第39話 騎士団

トキは抱えていたりんごをいくつかバッグに詰めると、鳥を机の上に置いて溜息をついた。



「…今朝街に出たら、既にエスティマの兵士たちとあのクロウノジュール騎士団が逃げ出したリアネスの王子を探してた。街中には恐らくアンタであろう絵が張り出されてて最高額の賞金首にされてる」



トキは私の耳元でそっと囁くようにそう言った。


それを聞いて思わず息を呑む。

もうそこまで私は追い詰められているのだ。


しかも騎士団まで?

そこまでして、私を捕らえようとする理由を知りたかった。



『…クロウノジュール騎士団って?』



「えマジかよ知らないの?」



騎士団という存在は知っていても、クロウノジュール騎士団という名前は知らなかった。

私は疑問をボソッと口にするとトキを見つけて首を傾げた。


彼はありえないという顔をしたものの、その後すぐに説明してくれた。



「クロウノジュール、通称名もなき鴉の集団だ。今女神様を守る守護神がいない代わりに彼らが女神様を守る勤めを果たしてる。目をつけた獲物は絶対に逃さない、敵に回したくない相手だよ」



『…でも、敵、だよね』



「うん、誰かさんのお陰でね」



クロウノジュールとは守護神の代わり。

エスティマ国を守り女神様を守る盾と剣のような存在なのだとトキは言った。


彼らは皆親を無くし名もない者たちなんだとか。


女神様に名前を与えられた時、その時こそ彼らは女神様に認められる栄光な存在となるのだと。


トキはそう言って笑った。



「なんて言うけど、実際女神様から名を貰った騎士団は直近だと未だにいないらしい。まあ前に一人だけ、女神様から名を与えられた騎士がいるらしいけど」



『そうなんだ…』



騎士団の存在も、その話も今初めて聞いたものだった。

名もなき騎士たちは女神様から名を与えられぬ限りその存在を認めては貰えないのだろうか。


そう考えると、何だかひどく悲しく思えた。


トキが言うにはクロウノジュール騎士団のメンバーはファースト、セカンド、サードというように呼ばれているらしい。


特にファースト、セカンド、サードである騎士団団長と副団長に関しては魔法力がかなり強く相手にするとかなり手強いらしい。


見つかれば終わり。

そんなことを聞いて私の顔は青ざめた。



『そんな騎士団たちに追い回されて、更には僕の顔も晒されて逃げられる訳ないじゃん』



そうだ、そんなに徹底されては私はすぐに見つかってしまう危険があった。

しかも彼らはもうすぐそこまで来ている。


そんなの、逃げようがない。



「…まあ正直アンタの似顔絵はかなり改造されて鬼みたいに描かれてたから大丈夫でしょ。あれを見てアンタがリキだとはなかなか思わないよ」



そう言われどんな反応をするか困る。

確かにそれなら危険性はまだマシかもしれないけれど、トキがそこまで言うなんて一体どんな似顔絵なのか気になった。


とにかくそんな状況の中、私たちは逃げなくてはならなかった。



『じゃあどうすればいいのかな?どこに行けばいいのかな?』



私が行かなくてはならない場所、そこがどこなのか自分には分からなかった。

守護神を集めると言ってもどの国に守護神がいるのも分からないし、ましてやその国すら辿り着けない。


そんな中でどこへ行けばいいのかまったく検討がつかなかったのだ。



「…ん〜、まずは炎の守護神のいるファースハクト国に行きたい所だけど…その前にもう少し仲間を増やしたいな」



トキは顎に手を当てて考え込むと難しい顔をしながら動きを止めてしまった。


仲間が欲しいのは勿論だが、こんな私に自らついて来たい人などいないだろう。


ほぼ絶望的なこの状況で、トキと私は唸っていた。



「…うん、無理だな」



『諦めるの早くない?』



「だってよく考えろよ、どうも今賞金首にされてる魔女の子リキでーす、良かったら一緒に世界を敵に回して仲間にならない?とか言って誰か食いつくと思う?無理でしょ」



『…無理だね』



「…仲間は難かしいかあ」



どんなに考えても仲間を増やすには難題すぎた。

嘘をついて仲間にすればいいかもしれないけどいずれ必ずバレる時は来る。


今だって私はトキを騙しているんだから。



「…とにかくここにいたら危険だ。オレたちだけでも一歩ずつ進んで行こう」



考えていても埒が開かないのでトキはすぐに切り替えるとそう言って頷いた。


私もある程度荷物をまとめて立ち上がる。

