第17話 薄情者

あの部屋へ私を送り返したいルキアと、頑なに否定する私。

2人して無言の睨み合いをすれば、突然部屋の扉をノックする音が聞こえた。


その音にルキアは声のする方を見る。


やがて、扉の向こうから穏やかで落ち着いた女性の声が聞こえてきたのだ。



「リキ?いるかしら?」



リキの名前を呼ぶ女性は、そう言うと私が返事をする前に扉を開けて中へやってきた。



コツコツと音を立てて静かにお淑やかに入ってきた女性は私たちを見ると小さく微笑んだ。



その姿を見た瞬間、目を見開いた。

息を呑むほど美人とはまさに彼女のような事を言うのだろう。


サラサラとしたブラウンの髪は後ろにまとめて高く結われていて、そこには美しい金色の髪留めがしてある。


輝く金色のネックレスはスカイブルーの宝石が施されていてとても美しい。


彼女の着ているその紫のドレスは本当に美しく、白から紫へとグラデーションが入っていてふわりとしたパニエの膨らみが可愛いさを引き出す。


彼女の瞳は輝く桃色で、頬に塗られたチークは彼女によく似合っていた。



そんな彼女が私にゆっくり近づくと、今まですぐ側にいたルキアがあちらへ移動した。


少し遠くから見るその女性とルキアがあまりに絵になっていて、私は息を呑んだ。

背の高い彼は彼女の目の前まで行くと、まるで私に彼女を見せないかのようにこちらに背を向けた。


そしてそんな彼の口から、漸く彼女の名前が聞こえた。



「…ユナ、どうしてここに」



ユナ。

その名前には聞き覚えがあった。


そうだ、ルキアの恋人だ。



まさかこんなに美人な女性だったとは思わず、私は目を見開き2人を見た。

でもルキアのルックスを見たらユナ様は確かにとてもお似合いだ。


あまりに美しい2人を見て、何だか少し疎外感を感じる。



それでも、そんな私に気づいたのかユナ様はこちらへとやってきた。





その途端に、ふわっと薔薇の香水の匂いがしてきて思わずクラッとしてしまった。

私でさえクラクラしてしまうのに、男性がこれを嗅いだら気絶してしまうのではないかと感じる。



ユナ様は側までやってくると、私が座っているベッドの傍らに座って優しく髪を撫でてきた。



「聞いたわ、あなたがエリーゼ王女と正式に結婚することが決まったこと。だからね、愛しい弟のために手作りのプレゼントを持ってきたの」



美女を目の前に固まる私の手を優しく握ると、彼女はそう言って小さな箱を出した。

ユナ様はその赤い小さな箱をそっと開けると中にあった紫のピアスを私に差し出す。


とても小さいけれどその紫は宝石のように輝きを放ち美しさを引き出していた。



「…実は、以前既に作っていたのだけど、ほら、エリーゼ王女と何か問題があって婚約破棄になるかもしれないって言われて、渡せずじまいだったの。だから今回こそあなたにプレゼント出来ると思って」



そう言って優しく穏やかに笑うユナ様。


私はそんな彼女に目を奪われながらも、手渡されたそのピアスを受け取ろうとした。







「ユナ、俺にさえ手作りプレゼントをくれないくせにそれはないぞ」








しかし受け取ろうとした瞬間、そのピアスは彼女の後ろにいたルキアに奪われていた。


そのことにきょとんと彼を見つめる私とユナ様。



前にルキアは自分でも凄く嫉妬深い男だ、とは言っていたけどまさかここまでとは。




聞くところユナ様はリキのお姉さんみたいだし、家族ならこういうプレゼントを渡すのは当たり前だろうにまさかその家族にまで嫉妬するタイプなのか。





そんな事を思いながら私はついルキアを睨み見た。




「ルキア、大人気ないわよ。リキに返してあげなさい」



ついにユナ様にまでそう言われたルキアは、それでもピアスを返そうとはせずその紫のピアスを見つめた。



「ユナ、俺が紫を好きだって知っててこれを?殿下は貰い物を絶対に付けないのを知ってるだろ?ならこういうのは身につける人にこそ渡すべきだろ」



「まったくルキアは…ごめんなさいねリキ。あとでちゃんと返すようルキアに叱るから」



目の前で恋人同士の小さな喧嘩を見せられて、私は思わず苦笑いした。

ルキアってもしかして恋人にはお子様になるタイプなのかな。


そんなことを思いながら、ルキアの一面を見てこっそり心の中で笑った。




「ユナ、今日はお前の"婚約者"が来るはずだろ?行かなくていいのか?」



やがて穏やかだった雰囲気の中ルキアは彼女にそんなことを言った。


婚約者?


