第29話 走馬灯

床を這いつくばって遠のく意識の中で手を伸ばせば、突然目の前が開けた。

炎はまるで私を避けるかのように左右に燃え上がる。


視界がぼやけて前はよく見えないものの、何かが私を守ってくれているのは分かった。


何かが炎を遠ざけてくれている間に、私は床を這いながら階段を下った。

炎が私を避けても煙は蔓延して苦しめる。


声も出すことが出来ずにただ這っていれば、やがて炎の中から人影が見えた。



『っ!!』



その人影は床に横たわり、既に息をしていなかった。

周りを見れば大勢の兵士やメイドが炎に巻き込まれて倒れている。


何故こんなことになったのか、何故私だけは助かっているのか。

もう何も分からなかった。


屍を通り過ぎ、今にも呼吸が止まりそうになりながら床を這えば横たわるメイドの一人に目がいった。

このメイドは、さっき私とルキアに話しかけてきたあの茶髪のメイドだ。


彼女は既に目を閉じ死んでいた。


炎に巻き込まれたのかと思い目を細めると、その首には誰かに絞められたような痕があった。



『…っ、な、…んで…』



それを見て、これは誰かの仕業なのではないかと感じた。

さっき後頭部を勢いよく殴って来た人物がいたはずだ。

その人物がまさにこの火災を巻き起こしたのだろうと推測した。


段々と意識が薄れて目を瞑りそうになる。

既に息をしていない周りの兵士やメイドたちと共に私はここで果てたしまうのだろうか。


折角外の世界に出られたというのに、こんな結末はあんまりだ。



やがて身体が動かなくなった。

這いずっていた手の先を見れば、そこには輝く黒い指輪があった。


もしかしてこの指輪が私を炎から守ってくれたんだろうか。

ルキアならやりそうなことだ。


それに、この指輪があるということは彼は生きてる。

良かった。本当に、良かった。


そんなことを思いながら私は薄れゆく意識の中でふと夢に出て来た青い花畑を思い出した。

なんで、今思い出すんだろうか。


人は死ぬ時走馬灯を見ると聞いたことがある。


それがもしかしたらこの青い花畑のことなのかもしれない。



そう思って目を閉じかけた時。



















「ユキ!!」













私を呼ぶ愛おしい声が炎の中から聞こえた。














幻聴。


私は、幻聴でも聞いているのだろうか。




















既にエスティマ国にいるはずのあのアーキルの声が聞こえるはず、ないのだから。





















「ユキ!!!しっかりして、大丈夫、俺がいるから」






























しかしその声は近くまでやってくるとやがて私を優しく抱き上げた。

もう目を開くことが出来ないからただこの耳で彼の声を聞いた。


炎の中からふわりと花の香りがした。

これは大好きなアーキルの匂いだ。

彼の匂いは花のようにいい香りでどこか落ち着く。




『…ぼ、くは…リ…キ…だ…』



そう、だ。

私は今…ユキではない…アーキルに、バレる訳にはいかなかった。












「…ユキ、君はユキだ。大丈夫、絶対に君を死なせたりしないから」

















ああ、どうして彼はこんなに落ち着くんだろう。






























そうして私は、彼のその声を最後に意識を失った。




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