第21話 悪魔の子
「ユキ!!!!」
『!!!』
突然、大声で名前を呼ばれて私は目を覚ました。
暗闇から目を覚ました私は突然の眩しい部屋の明かりに目を眩ませた。
今回はいつもより長く夢の中にいたせいで目が慣れていなかったらしい。
目を開けると目の前には焦って私を見つめるルキアの顔があった。
その瞳は動揺と焦りで揺れている。
こんなに焦った顔をしたルキア、滅多に見たことがなかった。
『…ルキア?どうしたの?』
「お前、思い出したのか?」
『…え?』
「だから、思い出したのかって」
『な、何を?』
「ノアって…呼んだだろ」
『…ノア?』
確かに、私はその名前を呼んだ。
けどまさか寝言でも言ってしまっていたとは。
けどどうしてルキアはそんなに焦っているんだろう。
珍しく揺れるその瞳に私は困惑しながら首を横に振った。
『何も思い出してないよ。というか、逆にルキアは知ってるの?ノアって誰のことだか、知ってるってことだよね』
彼の動揺。
その名前を知っていると言っているようなものだった。
私が彼に問い詰めると、ルキアはさっと目を逸らした。
「…いや、思い出してない…なら別にいい」
『…教えて』
「…無理だ」
『ねえルキア、私の質問から逃げないで』
「知らなくていいこともあるんだ」
『ルキア!!』
「…やっぱりお前は今すぐあの小屋へ戻れ」
『嫌だよ!!もう…1人は嫌だよ!』
「俺がいるだろ!」
『ずっとではないじゃん!』
「ならずっと側にいてやる!ずっといてやるから、戻るぞ!」
激しく言い合いをして、彼は私の腕を掴んだ。
私はそんな彼に抵抗して手を引いた。
何も教えてくれないルキア。
知りたがっている私。
私たちはきっと、求めるものが違う。
「…なら教えてやる。お前が誰で、どうして俺があの小屋に閉じ込めたままなのか」
やがて言い争った後、ルキアが口を開いた。
その言葉に私から出かけた言葉は呑み込まれ、彼の言葉を待った。
今まで隠し続けたルキアの秘密。
それを漸く、聞ける時がきた。
『…教えて、どうして私を閉じ込めるの?』
「お前の母親…アンナが、女神を殺した悪魔だからだ」
『…え?』
それを聞いた瞬間、私は呼吸を忘れた。
女神を、殺した。
その言葉に、私は正直ショックを受けたんだと思う。
母親の存在を知らなかった。
けど私の母親は、女神殺しだったのだ。
『で、でも今はエステル様っていう女神がいるはずじゃ』
「…どうして知ってる?」
『り、リキに聞いたの』
動揺のあまりアーキルから聞いた内容をルキアに言えば彼は一瞬眉を寄せて目を細めた。
けど私がリキから聞いたと言えば彼はそうか、と頷いた。
そう、女神殺しと言っても今は女神様は存在すると聞いた。
ならば私の母が殺した女神様とは一体誰のことなんだろうか。
疑問が生まれた。
「女神も悪魔と同じくその血は子供に引き継がれるんだ。女神様は娘の存在を隠してた。
だから殺された女神様はもうその時すでに本当は女神じゃなくなっていた。だから女神を失わずに済んだんだ。女神様が既にその血を継承した娘を隠していたお陰で女神様の血は途絶えなかった」
それを聞いて私はただ俯くことしかできなかった。
何故私の母親…アンナは女神様を狙ったのだろうか。
『…私のお母さん…アンナは、何故女神様を狙ったの?』
「守護神が原因だって聞いた、守護神と悪魔と女神の間で起きた、複雑な恋愛関係が決め手になったと」
その言葉に私は頭を抱えた。
ルキアは守護神について少し解説してくれた。
どれもアーキルの教えてくれた通りで目眩がしそうだった。
ルキアはずっと前からその事実を知っていて黙っていたのか。
彼はついに今まで黙っていたことを曝け出した。
守護神のことも女神のことも悪魔のことも、全てアーキルから聞いたものだった。
魔法だってそうだ。
ルキアは、全てを私に隠してきた。