ユナ様、婚約者がいるの?




そう疑問に思っていると、そんなユナ様の表情が一気に暗くなり空気がどんよりとした。



何だか、複雑な事情がありそうだ。




「…ルキアは、私が他の人に嫁いでもいいの?私がエスティマへ嫁げば、あなたとは会えなくなるのよ」




悲しげに、泣きそうに語ったユナ様はそう言って唇を噛んだ。

何だかとても悲しくて切なくて、可哀想だった。




「俺たちは従者と王女だ。身分が違う」



「それでもっ!あなたを愛しているの!」



「…ユナ、身分はどうにもならないんだ」



「あなたはそれで…いいの?」



泣きそうな彼女の声に胸が締め付けられる。


愛し合っているルキアとユナ様はこのまま結婚するのだろうと勝手に思い込んでいたけど、そんな身分違いという壁があったなんて知らなかった。



そんな決まり、なくしてしまえばいいのに。




そんなことを思いながら、やがて部屋の時計が昼を知らせるベルを鳴らす。







それと同時に扉の外で彼女を呼ぶ声が聞こえた。







「お嬢様!!エスティマ国の王子がいらっしゃいました!お嬢様!!」










その声に、ユナ様は立ち上がると無理に笑ってルキアの頬に手を当てた。




「…行ってくるわ」



「ああ」



短い会話。


けど2人のその見つめ合う空間には、誰も入れないような雰囲気があった。










ユナ様は軽く私に手を振ると、まだ涙で赤くなった瞳のまま扉の外へと消えていった。




















『…追わないの?』



「は?」



『ユナ様だよ!彼女を愛してるなら、追わなきゃ!身分がどうのとかじゃなくて、引き留めなきゃ!』








去った扉を見ながら、何もせずにここに立ち止まったままのルキアに私は思わずそう言った。





愛し合えるなんて、滅多にない奇跡のような愛なのに。







身分が違うからとこんなに簡単に諦めるなんて。











私にはどうも理解出来なくて、ベッドから抜け出すとルキアに向かってそう言い放った。
















「…簡単に言うな。俺だって本当は愛する人に気持ちを伝えたいし、強く抱きしめたいし、行くなと引き止めたい。けど、愛されていないと知っているのにそんな大胆なこと出来る訳ないだろ…出来たら、とっくにしてる」




『…何言ってるの、ユナ様とは思いを伝え合った仲なんでしょ?なら抱きしめて行くなって引き止めなよ!彼女はあなたを愛してる、彼女の瞳を見れば見てれば明らかに分かるよ!』



「…お前には一生分からないだろうな」



『っ!!』






なんだかんだ言って、本題から避けようとするルキアに私はついに怒って顔を背けた。


分かってないのは、どっちよ。







「…おい、怒ったのか?」



『……』



「…どうしたら機嫌を直してくれるんだ」



『……』



「…アップルパイ作るか?」



『そんなんで騙される訳ないでしょ』



「反応したじゃねぇか、分かりやすいな」




そんなやりとりをして、ギャーギャーワーワーと言い合う。

けど本当にこのままでいいのかは、実際本人が決めることだ。


だけど、叶うのなら想い合う2人の恋が、実りますように。










そう祈ることしか出来なかった。












「…俺は、今が一番幸せなんだ」






『え?』




「…愛する人が、まだ今はここにいるから」





『…そっか』







そんなことを言っても、それは今だけであって、ユナ様は時が経てばここから消えてしまう。











だからルキアはきっと、消えてしまう前の、ユナ様と愛し合っている今が一瞬でも幸せなんだと言ったんだろう。














まだ私は恋愛に詳しくはないから、ルキアとユナ様の関係に口を出すことは出来ない。












もしこんな世の中じゃなければ、ルキアとユナ様は手を取り合って幸せを掴んだのだろう。














そう思って私は俯いた。











外の雪はさっきよりも強く降って、もうすぐ夜が来ると告げていた。































「……追いかけても追いかけても、届かないんだ。こんなに近くにいるのに……」


















 


      



































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