第18話 22時の時計
私は暗闇に立っていた。
気づいたら寝てしまっていたようだ。
ここに来たということは、私は今深い夢の中にいる。
聞き慣れたユニコーンの音が聞こえると私は思わずそのユニコーンから目を背けた。
最近は恐ろしい夢ばかりを見る。
炎の中に消える人影、崖から飛び降りる人影、絵画の中の首吊り。
どれも恐ろしくて、それなのに救えない日々が続く。手を伸ばしても届くことのないこの夢の中は、私には苦しい。
ならばもうこんな夢を見せてほしくなかった。
次はどんな悲劇を見せられるのかと恐ろしくて目を背けたくなるのだ。
しかし金のユニコーンは目を逸らす私をじっと見つめその場から動かなかった。
私がついて行かないと歩く気はないようだ。
『?』
すると突然金のユニコーンはその場を飛び回り青い花弁を散らした。
薄いその青色はユニコーンの輝く光と共に暗闇の中に舞い上がる。
その美しさに私はそのユニコーンを見つめた。
やがて暗闇に月が浮かんだ。
暗闇を照らすその月はユニコーンのように美しく儚く、暗闇を照らす。
そして金のユニコーンはこちらにそっと近づくと、頭をコツンと私の額に当てた。
その瞬間、暖かくて優しい物が心に溶け込み何故だか涙が溢れた。
このユニコーンはどうやら私を泣かせるのが得意なようだ。
『…分かったよ、信じればいいんでしょ』
いつの間にか、心で思っていた事が声となって現れた。
そのことに少しだけ驚いて私は声を発さないユニコーンの後ろをついて行く。
声が出せるようになったから、本当はユニコーンに聞きたいことがいっぱいあった。
けれども何故か私はただ黙って歩いた。
ユニコーンは前を突き進むとあたりを見渡して私を見つめるとふっと静かに消えた。
どうやら連れて行きたい場所まで案内出来たようだ。
私は深呼吸をして構えると、今度は何が待っているのかと暗闇を見つめた。
何も起きない。
暗闇の中、なんの変化もない。
私は不思議に思いながらも暗闇をそっと歩き出した。
当てもなく歩き続けると、突然カチカチと時計の音が聞こえた。
音はするもののその時計は見当たらない。
歩き続けても歩き続けても時計の音は鳴り止まなかった。
やがてそんな中、漸く小さな時計を見つけた。
小さく音を立てていた時計はこれのことだったらしい。
その小さな金の時計を見ると、針が前に進んでは戻ってそれを繰り返していた。
時計の針は22時を指したまま、一向に時間が進まない。
『…ユニコーンさん?何を見せたいの?』
ただ繰り返す時計を眺めて私はついに座り込んだ。
何かが起きる訳でもない。
ただ繰り返し22時を示す時計の針を眺めていたら何だか眠たくなってきた。
夢の中なのに眠くなるなんて、おかしな話だ。
やがて私の意識は時計の音と共に遠かった。
時計の針の音は、今も私の頭の中でなり続けている。
カチカチカチ…
『……』
目を覚ますと、そこはリキの部屋だった。
頭に鳴り響くのは時計の音。
けれどこれは、夢の中ではなくきっとリキの部屋の時計だ。
ふとベッドの端に誰かの気配を感じ見つめれば、そこにはルキアがいた。
この部屋のどこからか持ってきたらしい椅子に座り腕を組んで眠っている。
すやすやと眠るルキアの表情は少しだけ険しい。
何かを考えているのか眉間に皺がよりついつい声をかけたくなってしまった。
こんな難しい顔をする彼を見たことがなくて、心配になったのだ。
でも寝ているルキアを起こすのも悪いので私は声をかける代わりに、布団もかけず座って寝ている彼に着ていたリキの上着を脱いで肩にかけた。
少しでも暖かくなるように。
起こさないように、そっと。
しかしその瞬間、ルキアが目を開け私のこの手を掴んできたのだ。
突然のことに思わず上着を落としてしまい至近距離で彼の瞳と目が合う。
驚いて目を見開く私を見て、ルキアも驚いた顔をするとパッと手を離し落ちてしまった上着を拾い上げた。
「悪い…ユキか」
『誰だと思ったの?私しかいないよ』
「…この仕事をしてると、突然襲われることもあるからな。咄嗟に手が出たんだ、悪い」
『でもあの小屋にいる時、ルキアよく呑気に爆睡してるじゃん。あの時も気を張ってるの?』
「いや、それはお前の側…が退屈だからだ。お子様の子守りは大変だからな」
『聞くんじゃなかった』
なんてやりとりをしているけど、確かにこんな仕事をしていたら気を抜けないのも分かる。
国の王子を守る仕事。
従者として、常に気を張ってないといけない状態。
そんな中でルキアは恐らくまともに睡眠出来ていないのだろうと思った。
『ほらルキア、私ってば優しいから今寝かせてあげるよ〜、特別にまだ寝てていいよ〜』
わざとらしくそう言ってからかうように笑えば、ルキアは一瞬呆れたような顔をした。
しかし何を考えたのか、やがてニヤッと笑うと彼は急に椅子から立ち上がって私の座っているベッドへ身を乗り出した。
さっきのことがあり思わず身構える。
すると彼はそのまま掛け布団の上に寝転がった。
その場所は私の太ももがある場所だった。
まるで子供のように私の足の上に頭を置いてきたルキアに思わず目を見開く。
確かに彼はいつも突然変なことをしだすけど、たまに予想の斜め上を行くのでびっくりしてしまう。
『ちょっとルキア』
「いいじゃんか、寝かせてくれるんだろ?お姫様」
『あのねそういうのはユナ様とかにやってもらいな。私が言ったのは、ここじゃなくて椅子』
「おい随分冷たいな、寝ていいって許可したのはお前だろ」
『寝ていいとは許可したけど…』
いくら冗談とは言え恋人がいるルキアは普通にこんなことをやってくるので私は彼を押し退けながら注意した。
しかし彼は意地でも動かない。
ならば私が無理にでも立ち上がるしかないだろうと思い足を上げようとすると、彼がそっと私の腕を掴んできた。
「…本当に疲れてるんだ。お前が側にいるだけで…」
『もっと疲れる?』
「違う。…そんなこと思ってたら最初からこんなことしない」
ぼそぼそと話すルキアに私は仕方なく諦めることにした。
ルキアはきっと私のことを妹のように見ているし、それなら大丈夫だろうと判断したのだ。
『次はユナ様にやりなよ、じゃなきゃいつか愛想つかれるよ』
「……」
そう言って彼の耳元で少し大きめの声で言うも、無反応。
人の忠告を聞きもせず無視をして、ルキアはそっと目を閉じた。
やがて数分もすれば彼から規則正しい寝息が聞こえてきた。
いつも私を守ってくれて見守ってくれるルキアに、少しでも安らぎを与えたかった。
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