第12話 湿邪と水毒、そして茯苓
「お前さあ、ひとつでも問題起こさねぇと気が済まねぇの?」
絶対に否定されたくなかった相手、幼馴染の
幼少期から一緒だった晴弘から否定を受けるといつしか秀吾は劣等感を抱くようになっていった。
最初は勉学も外見も何もかも、真っ先に褒められていたのは自分だったはずが、中学に上がったころを境に急に身長も高くなりボクシングまで習い始めスポーツ選手特有の体力と集中力により勉強もそれなりに伸びた晴弘のほうが女子から声をかけられる確率が高くなった、いや、晴弘ばかりが女子に囲まれ始めたのだ。
と、いうのは晴弘の仕組んだカラクリであり、単に外見と成績しか取り柄のない秀吾ばかりが持てはやされ、挙げ句「これ、
それが一見して晴弘がモテているように見えたため秀吾の目にはまるで晴弘が自分よりモテていたとしか映らなかったのだ。
晴弘の嫌がらせは大成功である。
しかしそれが裏目に出て結局は秀吾のモテ自慢は社会デビュー後余計に拍車がかかり、何かあると必ず晴弘に報告、もとい自慢をするようになっていった。
秀吾にとってはその延長上のつもりで晴弘をいつものカクテルバーに呼び出し、ちょっとした『ヨメ自慢』を吹っかけてやるはずだった。
無論、ニュース沙汰にまでなった有名人に対し晴弘は開口一番に非難するほかなかったが。ただ秀吾の様子がいつもとは違うことだけは動画を観ても明らかであることには晴弘も気付いていた。
「あ~……まぁ、ホントよく出来た奥さんだよな、
その一言に秀吾は今しがたまでの不機嫌なしかめっ面をパッと笑顔に変え、キラキラとした眼で返す。
「だろ!? そうなんだよ、さすが俺のヨメ! 」
「ああ、うん。さすがなのはお前の奥さんだからじゃねぇけどな。人間としてよく出来てるって意味だから思い上がんなよ」
もちろん聞いていない秀吾はひたすら百面相を始めた。
「なんか最近ちょっと俺もヨメへの接し方を変えなきゃって思ってんだよ。例えばヨメを喜ばすにはどうしたらいいのかとか悩むんだよねえ。俺がサプライズでプレゼントなんてあげたら喜んじゃったりするかな、うはは。あ~、だけどずっとワンナイトしか経験なかったし女心とか考えたことないからさっぱりわかんないんだ、ドン引きとかされたら絶対 心折れる。なあどうすればいいと思う?」
「それ俺に聞く?」
常に女性の視線が自分ではなく秀吾に向いていたことを思うとアドバイスもしたくない、その前に、それ以前の問題で秀吾にわからないのなら晴弘にもわからないということだ。
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季節は梅雨。
そんな『思』いも、水が『土』に沁み込むように『脾』に溜めやすくなる時期である。
五行図において『脾』と相関するのは『胃』『肌肉』『口』。
『冷えると腹をくだす』ものだが、その『冷え』は『陰』であるため体内で『陰』の充満を認識すると体は水分を摂っても小腸から吸収することなくそのまま大腸へ流れて下痢をする。或いは、胃に貯留したまま食欲不振となり、胃が動かないことで腸が動き結果やはり下痢をするという原理である。ついでながら肌肉はむくみ、舌は黄色味を帯びるのだ。
雨で家から出なくなり物『思』いにふけり氣を塞ぐことで『口』も塞がり『胃』が塞がるため『脾』への気流が塞がり、水が滞るため悪循環となる。風水でも水回りを綺麗にしろと言うように、気流を起こすには水の流れが必要だ。
それは梅雨や熱中症時に起きやすい『水毒』でも然り。
上記の症状を『
六淫で最初に来るのは風邪、かぜと書いて『ふうじゃ』と読む、春の風邪である。
これは冬に溜め込んだ氣が肝から溢れてくる段階で、血がうまく巡らず自律神経が乱れやすくなり体温調節が不十分となることで免疫力が低下し、風邪症状やアレルギー症状が現れやすくなるものだ。
風邪は風から運ばれる、というように
そのような不調を予防しようとしたのが
『季節の薬膳スムージー ~春~』
だった。
六淫はその名前のとおり六つ。
春)風邪:肝氣の乱れで起きるカゼ
雨)湿邪:水毒
夏)暑邪:暑気あたり(強まると『火邪』となる)
秋)燥邪:乾燥から来る空咳など肺の症状
