第38話 愛してた

その日、私は夢を見なかった。

いつもなら眠れば暗闇に辿り着き金のユニコーンがいるのに。


今日は何も夢を見ずに目覚めると瞳に眩しい陽の光が入り込んだ。

思わずそれに目を細めれば、私はゆっくりとベッドから起き上がった。


昨夜は相当疲れていたらしく熟睡してしまっていたらしい。

ふと暖炉の方を見ればそこにトキの姿はなかった。


火は消え去り、それと共に彼もいなくなっていたのだ。


思わずそのことに焦りながら周りを見渡せば、やがて誰かが階段を降りてくる音が聞こえた。


昨日のおじいさんが起きて来たのだと思ったが、バタバタと降ってくるその足音は足の悪いおじいさんではなさそうだ。


私はベッドから勢いよく飛び出すと降りてくるその人にトキの居場所を問い詰めようと階段の側でそれを待った。








案の定降りて来た人物は明らかにおじいさんではなく、ふんわりと髪を横に結んだ可憐な少女だった。




「キャーーーー!!だ、誰!?!?」



『!?ご、ごめん!!』



彼女は私を見るなり持っていたカゴを落とすとそのまま尻餅をつきそうになった。


それを見て慌てて彼女の腕を掴めばその子はパッと私の手を振り払って後ずさった。


まさかこの家におじいさん以外の人がいたとは思わず困惑する。


お互いに目を見開いていれば、やがて玄関の扉がガチャっと音を立ててそこからトキがやって来た。



「あ、おはよ」



何事もないようにけろっとそう言ったトキの手には大量のりんごと鳥が抱えられている。

そんな彼は私と彼女を交互に見るとめんどくさそうにため息をつくと頭を掻いた。



「あー…えっと、彼女はリリ。じいさんの孫だよ。それとこいつはリキ。突然悪いなリリ」



そうして適当に挨拶を済ませるとトキは持っていた荷物を側にあった机に広げた。


いや待て。もっと詳しく説明を求む。


そう思いながらトキを睨めば、リリと呼ばれた少女はトキの腕を掴んでその背中に隠れた。



「だ、誰なの!?こいつって男じゃない!お爺様からトキの妻が来たとか言われたから見に来たら、相手は男!?」



「いや、違う違う。んー話すと長くなるんだけどちょいとコイツ訳ありでさ、じいさんを騙して悪いけどリリも協力してくれよ」



「え!?じゃあお嫁さんって…嘘!?トキ、貴方本当は未だに結婚してない!?」



「おいその地味に傷つく言い方やめろ」



「!ほんとなのね!貴方、まだ独身なのね!」



謎に二人の世界が繰り広げられ私は何だか気まずくなりこの場を去ろうとした。

しかしそれはトキによって阻止される。


片手を勢いよく掴んだトキは黒い笑みを浮かべながらギリギリと私の腕を握りつぶした。



『痛い痛い痛い、分かりましたどこも行かないから』



「…勝手に外出するのは禁止ね、いつ見つかるか分からないんだから」



『…はい』



「…トキ、何故こいつを庇うの?」



「偶然出会っちゃった訳よ、オレもこんなはずじゃなかった。おかしいなここへは一人で来るはずだったんだけど」



「トキ、私はずっと貴方の帰りを待ってたのよ。それなのに妻を連れて来たなんて言ったからほんとに焦ったわ!!」



「…いやなんで。別に嫁サン連れて来たっていいじゃん」





そんなやりとりを見て私は小さく微笑んだ。


きっとリリという少女はトキのことが好きなのだろう。

彼のあの優しさと勇敢さに惹かれるのは納得が出来る。


けれどトキ本人はあまりそのことに気づいていないようだった。

















「リリ、今回はここに長居出来そうにないんだ。

行くところがあるから」



「そんな!!どうして、待つ時間の方が長いわ!!」



「オレは自由奔放な旅人だって知ってるだろ?リリもオレなんか待ってないで他の奴と結婚でもしろよ、ほら…えっとマシーとかランがいるじゃんか」



「!トキの馬鹿!私がずっと結婚しない理由も知らない癖に!!」



「…ええ…いや、やっぱ女の子ってよく分かんねーな…」



ふんっと怒って再び階段を登っていなくなってしまったリリを見てトキはため息をついた。

私はその様子を冷めた目で見つめていた。


あんなに彼女に好意を寄せられていながらその態度はないだろと。



『トキ、あの子の気持ちも少しは考えなよ』



「…知ってるよ、リリがオレのことを好きなのは」



『え』



「…けど答えられない。オレには昔から、本当に愛する人がいるんだ」



『…その人は今、どこに?』



「……死んだよ」



『…ぇ』



彼の言葉に、私は声を呑んだ。


あんなに明るく振る舞っている彼にはずっと想っている人がいて、けどその人は、この世にもういないのだと。


あまりに辛いその現実に、私は黙り込んでしまった。



「って、何でアンタがそんな顔すんだよ。過ぎたことだ、ほら難しい顔すんな」



そう言ってトキは私の額を指で軽く弾いた。

そんなことを言われたって、今笑えるはずもなかった。


私はなんて無神経なことを言ってしまったのかと。


そう思って心の中で深く反省をした。

































人の恋はあまりに複雑で、私にはまだ慣れない。

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