『…なんで教えてくれなかったの』
「…お前に傷ついて欲しくなかった」
『話せば私が傷つくと思って黙ってたの?』
「…そうだ」
彼のその短い同意に、私は目を伏せた。
私がもし今のように外に出ないままあの小屋にいたら、きっとルキアは死ぬまで私にこの事実を黙っていたことだろう。
血の繋がった双子のリキの苦労も知らず、存在すらも知らないまま。
ルキアが優しさから言わなかったのは分かる。
それが彼の本当にいいところだということも。
けど、私はずっとその真実を求めた。
勿論、ショックを受けなかったと言ったら嘘になる。
けど、それでも。
やっと話してくれたルキアを見て私はぎゅっと手を強く握った。
「…ということだ、分かったろ?お前が生きていると知れば世界の人々は皆お前を恨み消そうとする。だからあのまま小屋にいるべきなんだ、お前を…失いたくないんだよ」
真っ直ぐな青い瞳は私をしっかりと見つめて、彼のその大きな手はこの両手を包み込んだ。
悪魔と女神。
伝説でしかないと思っていた、2人。
そして少しでも憧れを抱いていた女神様の存在。
そして、皆の嫌われ役の悪魔。
私はそんな、皆の嫌われ者の悪魔そのものだったんだ。
それじゃあ、あの夢も、あの夢も、あの夢だって、全部私が起こしてしまった悲劇だったの?
それとも、私の母親であるアンナが起こした悲劇なの?
火に包まれ、崖から落ち、首吊りをする少年。
そして進まない22時の時計。
全て、私が悪魔なんだと気づかせるためのものだったの?
そう思えば思うほど、私は心が傷んだ。
「…ほら、見つかる前に行くぞ」
俯いたままの私の腕を掴むとルキアは立ち上がった。
けれど私はそんなルキアに着いて行こうとは思わなかった。
「おい、ユキ」
『…もしそれが本当なら、私はせめて罪滅ぼしのためにも女神様を救いたい。今の女神様は私の母…アンナのせいで母親を失ったんでしょ?
そして力も弱まっているなら尚更、誰かが彼女を救わなきゃ。
あの絵本では確かに女神様と悪魔は結ばれなかった。けど、2人が手を取り合って共存出来る方法だってきっとあるはずだよ』
そうだ。
悪魔の血を継いでいるとは言え、私はただの人間だ。
元女神様を殺した、アンナ本人ではない。
ならば私は、せめて女神様の助けになりたかった。
「…無茶言うな、魔女アンナは女神様の守護神の1人、雷の魔法使いを惑わし女神を裏切ったんだ。
アンナは絶世の美女だった…他の守護神もほとんどが魔女に目を奪われて女神様を裏切ったんだ」
『…でも、私はアンナじゃない。
もしそれで守護神が女神様から離れたなら、私はもう一度守護神たちに彼女の元へ戻るよう説得するわ』
「…やめておけ、その前に殺されるだけだ」
そう、確かに私は見つかったら間違いなく殺されることだろう。
けど、たとえば私としてじゃなく、リキとして探しに行ったら?
そうすれば、私は殺されないはずだ。
リキをあの部屋に匿いながら私は旅に出て女神様の守護神を探しに行く。
そして説得して再び5人の守護神を集める。
それで、再び守護神たちが女神様に忠誠を誓い彼女の力が復活するなら。
『…お願いルキア。あなたはいつだって私の味方でしょ。守護神探しを手伝って。力をなくした女神様に復活してもらうために、私がリアネス国の王子リキとして守護神を探し出すの』
「…殿下はお前にどこまで話したんだ、まさか女神様の力が弱っていることも知ってるとはな」
『っ…』
ついアーキルから知り得た情報を言ってしまうものの、今は全てリキから聞いた情報だということにした。
世界に憧れ続け女神様を尊敬した私、世界を嫌い人を嫌うリキ。
これは、双子だからこそ出来ることなのだ。
そう強く思って、私はルキアを見つめた。
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