第34話 逃亡劇

屋根から雪の落ちる音が聞こえて、私たちの取っ組み合いは終わりを告げた。

頑なに旅に私を連れて行きたくないトキと、何がなんでも一緒に行動をしたい私。


意見の食い違いでずっと言い合っていた。



「…にしてもさ、リアネスの王子様は生意気で笑わない傲慢な奴とか聞いてたけど、全然想像と違うじゃん!?アンタほんとにリキ様かよ!」



『!』



その時彼から突然そんなことを言われて私は思わず目を見開いた。

そうだ、私は今リキであってユキではないんだ。


"ユキ"という人間は、もうここにはいない。

ここにいるのは紛れもない"リキ"なんだから。



『ほら、今回の事件だってそうだ、僕は元々この性格だよ。それなのに変な噂を流した奴がいるんだよ。きっと誰かが僕を犯人にでっち上げたに違いない』



「…はぁ、まあなんかもうそう言うことにしとくよ哀れに思えてきたわ…」



なんだかんだ私の言うことをちゃんと聞いてくれるトキは投げやりにそう言うと、ふと外の音に目を細めた。


そうして素早く扉の方へ足を運べばトキは扉に耳を当てて暖炉の火をサッと消した。


暗くなったこの部屋で微かにトキの様子が分かる。


彼は私に動くなとジェスチャーするとそっと扉に何かの呪文を唱えた。



『トキ…』



「…ここもすぐバレるな、疑われてる。おい王子様、オレが合図したらそこの近くの本棚から赤い本を取り出して。オレが、合図したらな」



やがてトキはそう言うとピタッと動きを止めた。

着ていた服のフードを深く被り扉を睨む。


私は言われた通り近くの本棚に目をやると、そこに挟まれた一冊の赤い本をロックオンした。




何故この赤い本を取り出すのかわからないけれど今はトキを信じることしか出来なかった。






やがて、トキは小さく呪文を唱え出した。


そうして外に複数人の足音が聞こえた瞬間、トキが私の手を掴んで叫んだ。












「今だ!!」










『!!』
















そう言った瞬間、扉が蹴破られて複数人の民たちが怒り沸騰で小屋へ入ってきた。


私はトキに言われた通り震える手で赤い本を取ると、やがてそのままそこから姿を消したのだった。


































『!!!!!』





「…っぶねぇ!!良かった成功した」






















そうして辿り着いた場所はまた暗い森の中だった。

気づくとあっという間に夜になっていたらしい。



私はさっきの光景を思い出して身震いするも、目の前でぜーはーと荒い呼吸を繰り返すトキに近づいて顔を覗き込んだ。




『トキ、ごめんねありがとう、大丈夫?』



「…どこが、大丈夫だって…?ゲホッ!!ぐっ」




彼は私の心配を遮るように片手で私を止めると、その瞬間口から血を吐いたのだ。


その姿を見て、私は身体を震わせた。


まただ。

また私はこんなに優しい人を犠牲にするの?



もう失いたくないと誓ったのに、また?




同じ過ちなんて繰り返したくない。



「…そんな、顔すんな…この魔法使うと、いつも、こうなんだッゲホッ…」



その姿があまりに辛そうで、どうしていつも私の代わりに皆が辛い思いをするのかが分からなくて、気づいたらこの手で彼を抱きしめていた。



「っ!?」



嫌だ、神様。お願いします。

これ以上私は誰も失いたくないんです。

なんでもするから、どうか、どうか彼を助けて下さい。



そう願って私は震える手で彼を抱きしめていた。




「ちょ、ちょっともういいから…というか、なんか、身体が軽くなった気がするし…」




気づくとトキはさっきのようにケロッとしていた。

血を吐いていたのが嘘のように元通りになっていて、トキも不思議そうな顔をしていた。



『大丈夫?痛みは?まだ痛むよね?』



「だからもう平気だって。…いつもならもっと長引くんだけど、なんかスゲー力がみなぎってきたわ、ほら行くよ」



心配そうな顔をする私を他所にトキはそう言うと私の腕を引っ張った。

そのまま森の中を手を繋ぎながら走れば、ふとその後ろ姿がぼんやりと見たことのあるような雰囲気を醸し出した。



『…トキ、僕たち、会ったことある?』



走る背中に問いかける。



「ある訳ないでしょ、オレはずっと旅してたんだから」



彼が言う。



『…でも、なんか懐かしい気がする』



私は言う。



「…気のせいだよ」




彼は言う。








その背中を眺めながら、私たちは夜の逃亡劇を繰り広げた。










月明かりの下で、二人手を繋いで森を駆け抜けた。







































「姫様!姫様ってば!まったくどこ行ってたんですか!!」












「見てみて、美味しそうな赤い実を摘んできたの!一緒に食べましょ!」














「……あのねえ姫様、それは恋人のノア様にあげて下さいよ」














「あなただって大事な私の親友なの!ほら、来てきて!」










「もう姫様ってば!」

























微かに頭に浮かんだその光景が、今目の前を走るトキに重なった。


















これは一体、誰の記憶なんだろう。

















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