に目配せをした。


 痛いほどの視線に思わず目が合ってしまった秀吾。


 社長はここぞとばかりに全身のジェスチャーでサインをし、水族館のスタッフ一同もフラッシュモブになる勢いで社長に加勢をする。それがまた鬱陶しいので秀吾も躍起になった。


 ――何ですか社長こんなときに邪魔くさい

 ――ガチめにはしゃぎすぎだよ赤羽あかばね

 ――今いいところなのに邪魔すんな

 ――て、手ぐらい繋ぎなさい

 ――何言ってんですか、ハードルが高すぎます

 ――なんで!?

 ――まだ告白だってしてないんですって

 ――デキ婚のわりに順序おかしくない!?

 ――個人の自由です、プライバシーの侵害はやめてもらえませんか

 ――せめてキスぐらい…ここだ、ここでデザートのときにキスをするんだ


 秀吾は美しい眉間にこれでもかと皺を寄せ首を横にふった。


 ――無理です

 ――いいから場を盛り上げるんだ

 ――絶対いやです

 ――空気を読まないか赤羽くん、社長命令だぞ

 ――パワハラで訴えますよクソ社長

 ――なんだその反抗的な態度は

 ――今はオフですから

 ――ハハハ、こんなこともあろうかと『出勤』にしておいたのだよ

 ――なん……だと……


 本日は土曜日。営業マン以外の出勤は通常であれば社内規定に反するのだが、観光業である限り『観光業務』に関する事項ではその限りではない、とある。


 秀吾はたちまち青ざめ、イルカの可愛さに見惚れて楽しんでいる千鶴の唇と室野社長とを交互に見ては慌てふためき始めた。

 見るに耐えかねた社長秘書が助け船を出し消灯からのネオンアップで雰囲気を演出。



 そのタイミングでメインディッシュが下げられデザートが来た瞬間、秀吾は向かい合っていた千鶴の隣に座り直して段取りのごとく唇にキスをした。



 フラッシュモブもとい水族館のスタッフからも盛大に拍手が上がる。室野社長も感極まりパチンと指を鳴らして叫んだ。


「これだ! オプションでフォローアップイベントを設けるんだ! ここでキスをしたカップル限定で次回の割引チケットプレゼント! ここが恋人の聖地になれば県外からも観光客を引っ張ってこれる! これで競合は免れるぞ! 赤羽くんにはボーナスをやろう! さぁあとはホテルに直行するだけだ赤羽くん!」


「や。ホテルは取ってませんよ。この食事が済んだら家に帰ります」


「ええ!? 企画にはグランドホテルに一泊とあったじゃないか! なんで泊まらないの!? 今からダブルルームを取るから待っていなさい」


 控えめに言っても迷惑である。

 秀吾がホテルを取らなかった理由はここまで話が盛り上がると思っていなかったからだ。しかし社長命令に従い、結局は社長の取った部屋で一泊する羽目になった。


 そして翌日のプランも計画通りに進められることになり、ついに嫌気が差した秀吾は ちゃぶ台返しのような行動に出た。他人の敷いたレールを他人の意思で進むのはナルシストの秀吾にとって苦痛でしかないのだ。



「あ、ここ、植物の分析センターが近いなあ~。ちょっと新規アロエの件がどうなったか聞いてみよう」



 棒読みではあるが、イレギュラーを発生させてやった。それもしっかりと理に適った名分で。


 本日は日曜だが、センター長は在籍中である。植物分析センターにはあらゆる植物が栽培されており、温室まで完備された いわば『観光地』なのだ。ここにもちゃんと植物に興味のある観光客が来るので見学料 大人一人 300 円を支払えば自由に植物を観察できるように綺麗に整備までされている。


