第25話 金の蝶々
薔薇園からアリアと共に城内へ戻ればルキアが息を切らして私を探しているのが見えた。
そして私とアリアを見つけるなりこちらへ走ってきて肩を掴んできた。
「っ、どこに行ってたっ………んですか」
そう言ってきたルキアに私は思わず目を見開いた。彼は今完全に私をリキとして扱うことを忘れていた。
あまりに焦りながら私を心配する彼に驚いたのだ。
『アリアもいたから。薔薇園にいたんだ』
「…必ず、遠くへ行く時は声をかけて下さい」
『あ…うん』
さっきユナ様と話していたから話しかけてはまずいと思って気遣ってその場を離れたつもりだった。
けど実際はルキアは私が勝手にいなくなったことにこんなにも怒っていた。
取り乱したルキアはアリアから見ても珍しいようで目を大きく見開いていた。
「…アリア、お前は持ち場へ戻れ」
「は、はいルキア様…」
ルキアに指示されたアリアはパタパタと逃げるようにこの場を去った。
その姿を見ているとルキアは私の腕を引っ張って歩き出した。
このまま部屋に戻るようだ。
周りの兵士たちが少しだけ不思議そうに私たちを見ている様子を感じて思わず下を向く。
ルキアは、過保護だ。
『ルキア、引っ張らなくてもついていくから』
強く掴まれた腕に思わず声を上げればルキアは少し歩く速度を緩めてこちらを見ずに口を開いた。
「…お前は手を離せばすぐどこかへ消えるから」
そんなこと言っても、私には逃げる場所なんてルキアの場所以外ないのに。
なんでだろう。
ルキアは時々、余裕のない表情でいることがある。
過去に何かが起きたのだろうか。
まだまだ彼は隠していることがある。
それは分かっていても今はまだ何も言わずにただルキアの後をついて行った。
「いいか。いつどこでお前の正体がバレるか分からない。頼むから俺から離れるな」
部屋につくとルキアは再び私の肩を掴んでそう言ってきた。
真っ直ぐなその瞳はゆらゆらと揺れて酷く動揺していることが分かった。
私は悪魔の娘だ。
そうだと分かっていてこんなに私に尽くしてくれるルキアの目的が分からなかった。
彼が私に優しくするメリットなんて、ないだろうに。
『ねえルキア』
日差しが差し込む部屋の中で私はそっとルキアを見つめた。
陽の光が彼の真っ青なその瞳を宝石のように照らす。
未だにゆらゆらと揺れるその哀しげな瞳に向かって、私は笑いかけた。
貴方はどうして時々そんな哀しい顔をするの?
貴方はどうしてこんな私を守ろうとしてくれるの?
理由は分からない。
けど、なんだかルキアが酷く孤独に思えて私はそんな彼の両手を包み込んで握った。
悪魔と呼ばれた私についてくると言うことは、ルキアも悪魔の味方をするということだ。
それが何を意味するのか彼自身よく分かっているだ。
それなのに私についてきてくれようとする彼が心強くて優しすぎて泣きそうだった。
私の指についた指輪とルキアの薬指についた金の指輪が触れ合って音を立てる。
私は未だに不安そうな顔をする彼に小さく笑いかけた。
『…ルキア、ありがとう。貴方がいてくれて良かった』
そう言えば、ルキアの中の瞳が瞬く星のように揺れるのが見えた。
そんな孤独な子供のような顔をして、捨てられたように泣きそうになって。
貴方には周りにたくさん信用出来る人がいるはずなのに。
『…なんかお礼言いたくなって。いつ言えるかも分からないからさ』
明日には、私は生きていないかもしれない。
そんな中で素直に気持ちを伝えられることは心から幸せなことだった。
「…いや、礼なんてやめてくれ。俺はお前に感謝される資格なんてないから…」
『…』
そう言ってルキアはそっと指輪のついたその手を私の頬に添えた。
冷たくも暖かいその手は私の頬を撫でるとこの手を握った。
そして彼は優しく微笑む。
「ユキ、俺は…お前のことが」
そうして何かを口にしようとした瞬間。
コンコン
部屋の扉をノックする音が聞こえた。
そのことに二人して動きを止める。
そしてルキアは扉へ向かって歩いて行った。
「…ユナ」
「ルキア、ここにいたのね」
どうやらやって来たのはユナ様のようだった。
何だか涙声だった気がして私は心配しながらも二人を見守った。
ルキアは私をチラッと見てから、ユナ様と共に部屋を出て行った。
一人取り残された私は、やけに広い部屋の中で静かに佇んだ。
そんな時だった。
私の目の前を金の蝶々が舞った。
美しい透明な羽を羽ばたかせるその蝶々は私を誘うかのようにくるくるとその場を回って飛び続けた。
私はそんな蝶々に導かれるように立ち上がるとその羽を追いかけた。
扉を通り過ぎた蝶々を追いかけて部屋から出ればそこには二人の兵士が。
出て行こうとする私を止めると兵士たちは行く手を阻んだ。
「どちらへ?」
『蝶々を追いかけようと…』
苦笑いしながら廊下へ羽ばたいた蝶々を指差せば兵士たちは顔を見合わせてから再び私を見た。
何か変なことを言ったのかと思い首を傾げれば、兵士の一人がこう言った。
「蝶々なんて、いないじゃないですか」
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