第23話 指輪
今私は、大変重苦しい中で食事をしていた。
天井が高いこの部屋には無駄に大きなシャンデリアが飾られ、この異様に長い机にはたくさんの食事が並べられていた。
机にはレースがひかれ、花瓶に入った花は白くとても美しい。
机にはフォークやスプーン、ナイフが順番に並べられて皆それを手に持つとカチャカチャと音を立てながら器用に肉を切っていた。
皆の目の前に置かれたグラスには赤いワインが注がれ、私の目の前のグラスには白いスパークリングの何かが注がれた。
一番端の目立つ場所にはリキの父親…であり私の父親でもあるロレンス国王。
彼は無言のままひたすら目の前の食事を口に運んでいた。
また目の前には美しい私の姉、ユナが座っている。
昨日のことがあったからなのか目は少し赤く腫れ元気がないように見えた。
私のすぐ側に立っているルキアを見つめては下を向き、ユナ様は食欲がないようにカトラリーをただ握っていた。
周りには7人ほどのメイドが控えていて、食べ終わった空のお皿を下げていく。
またルキアのように黒い正装を着た執事たちもすぐそばで控えて待っていた。
誰一人として声を発さないこの場所は、少し退屈だった。
「…こちら、お下げしても宜しいでしょうか」
やがて静かに食事をしていると、待機していたらしい一人のメイドが後ろから私のお皿を下げに来た。
真っ黒のその髪は三つ編みされていて彼女の長いまつ毛が美しく見えた。
彼女は少し怯えたように手を震わせながらお皿に手をかけると、空いた皿を下げた。
すると端に座っていた父親が突然声を荒げる。
それは間違いなく、今お皿を下げてくれたそのメイドに向かって言われた物だった。
「…黒髪のアヴァースめ、貴様みたいな穢らわしい魔法も使えない黒髪の女が働けるのは、リキがお前をここに置いておけと言っているからだということを忘れるなよ。
リキ、今日はその穢らわしいメイドには何もしないんだな。いつもならその髪を掴んで地面に叩きつけるというのに。
なかなかに面白くて見応えがある」
そう言った父親に私は耳を疑った。
すぐ側に立っている三つ編みのメイドはその言葉に耐えているのか、持っていたお皿が少しカタカタと震えていた。
それに、リキは何故彼女にそのようなことをするんだろうか。
いくら黒髪だからと言ってもこんなこと許されるはずない。
周りのメイドはその言葉にクスクスと笑いその三つ編みのメイドを馬鹿にしたような目で見ていた。
『…黒髪だから、何が悪いの?』
そして私が放った言葉に、この部屋の中がまるで凍りついたように静まり返った。
いや、さっきまでも静かだったけど、また違った静けさだ。
ユナ様や父親は私のことを凄い目で見てくるし、周りの兵士や執事やメイドも呆気に取られて口を開けてる人もいる。
そんな変なことを言ってもないのになんだその反応は。
そんなことを思いながら私はすぐ後ろに立っているルキアを巻き込んだ。
困ったら頼れと言ったのは彼だし。
『ほら、それならルキアだって黒髪だ』
そう言ってルキアを指差せば、父親は咳払いをして私を睨んだ。
「ルキアは上魔法まで使える超優秀ジザーズだ。
そこのアヴァースの黒髪女と一緒にするな」
『…え』
その言葉に思わず後ろを振り向けば、ルキアは分かりやすく私から目を逸らした。
まだ隠していたことがあるとは大驚だ。
私はそんなルキアを強く睨んで、また前に向き直った。
ユナ様はそんなルキアを見て目をうっとりとさせていた。
「目障りな女だ。よくのうのうとここで働けるもんだな」
すると次の瞬間、ロレンス国王は目の前の赤ワインが入ったグラスを魔法で浮かせるとそのままそれを三つ編みのメイドに放ったのだ。
その出来事があまりにも速く、気づいたら隣には赤ワインで服を染めた三つ編みのメイドが地面に座り込んでいた。
足元には割れたグラスが散らばり、その子は酷いことをされたにも関わらずただ下を向いて耐えてはこちらに頭を下げてきた。
『っ、何を!』
「はっはっはっ!愉快だな、リキ、お前いつもならもっとそいつで遊ぶだろ!今日はどうした、そのメイドを弄ってこそこの食事は楽しめるもんだろ」
…あまりに人間じゃない言葉に、私は怒りで立ち上がった。
目立ってはいけないと分かりつつ、怒りに任せてつい頭を下げる彼女の腕を掴んだ。
細くて白いその腕は少しだけ割れたグラスのせいで切れている。
腕を掴まれた彼女は私の瞳を見るなり心から怯えたように目を潤ませた。
まさかこの子にリキはいつもこんなことを?
