第20話 声

暗闇に佇む。

もうここに来るのも慣れてきてしまった。

夢の中を慣れてしまうなんておかしな話だけど、私はここへ来るとまたユニコーンを待った。



リンリン




そして鈴のような音が聞こえると、そこには金のユニコーンが現れた。

また当たり前かのように前を歩いていくユニコーンは私をどこかへ誘う。


そうして暗闇の中を突き進み私とユニコーンは暫く静かに歩いた。



『…あなた、どうしていつも私の夢に現れるの?』



やがて長い道のりの途中で私は目の前を歩くその子に問いかけてみた。



しかしユニコーンは案の定返事をせずただこちらを見た。

けれどもまるで言葉は分かるようで。


何故だか分からないけれど一緒にいると安心出来るような不思議な感覚になって私はユニコーンにそっと手を伸ばした。



『…私ね、記憶がないんだ。だからあなたが見せてる夢ってもしかしたら私が忘れてしまった過去のことなんじゃないかと思い始めて』



そう言ってユニコーンをそっと撫でる。


今日まで夢を見続けて思ったことがある。


最初こそ夢は夢でしかないと思っていたけど、何度もこのユニコーンに会ってやけにリアルな光景ばかりを見せられるので、夢ではない気がしたのだ。


だとすると、この懐かしいような感覚も感情的になって涙してしまう理由も分かる気がする。



『…もし今見せてくれている夢が過去に本当にあった出来事なら、私は誰も救うことが出来なかったってことだよね』



今まで見てきた夢を繋ぎ合わせて考える。


炎に包まれて姿を消す少年、崖から飛び降りる少年、首吊り台に向かう少年。


その少年たちを救えずに死なせてしまった。



そして目覚めるといつも泣いている私。









それはまるで、私が忘れてしまった記憶の中で救えなかった人たちのように思えて苦しくなったのだ。







ルキアが小屋に閉じ込め理由を話してくれない理由も、何もかもそれが原因だとしたら彼が私を閉じ込める理由も分かる。



だって私は、人殺しなんだから。


目の前で死んでしまうと分かっていて、救わなかった人殺し。









それを、このユニコーンは気づかせたかったのではないか。











『…いいよ、そろそろ本当のこと教えてよ。私に見せてるのは過去の出来事なんでしょ。記憶を失った私に真実を教えてくれようとしてるんだよね』







もしこれが本当なら、"ユキ"としてあの小屋を出て外を旅すれば私は殺人鬼として恐れられるんだろうか。





自分が何者で何をしてしまったのかは全然はっきり思い出せないけど、もしこの夢が現実で起きたことなら。








それは、私の終わりを意味していた。

















『…?』















しかしユニコーンは未だに私を見つめるだけで首を縦にも横にも振らなかった。


そもそも言葉が分かっているのか微妙だけど。







そんなことを思いながら暗闇の中へ座り込めば私は膝を抱えた。




『…私は、私が誰なのか知りたい。例え悪魔だとしてもその現実を受け止めるから』




リキに言われた、"悪魔"という言葉。








そして、リキと瓜二つの私。





リキとして街を歩いた時、悪魔の子だと言われていた。











なんとなく分かっていた。






きっとリキと私は、血のつながった双子なんだと。









あそこまで顔が似ていて血が繋がっていない方が不思議だ。












"悪魔の子"













その言葉と皆の視線を思い出して私は下を向いた。


未だにユニコーンは座る私の方を見て佇んでいる。











このまま暗闇に溶けて消えてしまうのだろうか。














私は、取り返しのつかない大罪でも犯したのだろうか。











『…ねぇ教えてユニコーンさん。私は、誰?』















そっと暗闇の中で呟く。








けれどユニコーンは何もせず、何も言わず、ただこちらを見ていた。













『…夢の中なのにあなたから返事が貰えるかもって期待してる私がいる。おかしいよね』










ここで私の問いかけに答えてくれる人なんていない。








1人で話して、馬鹿みたいだ。


















そんなことを思って座り込んでいると、やがてユニコーンがすっと姿を消した。













私が座り込んで動かなくなったから姿を消してしまったのだろうか。














ずっと側にいてくれたユニコーンすらも目の前から消えて私は再びひとりぼっちになった。











一人ぼっちは、もう嫌なんだ。






















その時、かすかに声が聞こえた。

















暗闇の中から、かすかな声が。





















"って…戻っ……目を……せ……助け……"












暗闇の中で聞こえるその声は、途切れ途切れでとても聞きにくい。











それでもその声に導かれるように私はパッと立ち上がると周りを見渡した。













不安定で途切れるその声は未完成だけど、何故か私を呼んでる気がした。












そうしてまた暗闇を走っていく。













声は徐々に増えてきて、途切れ途切れに私の耳に響いてきた。














"………君にし………救………"










"………助け………待っ………から"






















"………きて………起………ょ"


















誰かが。










いや、皆が、私を呼んでる。












行かなきゃ、行かなくちゃ。
















どこへ行くのかは分からない。












なんでそう思ったのかも分からない。
















けど、行かなきゃ。


















そうして私は手を伸ばした。




















誰かに、誰かにこの手を掴んで欲しかった。















誰かの、手を掴みたかった。





























『…ノア!!!』



























そうして私は、暗くて深い海に足を滑らせた。






























深い深い海へ、沈んでいく。

















苦しい、苦しい。苦しい…息が出来ない。















けど、薄れゆく意識の中で私は、美しい魚を見た気がした。

















美しく輝く、青い尾鰭の魚を。

























…ノア?


















ノアって、誰のこと?
































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