少しの間しかいなかったけれど、この場所はとても暖かった。



「じいさーーん!オレたち行くよー!」



荷物を詰めて出かける準備が出来た私とトキは扉の側で立ち止まると階段上に向かって声をあげた。


やがてトキの声を聞いたおじいさんがゆっくりと足を一歩ずつ下ろしながら階段から降りて来た。

片方の足はまったく動かない訳ではないらしいが、歩き方を見ていると何だか痛々しかった。



「おうもう行くのか、これからも末長く幸せにな。

トキ、お嫁さん大事にしてやれよ」



「はいはいわかってるよ、リリにも宜しくな」



「おう、リリにも伝えておくわい」



そう言ってトキと私はおじいさんに手を振った。

最後まで私をトキのお嫁さんと勘違いしていたことに少しだけ胸が傷んだものの、いつか本当のことを話せる日が来ることを祈って私たちはこの家を後にした。



「そうだ、ちなみにアンタって何の魔法使える?」



そして家を出て馬と再開を果たしていると、トキが不意にこんなことを聞いて来た。


その質問に私は思わず顔を引き攣らせて目を逸らす。



本物のリキは魔法を使うことが出来た。

けれど私は、魔法などまったく使えない。

それを話してしまえばトキにバレてしまう。


だからどうしたらいいか分からなかった。



『あー、その…』



「初魔法だけ?中魔法?それとも極小魔法?」



『えっと』



「極小魔法でもいいから言えよ」



『…魔法、使え…なくて』



「…は?」



『…使え、ない』



「え?」



『魔法、使えないの』



「…え、アンタアヴァース…?え、いや冗談だろ」



悩んだ結果正直に話せば、トキは口をあんぐりと開けて私を見つめた。



「…転移魔法は?」



『…使えない』



「…炎水風は?」



『…使えない』



「…極小も?」



『ウン…』



何だか段々と申し訳なくなって私は冷や汗をかきながら正直なことを言った。

ここで魔法が使えるなんて嘘を言った方がトキに危険が迫ってしまうと思ったからだ。


案の定口を開けたまま動かなくなってしまったトキに、私はただ苦笑いしていた。



やがてトキは頭を抱えると青ざめた顔をして下を向いた。




「…マジか、逃げ切れるか一気に不安になったわ」



そりゃそうだ。

魔法が使えるトキにとって私はただの足手纏いだろう。

なのに巻き込んでしまったことを嘘には出来ない。


本当に彼には悪いことをした。



『…その、今ならまだ、僕を突き放せるよ』



これから旅に出てしまえば本当にトキは私の仲間となり世界を裏切ることになる。

でもまだ今なら、まだ今なら引き返せる。


そんな今の決断を、トキに託した。














しかしその瞬間だった


























ダンッ!!!!























「『!!!』」
























突然、私たちの近くに火の玉が飛んできた。

その火玉は地面をメラメラと焼き付くとその場を赤く染め上げた。


そしてその炎がやってきた方を見ると、少し遠くには黒い服に包まれた集団が誰かを探していた。








「まずい!クロウノジュールのサードだ!!

あいつ周りの事も考えずに火の玉投げやがった!!

くそ…どーする、オレの転移魔法で移動するしかっ!…けど、転移魔法を多用しすぎると…」








サードと呼ばれたその黒服の男は遠くでニコニコと笑いながら火の玉を出して恐らく私を探していた。


周りの村人の事も何も気にせずに攻撃するその姿を見て息を呑む。

もしここにいる人たちが死んでしまったらどうするつもりなんだ。


そう思いながら私は手を握りしめた。



「…おい、村の人の心配してる場合か。奴の狙いはアンタだ。それに村の人たちはこういうのに慣れてる、一応奴らは罪のない人には攻撃しないからな」



不安に思っていたことを教えてくれるとトキはそう言って突然私の手を握った。



そしてさっき取り出した赤い本をバッグから取り出すと彼は何かを唱えた。


その途端私たちの周りに光が集まってその白馬と共に金の光が舞い上がったのだ。





「…もし転移先でぶっ倒れたら宜しく」







そうしてトキがそう呟いた瞬間、私たちはその場からサッと姿を消した…。
















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