 計画になかった行動に社長一行は一瞬戸惑ったが今まで観光事業をしていたのに盲点だったとばかりに植物園を堪能してしまった。

「なにここ、取引でしか関わらなかったけどすごく見応えあるなあ」

 感心してオオオニバスなどの写真を一眼レフで撮影する社長の傍ら、

 センター長が登場し、


 直接取引している秀吾ではなく当然ながら室野社長に名刺を渡し、挨拶ごっこが成立した。


 少しばかり苛立った秀吾は千鶴の腰を引き寄せてセンター長に挨拶する。


「今日は見てのとおり僕と妻のデートでここに来てるんで。は俺のストーカーですからのように扱ってくれませんか」


 もちろんこの動画は後日編集を加えられてカットされたが。

 本題の『新規アロエ』によって、この旅行企画の二日目は秀吾の目論見通り ちゃぶ台返しに合う。


「やはり新規種でした。お名前はどうされますか?」

 すでに序列を見極めたセンター長はメガネを整えながらシーケンス結果を秀吾に提出した。秀吾はご満悦の笑みを浮かべ、顎に親指を当てて温室のベンチに腰掛ける。

 少し人間味を帯びてきたと感じる節は、自分が腰かけるより先に千鶴を座らせた点だろうか。

 そこは編集されずそのまま使うことにした室野社長も大概だ。


 秀吾は受け取った資料を社長ではなく千鶴に共有しながらセンター長に説明をした。


「室野観光にとってもここにとっても本当にいい結果ですね。実は、こっちで in vitro の試験をしたら炎症性サイトカインだけでなく TRP-V1 や NGF の遺伝子が抑制を受けたんですよ。間違いなく神経終末に働いて炎症を上流阻害してるんで即効性はあるでしょう。ちょっと気になったのでラット脾臓から採取した B 細胞に抗原刺激を与えてポジコンにフコイダン、ネガコンに PBS でこのアロエ熱水抽出エキスを 100 倍希釈で添加して 24 時間培養した上清を HPLC 蛍光試験にかけてヒスタミン脱顆粒酵素を測定したんですけどね、n=3 のダブレットでどれも酵素が下がってたのでフコイダンのような抗ヒスタミン作用も認められると思うんですよ」


 秀吾の説明を受けたセンター長はメガネを光らせて前のめりになった。

「この短期間にそこまでやっていただけたんですか!?」


 もとい室野社長も驚きを禁じ得なかった、この新規アロエの報告を聞いたのは初めてだからだ。

「ええ!? 聞いてない!!! 聞いてないよ赤羽君!!!」


「in vitro の結果が出たのは一昨日ですからね! そのとき社長はこのデートプランでいっぱいだったじゃないですか! (俺もだけど)」


「では何と名付けますか?」

 センター長は室野社長を空気のように押し退けてでもしがみついた。当然、この結果次第では当分析センターの地域貢献に繋がるからである。


 秀吾はある程度予想していたのだろう、自信満々にこう答えた。


「苦痛を和らげる意味合いで『Opioid』の文字を学名に入れようかなって思うんですよ。あ~もちろんこれから医大にもこのアロエサンプルを送って vivo をやってもらうつもりですけどね」


「なんでこんな、こんな大事な! ……うちの敷地で……地域原産食材が抗アレルギー作用……」

 二の句も継げない社長をフォローするかのように秀吾はわざとらしく社長に視線を移し、ハッとした表情を作って「あ」と発した。


「そうだ、とりあえず室野社長から取って『A. M. Opioidilus (Aloe Murono Opioidlilus)』とでも名付けたらいいんじゃないでしょうかね」


 歴史的瞬間のアロエは、実に適当に、しかし策略的に名付けられた。無論、医大での試験に対する投資はデートプランよりも多額の出資となることは誰もが予想の付いたことであり、社長秘書は手帳に『補助金』『アロエ』とメモを残す。



 その日無事に帰宅した秀吾と千鶴は「今日は仕事したね」とガッカリし、


「次こそ二人だけでデートしてやる」


 秀吾はリベンジを企てることにした。



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