冬)寒邪:腎が冷え、身体が冷たくなる
つまり次に期待されたのが、
『季節の薬膳スムージー ~梅雨~』。
言わずもがな水毒を予防するものである。
そう、春のスムージーがヒットしたため、期待が大きかった。
だからこそ
しかしちゃんと試行錯誤が成された末に開発されたことだけは間違いない。
茯苓は体を冷やしも温めもせず必要な水分を保ち余分な水分を外に出す。術後 利尿剤で除去出来なかった胸水が茯苓で除かれた事例さえある。
だがやはり万能薬など存在しない。
茯苓は陰虚に不向きなのだ。
あくまで陰(溜め込む力)が強い場合に適応するため陰が虚の状態でむくみがある場合、タンパク質など浸透圧をコントロールする栄養素を補うことで過剰な水を外に出す、あるいは補気、補血の食材で陰を補ってから茯苓を用いることが望ましい。
漢方薬では
例えば水を吸収しにくく胃腸に貯留することで下痢や頭痛、吐き気を催す症状に適した五苓散は
・
・茯苓、
・
と、『陰が目的の場所に貯留していること』前提である。無論、漢方薬とはそのように体質に合わせて使うものだがそれが当てはまらぬ現代人も増えている。
一方、体温調節の乱れから水分代謝の不調を招きめまいやのぼせを生じる者に処方される苓桂朮甘湯は
・茯苓
・桂皮
・白朮
・
と、唯一、甘草がかろうじて陰を補い調和を図っているが、甘草は一日の摂取量が 7.5g を超えると陰を溜め込みすぎて高ナトリウムの症状に類似した偽アルドステロン症を引き起こすリスクが高まる。
薬膳スムージーに使用するには『医薬品』すぎるのだ。
茯苓を安全に使用するために一緒に配合されることとなったのは、
季節の果実から陰を補うとなれば印象も良く、以下の処方が定まった。
君)ブクリョウ煮沸エキス (エバポレート濃縮)
臣)シナモン熱水抽出液
佐)アンズ果肉
使)ハチミツ
これらに増粘剤やpH調整剤、そして体の浸透圧を調節する必須アミノ酸などを添加して出来上がったのが、梅雨の湿邪、水毒による頭痛、めまい、吐き気、食欲不振、胃腸障害を和らげる
『季節の薬膳スムージー ~梅雨~』 である。
まさかこれが秀吾の毒舌で有名になりバカ売れするとは思わなかった
秀吾のレッテルは『薬膳王子』改め『毒舌王子』として再デビューを果たした。
「毒は薬」
そう呟いた室野社長の一言が筆頭株主たちを含めその場にいた全関係者の耳に強烈にこびりついた、梅雨だった。
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【補足】
杏の種の仁核から取れるものを
葉より実、実より種、種より根と作用が強くなるものもあればすべてが違う効能を持ったものもあり杏は後者です。
杏仁は特に陰を補うことで肺や大腸を潤す作用がありますが、過剰摂取で下痢をします。なぜなら陰(水)が体内に過剰になると本文で述べた『水毒』と同じ、小腸が水を吸収しなくなりそのまま大腸へ流れるからです。
つまり水の多い人に杏仁は毒となり得るものということです。
そんな杏仁にも種類があり、それぞれ対処する証も異なります。
例えば杏仁がよく用いられる症状は咳。
しかし同じ咳でも、肺に熱があるか冷えがあるかで摂るべき食材は異なります。
空咳は肺が熱で乾くことで出るので『甜杏仁』により肺に陰(冷却)を補うことで潤わせて咳を鎮めます。
ゲホゲホして肺に炎症がある場合は肺に『炎』がこもっているので『苦杏仁』により肺の熱を取り除くことで火を冷まし咳を鎮めます。
気管支炎も近いですね。
全身の慢性的な冷えに付随した弱々しい咳の場合は杏仁で陰(冷)を補うと悪化するため生姜で肺に熱を補うか附子で全身の冷えを取り除けば少しは咳が和らぎます、理論上は。
同じ症状でも原因が違う場合はこのように処方も変わる、これらを『同病異治』と言います。
しかし『熱を補う』ものは多く見られますが『冷えを取り除く』ものはわりと珍しく、そしてちょっぴり毒性の強いものが多いです。
附子なんてトリカブトなのでハチミツで緩和しないと失明する確率が上がりますもんね。
では蛇足でした。
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