第26話 涙

そんな兵士の言葉に私は耳を疑った。

だって今目の前には確かに金の蝶々がいるから。

こんなにもはっきりと見えるのに、兵士たちには見えていないの?



『…その、父親に呼ばれてるんだ』



「国王に…?で、では…」



蝶々が二人には見えていないことに驚きながらも私は兵士たちに嘘をついた。

国王の名を出せば流石に止めては来ない。

それを狙って嘘をついた。


私は解放されるとそのまま金の蝶々へついて行った。

ひらひらと優雅に飛ぶ蝶々は長い廊下を飛びながら自由に舞い上がる。


こうして蝶々を追いかけているといつもユニコーンを追っているあの光景を思い出した。


やがて蝶々は長い廊下の先にあったとある小さな扉の前で止まった。

くるくると回って舞うその蝶々に導かれそっとその扉に手を触れる。


周りには兵士もメイドも誰もいない。

こんな部屋があるなんて思わなかった。


木でできたその扉を開くと、そこは真っ暗で階段が地下へと続いているようだった。

扉を閉めれば真っ暗になるはずのこの場所で光る蝶々が光の代わりとなり導いた。


コツコツと音が響き、暗い暗い地下へと私は降りて行った。



『…わぁ』



やがて下までたどり着くと、そこにはたくさんの本棚があった。

あの日初めて外へと逃げ出した日のことを思い出す。


その地下へ来ると、光る蝶がふと消えてしまった。


急激に暗くなったその場所で私は光をなくし立ち止まる。

どこに何があるのか分からずに手を前へ出せば、本棚の向こう側から誰かの来る気配がした。




『!』




その音に慌てて戻ろうとするも明かりがないので分からない。

向こう側からはコツコツとゆっくりこちらへ誰かが近づく。




そうしてついに現れたその人を見て私は思わず息を呑んだ。











『…っ!!!』












たいまつに火を灯してそこに立っていたのは、あの時出会ったあのアーキルだった。




「君は…」




彼は私を見るなり目を見開いて驚いているようだった。

思わずアーキルと名を呼びそうになり私は声を呑む。


まさか、まさか会いたかった彼に会えるなんて思わなかった。

嬉しさで心が飛び跳ねる。



今私がユキでないことが少し残念だけれどアーキルに再び出会えた奇跡に感動していた。



「君は、リキだね」



優しく微笑むアーキルはあの時とまったく変わらない態度で接してくれた。

私はどう反応していいのか分からずただ彼の瞳を見つめて頷いた。


私がユキであると言えたらどれだけ良かったか。



またこうして会えただけでも嬉しい。



「ユナは…元気かい?」



しかしその名前を聞いた瞬間私の心臓が少しだけチクっと傷んだ。

まさかユナ様を知っているとは思わなかった。


アーキルはそう言いながら気まずそうに目を逸らして苦笑いをした。


何故だか自分の中でモヤモヤとした嫌な感情が湧き上がる。


やがて彼の発言により、私の心は張り裂けそうになった。











 



「…政略結婚なんて、ユナは望んでいなかったから…本当に悪いと思ってるよ」






















『…え』























そう呟いた彼の言葉に、まるで時が止まってしまったかのように私は動きを止めた。


政略結婚…?ユナ様と、誰が…?














相手が誰なのかもう分かっていながら、認めたくなくて私は自分の服の裾を握ってアーキルを見つめた。

















『…政略結婚って、アーキル…と?』




















そう茫然と呟けば、彼は目を見開き私を見つめた。


大好きで堪らないその瞳に私が映っている。


首を、横に振って欲しかった。



嘘だと言ってほしかった。














ユナ様の結婚相手が、アーキルであるという事実を。


























しかしアーキルは小さく頷くとその綺麗な瞳で私を覗き込んだ。


























嘘なら、どれだけ、良かったか。























「…あれリキ…君のその指輪…」























やがて彼が何かを私に伝えようとして、気づくとこの足は来た道を戻っていた。























アーキルから逃げるように走って扉へ向かう。

















私を呼ぶ声が聞こえたのに、私は大人気なくその場を去ってしまった。





















呼吸が荒くなる。












目尻が熱い。























上手く息が出来なくて私は走りながら涙を流した。


















何故こんなにも苦しいんだろう。



















寂しいから?









悲しいから?





















彼を、愛していたから?





















もう、何も考えられない。



























頑張って息を吸い込むと、私は駆け上がった階段の先にある扉を勢いよく開いた。


















その途端に眩しい光が私の目に差し込んだ。




















『っ…』























地下から地上へ戻ると、私は壁に背中をつけて顔を手で覆った。















声を殺して泣き、誰もいないこの廊下には私の声にならない涙の音だけが響き渡った。














外は雪が降り廊下は凍りついたように寒い。












さっきまで晴れていたのが嘘のように雪ははらはらと舞ってあたり一面に積もった。























なんでこんなに苦しいの。













誰か教えて。


















教えて欲しい。




















何故こんなにも彼が恋しいのか、何故こんなに彼を想っているのか、何故なのか。














教えて欲しかったんだ。











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