『…食事する気が失せました、用があるのでこれで』
そのまま口を開いてこっちを見ている父親を放って私はそのメイドの手を掴み部屋の外へ出た。
最悪だ。
王宮の生活はもっとキラキラしているものだと思っていた。
私と共にルキアももれなく出てくると、そのルキアを追ってユナ様も出てきた。
「ルキア!」
「ユナ、食事は…?」
「貴方のいない食事なんて楽しくないわ」
二人はそっと話し見つめ合っていたので、私は未だに震える彼女の手を取ったまま走った。
赤い絨毯のひかれた廊下を走り、父親の大きな大きな肖像画が描かれた階段を駆け上ると私は自分の部屋に彼女を連れてきた。
そのメイドは未だに震えながら私となるべく距離を置こうとして、手を離した瞬間その場に跪き頭を地面につけた。
「お…お、お許しを殿下…っ……」
異常なほどに震える彼女を見て私はそっと近づく。
けど私が近づく音を聞く度に彼女は震えていた。
よく見ると、その白い腕には無数の切り傷がありその首にも少しだけ赤い何かの痕があった。
『……手当しよう』
私はさっき彼女がグラスの破片で怪我した場所を治療しようと綿と消毒液を待って彼女の腕にそっと触れた。
しかしその子は未だに震えながらそんな私を見ていた。
「な、な、何でもしますっ…だから、だから今日はっ…魔法を私に放つのは…やめてください!!」
あまりに震える彼女に、私は一旦手を離した。
ひたすら頭をつけたまま震える彼女に、私はそっと声をかけた。
『…君、アリア?』
そういうと、彼女はパッと顔を上げた。
漸くその灰色の大きな瞳と目が合うも、またすぐに伏せられてしまった。
確かリキから聞いていた、アリアには優しくしろと。
まさかとは思ったけど、リキが唯一ちょっかいをかけていたのがこの子だとしたら彼女こそアリアなのではないかと思ったのだ。
彼女の反応を見るに、どうやら合っていたらしい。
きっとリキは恋愛に慣れていなかったんだ。
好きな子に振り向いて欲しくてそれが裏目に出てしまいこんな風に恐れられるようになったんだろう。
エリーゼ王女と言い、アリアと言い、リキにはとにかく一回説教しなくてはならないと思った。
「で、殿下…私の名前…覚えていたのですね…」
頭を下げながらもアリアはそう言った。
この感じだとリキは彼女のことを酷く呼んでいたのだろう。
アリアと呼ばれた彼女の瞳には少し光が宿っていた。
私はリキに呆れながら頭を掻くと彼女の腕を再び掴んで立ち上がらせた。
『ねぇアリア、実は庭の薔薇園が気になってるんだけど行き方がいまいち分からないんだ。教えてくれる?』
そうしてやっと目が合うと、彼女は少しだけ目を見開いて小さく頷いた。
さっきよりも震えがなくなったのを確認して私は彼女に笑いかけた。
「待って、ルキア!」
「なんだ、ユナ」
「さっき気づいたの、貴方のその指…誰かと誓いを立てたの?」
「いや、街で買ったんだ。防御力の強いただのアクセサリーだ」
「でもルキア、今までアクセサリーなんてつけたことないじゃない!」
「けど俺が誰とも誓いを立てないっていうのは知ってるよな?」
「…えぇ、だから気になったのよ。貴方は縛られるのが大嫌いだから、誓いなんて立てるはずない。けどアクセサリーをつけたこともなかったから」
「ユナこれはただのアクセサリーだ。信じてくれ」
「本当…?」
「ほんとだ」
やがて彼は、静かに彼女を引き寄せた。
そんな彼の腕の中で幸せそうに目を瞑る彼女は知らない。
彼が、自分の左手についた金の指輪にそっとキスをしていることなど。
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