第37話 優しい人

目を覚ますと、トキが私の顔を覗き込んでいて至近距離で目が合った。

突然目を開いた私に驚いたのか目をぱちくりとさせるトキ。


辺りは暗く、さほど眠っていないのだと思った。



「すやすや熟睡してるとこ悪いんだけど、夜が明ける前にリアネスを出なきゃ見つかる、行くよ」



私を起こしてくれたのはそれが理由だったらしく首を縦に振るとトキと共に再び馬に跨り夜道を駆け抜けた。


蹄の音を響かせ月夜の下を駆けていく。

ふと後ろを振り向くと、遠くの方では城が燃え上がっているのが見えた。


去っていく。消えていく。


リアネス国は、私の住んでいたあの国は、やがて消えていく。














馬を走らせ続けると、やがて草原を超えてとある村へと辿り着いた。

だいぶ長い間走り続けたため私もトキもすっかり身体が冷え切っていたのだ。



「よし、エスティマ国には辿り着いた」



『ここが、もうエスティマなの?』



「…まぁエスティマ国の一部ではあるけど、ここはあんまりぽくない場所だよね。でも安心しな、オレの知り合いが何人かいるから。助けてもらえるはず」



そう言うとトキは馬から降りて私を紳士的に降ろしてくれた。

まだ月は消えていない。


たいまつの火がゆらゆらと揺れる中、私は小さい村の中をトキに手を握られ歩いた。


村の人々は寝静まっているのか誰も外にはいなかった。


そんな中でトキはある一つの藁葺き屋根の家の扉を叩いた。







「…すんません」






少し時間を置いて、ある一人の老人が出て来た。


長い白髪に曲がった腰。

片足が悪いのか右足を引きずって歩いてきた。



「あ、すんませんこんな遅くに」



彼が挨拶をするとそのおじいさんはトキを見て片手をあげて優しく笑った。




「おぉ…その声はトキかいな、久しぶりじゃな」



おじいさんはそう言うとトキに部屋の中へ入れと手で促した。

やがておじいさんはフードで髪を隠す私をチラッと眺めて首を傾げた。


バレてはならない。

トキを信用出来ても、まだ全ての人を信用することは出来ない。



「こちらの、旅人さんは?」



「あ〜…んと、オレのお嫁サン」



「なんじゃと!?トキお主やるなぁ!別嬪さんなんだろうなぁ、おいでおいで」




前の時も思ったけどトキは何故私をお嫁さんと言うのか。

まあバレないようにしてくれているのだろうけど、少しだけ引っかかっていた。


まさか私が女だとバレてるとか?

そんなことはないと願いたかった。



おじいさんは私とトキを歓迎すると部屋に招き入れ暖炉の火を付けてくれた。

寒かった身体は一気に暖まり思わずうとうととしてしまう。


やがておじいさんは火をつけると私に向かって笑いかけた。



「ほっほっほっ、トキにもついに愛する人が出来たんじゃな。ずっと昔の恋から離れられていなかったようだから安心したわい」



「…煩いよじぃさん」



少し気まずそうに目を逸らしたトキはおじいさんにそう言って明後日の方向を向いてしまった。


それにしてもおじいさんは私を女として見ているのだろうか。

割と男装には自信があったけれど、このままではバレる可能性が高まってしまう。


そんなことを思いながら警戒していると、側にいたトキがこっこりと耳打ちしてきた。



「…じいさん、もう歳で目が悪いんだ。勝手に嫁サンとか言ったことは悪いけどちょっと我慢してくれよ」



『あ、いや…むしろ、ありがと』



「安心しなって、流石に男に変な気は起こさないからオレ」



『…女の人なら変な気起こす訳?』



「年頃の男の子なんだよオレ。何事も隠さない性格でね。ま、相手が女の子でも相手は選ぶからさ」



そんなことを呟いてウィンクしてきたトキに、私は思わず姿勢を伸ばした。

トキには絶対に女とバレてはいけない。


変な汗を出しながら私はトキに苦笑いした。


彼はそんなことなど気にせず私の肩を組むとはっはっはっと笑った。



「冗談だっつの!!なーに固まってんだよ!オレには昔から心に決めた人いるから安心しろって!」



『…冗談か分かりづらいって』



トキのことはまだ出会ったばかりであまり分からない。

それでも彼といると何でも出来そうな、どこまでも行けそうなそんな気持ちになった。


さっきまで不安で仕方なかった気持ちもトキの笑顔を見ていたらいつの間にか不安な気持ちも和らいでいた。


トキには相手を笑顔にさせる才能がある。




「わしはもう寝るぞ、ベッドは一つしかないが…嫁サンと寝ろ」



「『え』」



やがてそんなことを言ってがっはっはっと笑うとおじいさんは部屋の中の階段をゆっくりと登って消えてしまった。


暖炉のすぐ側にある一つのベッドを眺めてからトキと見つめ合うと、私はサッと目を逸らした。




「んー、はぁ…ベッドはアンタが使いなよ。オレはここで寝るからさ」



『でもここじゃ身体痛くするよ!長い間走り続けたんだし、ちゃんとベッドで寝なきゃ』



「…誰が悲しくて男と寝なきゃなんだよ…いいから」



『じゃあ、僕が床で寝る!!』



「…仮にも一国の王子様を床で寝かせるのはオレの良心が痛むっつの。大人しくベッドで寝とけアホ」



既に王子に対する言葉遣いではないけれど、トキはそう言うと私の腕を掴んで乱暴にベッドへ放り投げた。


ボフッとベッドに埋まると、私はトキの方を見つめた。

既に彼は自分が羽織っていた布を下敷きにして暖炉の側で横になっている。


その姿を見て私は大人しく眠ることにした。



『…ありがとう、トキ』



「…もうトキ様は寝ましたー」



『はいはい…おやすみ』



彼の優しさとおじいさんの優しさ、人々の優しさに触れて私はそっと目を閉じた。



アリアに、リキに、アーキル。

そしてルキアに、トキ。



私は、出会った皆に恩返しがしたかった。






こんな私を、助けてくれた人たちに。



























「ねえねえ、見てトキ!花冠作ったの!」



「おーすごーいお姫様ー」



「ちょっと!もっと心こめてよ!!ねね、これノアにあげたら喜ぶかしら!?」



「…喜ぶんじゃないですか?あの人はアンタから貰う物ならなんでも喜ぶでしょ」



「じゃあ、トキもこれあげたら喜ぶ?」



「…オレはいいんすよ」



「そんなこといわないで!ね、ほら!トキによく似合うわ!」



「ちょっと、アンナ姫…やめろってば…」


















頭のどこかで、私の見知らぬ記憶が繰り広げられた。






一人の少女と少年は、そう言って笑い合った。















トキ…?トキって、彼のこと?


















それに、アンナって…確か、、確か…




















そう、アンナは、















私の母の名前……































そう思い浮かべながら私は夢の中でその光景をただ茫然と眺めていた。














こんなにも切ない気持ちになるのは、何故?


















何故なのかな。
















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