第33話 懇願

やがてトキは近くにあった棚から器を取り出すとそこに鍋の中身を入れこちらへと戻ってきた。


私はベッドからもそもそと出るとそのいい匂いに思わず目を見開いた。


彼が持ってきてくれたのはお粥のようなものだった。卵が少し入っていてとても美味しそうだ。



「ほら、食べなよ」



『…ありがとう』



彼からその器を受け取ると温かさが手に伝わった。

出汁のいい香りがして私は思わず近くでその匂いを嗅いだ。


トキが一緒に持ってきてくれた木のスプーンを受け取れば私はそのお粥を掬った。



『…美味しい!!』



口に運んだ瞬間優しい味が広がって私は思わず目を見開いた。

一口食べるとそのまま二口三口と続けてバクバクと食べる。


濃すぎず薄すぎないそのお粥は私の好みの味だった。



『トキって凄いね!!こんな美味しいお粥、食べたことないよ!!…いや、ある気もするけど』



「いやある気もするってなんだよ、てかさっきまで警戒してたくせに今なんでそんな警戒してないんだよ」



冷静に突っ込まれて私は思わず喉にお粥を詰まらせた。

さっきまで魔法を受けて血を吐いていたせいで喉の具合も良くはなかったのだ。


トキの言う通り、さっきとは打って変わって警戒はしていなかった。

だって民から私を守ってくれたんだから。


それが何よりの信用する証拠だった。



『…トキ、さっき僕のこと海の中から助けてくれたの?』



ふと気になっていたことをトキに聞けば彼は首を傾げた。

私がリキに海へ落とされてから意識を失う前誰かの声を聞いた気がした。


見つけた。

そう確かに聞こえたんだ。


それがトキだったのかと思うも彼の反応を見るとどうやら違うようだった。



「あんた本当に泳いでたのかよ…ドン引きだわ…オレが見つけた時にはアンタは浅瀬で横たわってたよ」



『…浅瀬で?』



じゃあ、私は気づいたら流れ着いていたのだろうか。

いや、でも私はあんな深い海の中にいたんだ。


流れも早くはない、緩やかな場所で勝手に浅瀬に辿り着いたとは思えなかった。



それに、まずここはどこなのだろうか。



『ねえトキ、ここはどこ?お城は近いの?』



「はあ?城はここから割と遠いよ、お陰で街に出るのに一苦労してたんだよ…ま、この国とももうお別れだけどな」



『え?お別れって、どういう…』



「オレは色んな国を旅して守護神の情報集めてるんだよ、んで今はエスティマ国に行く途中だった訳。そしたらこんな寒い中海の近くでアンタが倒れてたから仕方なく助けてやったの」



それを聞いて、私は思わず身を乗り出していた。

ズキッと身体は傷むもののそれよりも今の彼の言葉に希望を持ったのだ。


リキに守護神を探せと言われた。

彼が守護神の情報を集めているならもしかしたら私も何か情報を得られるかもしれないと思ったのだ。



『守護神の情報、僕にも教えてもらえない!?』



彼はエスティマ国に行くと言った。

ここリアネスに留まっていても私は殺されてしまうだろう。


それならばトキについて行きたかったのだ。


彼は眉間に皺を寄せると私を軽く追い払った。



「オレが守護神の情報を集めてんのは女神様復活のためだっつの!誰が女神様の仇の悪魔に情報教えるかよ」



『…僕は、確かに悪魔の子かもしれないけど、僕自身は違う!本気で女神様を救いたいと思ってる!

それに…旅に出れば今回の事件の真相も分かるかもしれないし…』



「何言ってんだよ、今回の火災は紛れもなくアンタのせいなんだろ?あの炎は闇の魔法の痕跡があったらしいからな。アンタ以外誰がいる訳?」



闇の炎の痕跡?


それを聞いて私はまた更に身を乗り出してトキを見つめた。

彼のエメラルドグリーンの輝く瞳と目が合う。

トキの目はまるで猫のような瞳であった。



『…僕じゃない、犯人は別にいるんだ…だって僕はまだ炎が上がっていない時誰かに後ろから殴られたから…炎と共に殺される所だったんだ』



そうだ、あの炎が魔法の仕業だと言うのならそれは間違いなく私ではない。

魔法を使えない私が炎を出せる訳ないのだから。



時間が経てば経つほど疑いと謎が増えていって私は眉間に皺を寄せて考え込んだ。



「…あのさ、その話がほんとならアンタは気の毒すぎるよ。けどね恐らく怒り狂った民にそんなこと言っても何の効果もない。言い訳、言い逃れ、責任放棄、なんとでも言われるよ」



『でも、本当に僕じゃない』



「まあオレは別に悪魔の味方でも女神の味方でもないからどうでもいいけどさ、世界の大半は悪魔のアンタの言葉なんて聞く耳すら持たないよ」



そうだ。

トキの言う通りだ。


いくら私があの炎の舞い上がったあの時のことを説明してもきっと誰も話なんて聞いてくれない。


それが真実だったとしても、きっと私の言葉など価値もないのだ。




『なら、守護神を集めて女神様からの信頼を得られれば民の前で話す機会は与えられるよね』



女神様が弱っている今、信頼してもらうにはそれしかないのだ。

むしろそれ以外の方法なんて思いつかなかった。



トキは目の前で顎に手を当てて考え込むと軽くため息をついて首を横に振った。



「考えは悪くないと思うけど、ある程度味方を連れていかないときっとアンタ瞬殺だね。せいぜい頑張れよ」



『え、トキも一緒に行くんだよ』



「……は、いや、なんで?」



『この旅はトキと共に始まる。トキは守護神の情報を集めたがってる、僕は守護神を集めたがってる。それなら目的が一緒同士行動するのが一番じゃない?」



「…いやいやいや、アンタと行動したらオレまで賞金首になんでしょうが!!誰が好き好んで悪魔と行動するかよ!」



『…酷いトキ、ここまで治療施してくれたのに元気になったら後は放り投げるなんて、優しくないっ』



「おいやめろ変な演技するの、キモいから」



そう言って、私は後退りするトキの手を掴んだ。

ビクッとして顔を強張らせるトキの瞳を覗き込んで私は不敵に微笑んだ。



『トキ、一緒に行こ』



「嫌だ」



『一緒に守護神探そ』



「嫌だ」



『一人より二人でしょ』



「嫌だ」



『一緒に賞金首になろう』



「嫌だ。つかなんだよ一緒に賞金首って!嫌に決まってんだろ!!」



嫌がるトキの腕を掴んで懇願する。

本気でそれを剥がしに来ないあたり、トキは本当に優しいんだろう。


そうして私とトキの攻防戦が始まった。


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