第40話 友達

一瞬意識を失う感覚になり私達は再び別の場所へと移動していた。

ここはどこかの街の路地裏だろうか。


辺りには人がいない。

しかし人々が生活している形跡はあった。


取り敢えずあの場所から逃げられたことに安心して周りを見渡すと、一緒に移動してきた彼の白馬と共になんとそこには血を吐くトキの姿があった。


あの時も彼は血を吐いていた。

その時よりも酷い症状で血を吐く彼に私は駆け寄った。



『トキ!!トキ大丈夫!?』



「ゲホッ、うぇ…ゔ…」



異常な程の血の量を見て私は辺りを見渡し人を探した。誰か、誰か、助けて。

トキを助けてほしいと。


あまりに辛そうな彼は言葉を返すこともままならないらしい。


それを見て助けを呼ぼうとした時、彼に勢いよく腕を掴まれた。


そしてその目から、静かにしていろという言葉が聞こえた気がした。


そうだ、ここで人を呼んだところで私とトキはそのままクロウノジュールという騎士団に引き渡され殺される。

そんなことになれば、それこそ助からない。


だから私はただ苦しみながら背中を丸め地面に血を吐く彼の背を摩った。



『ごめん…ごめんねトキ、巻き込んで本当にごめん』



泣きそうにながらもそう言って謝れば、突然向こうから誰かの足音が聞こえた。


誰か分からない。

けどもしかしたら私を探すクロウノジュールかもしれない。


そう思った私は辛そうなトキを見つめて、覚悟を決めて立ち上がった。



少しでも時間稼ぎが出来れば。

せめてトキでも逃してあげたい。

大丈夫、簡単にやられる訳ない。


私といなければなんとだって言い訳は出来るはずだ。そう、悪魔に指図されたからと言えばトキの命は助かる。


それならば、今ここで私は彼のために身を挺して守らなければ。



そう決めて足を踏み入れた。










しかし。















『わっ!?』



















踏み出した私は勢いよく足元にいたトキに腕を引っ張られた。

そしてバランスを崩した私はそのまま地面に膝をつく。


突然の出来事に目を見開くと、トキはそのまま強く私を抱きしめてきたのだ。



『!?トキ?』



ギュッと強く強く抱きしめられて戸惑う。

他人の暖かさをこの身であまり感じたことがなかった私は彼からの抱擁に動揺していた。


確かにこの間も私はトキを抱きしめたけれど、彼から抱きしめることはなかったので少しだけ驚いた。



しかしトキは私に何も言わずにただ強く抱きしめ続けた。


私より広い肩幅、身体に包まれて何故だかとても落ち着く。

彼がこの状態でいたいと願うなら、私はそうしていたかった。


両手で強く私を抱きしめるトキの震える手が、段々と落ち着いてくる。


近くに感じる彼の血の匂いも、やがて私の鼻に馴染む。



ふーふーと息を吐くトキの呼吸が整い始め、私はそんな彼の背中をゆっくりと撫でた。



『…大丈夫、大丈夫。絶対に治るから』



なんの根拠かは分からない。

ただ彼に大丈夫だと、そう伝えたかった。



向こう側から聞こえた足音も消え、再び静かになったこの路地裏にはトキの呼吸と私の静かな声だけが響いた。




それから少しして、トキはそっと身体を離した。


もう大丈夫なのかと様子を窺うとトキはバツが悪そうに目を逸らして胡座を描いて黙り込んでしまった。




『トキ、大丈夫そう?』



「…あぁ。その、悪かった」



私の言葉に彼が返してくれたことが嬉しくて、私は思わず再びトキに抱きついた。

その事にうわ、と彼から聞こえそれでも大人しく私に抱きしめられていた。


この腕の中に感じる暖かい温もりを絶対になくしたくないと思った。



『ほんとに、ほんとに心配した…』



「…その、オレも流石に今回は死ぬかと思ったけどなんか、アンタのお陰で…その、治ったというか…アンタに触れるとなんか変なんだよ」



『え、復活していきなり悪態吐く?』



彼がケロッと元の様子に戻っているのに感動していたらトキからこんなことを言われて私は思わずジトっと睨んだ。



「だってあんな死にそうになったのに、アンタを抱きしめた瞬間治ったんだ。それにあの時だって…」




至近距離で宝石のような緑の瞳を見つめる。

あまりに美しい瞳に、その見透かされているような瞳に息を呑む。


トキの口のすぐ横にはさっきまで吐いていた血の欠片がついている。

思わずそれを拭おうと手を伸ばすと、彼にまた腕を掴まれた。



「…何すんの」



『いや、血がついてるから拭おうと…』



「…自分で出来るっつの」



そして彼はそういうと雑に自分の服の裾で口を拭うと私の腕を掴んだまま立ち上がった。


陽の光に照らされたトキは人の足音がした方をそっと見つめると、やがて私をふと見つめた。


まだ座ったままの私は急に彼に射抜かれ少しだけ動揺してしまった。



「…アンタ、悪魔なんかじゃねぇよ」



『…え?』



そうしてボソッと言った言葉に私はポカンとして彼を見つめた。


今まで悪魔だと言われ続けたのに、悪魔なんかじゃないなんて言ってくれる人がいるんだとつい泣きそうになった。



『…でも、僕は』



「…アンタは、悪魔なんかじゃない。…こんな、人の死を惜しんで心配する悪魔がいて堪るかっつの」



そう言ったトキを私はただ見つめた。

心が強く打たれた。


私の存在を認めてもらえたような、生きていていいと言われたようなそんな感覚になったのだ。


トキのその表情は本物だ。

真っ直ぐに私を見つめて放ったその彼の言葉に、私は思わず下を向いた。










「…アンタが悪魔ならオレは悪魔に手を貸してやる。アンタが悪魔じゃないなら本物の悪魔を探してやる。オレのことは駒として使え。どうせ旅することしか生き甲斐がなかったんだ、アンタについて行ったほうが面白そうだしな」



トキはそういうと私の腕を引いて立ち上がらせた。

私より少し背の高い彼はそう言って笑って見せる。


その笑顔が眩しくて輝いていて、私の瞳にも光が宿った。


こんなに優しい人がいるんだ。

私を真っ向から責めるのではなくちゃんと私自身を見て認めてくれる、そんな優しい人が。




『…ありがとうトキ。けど、トキは駒なんかに使わないよ。トキは大事な友人だから』



「っ」



やがて私がそう彼に言えばトキは目を見開いて瞳全体に私を映した。


一緒に旅に出てくれる優しい彼を駒になんてする訳ない。


彼は友であり、私の大事な味方だ。













「…馬鹿みたい」




『ちょっと!今結構良いこと言ったのに馬鹿って酷くない?』



「…友達なんでしょ、どーもよろしく〜」



『雑!急に当たりが雑!!』



「うるせぇな、宜しくな王子様。…じゃなくて、リキ」



『うん、宜しくねトキ』





こうして私とトキは手を取り合った。


お互い何だか少し気恥ずかして目を逸らすと、いつの間にか彼の相棒である白馬が私とトキの間に割って入ってきていた。





































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