第16話 嘘

部屋に置いてある大きな時計の針が規則正しくカチカチと音を立てる。

聞き慣れた暖炉の火の音が弾ける音が聞こえる。


そんな中で、今私たちは見つめ合っていた。


ルキアはベッドに腰掛けながら顔だけこちらを向けてそれはそれは酷く眉間に皺を寄せて怒っている。


そして私はそんな彼にどう説明したらいいのか分からずにただ苦笑いしていた。


やがて睨みを利かせていたルキアは大きなため息をつくと頭を抱えて口を開いた。



「…で、どうやって抜け出してきたんだ」



呆れたようにそう投げかけてきた彼に、私は頭を掻いて答えた。



『ルキアが鍵を掛け忘れたんじゃないの?だって、気づいたら開いてたし…』



そんな私の言葉に、ルキアは一瞬何か動きを止め考えるような仕草をすると更に質問を投げかけた。



「いや、あの扉は絶対開かない筈だ。…誰かがわざと扉を開けたのか」



『開かないとは断言出来ないでしょ、鍵を掛け忘れることは誰にでもあるから。ルキアみたいな完璧人間でも、忘れることくらいあるよ』



「いや、あれは鍵じゃ……なんでもない。とにかくその後お前はどうしたんだ?誰かを見たとかしなかったか?」



少し焦るような彼の様子に私はなんと言おうか悩んでいた。

このまま素直にアーキルのことを打ち明けてもいいのだろうか。

けどそうしたらアーキルにルキアが何かするんじゃないか。


そんなことを思って頭を悩ませていた。

それに、あの光る蝶々のことだって…。



「おい、何かあったなら正直に言え」



そうして黙り込んでいるとついにルキアにそう言われてしまった。


何故か分からないけど私は咄嗟に首を横に張るとその事実を隠蔽した。


ルキアに隠し事なんてしたくないけど、全てを話すことが果たして正解なのか。


実際、魔法のことはルキアに嘘をつかれていたことになるし、今まで彼からリキの護衛をしていたなんて話も一度も聞かせてもらえなかった。


だから、本当に信じていいのか少し疑っていたのだ。



『何も見てない。鍵が開いていて確かに扉は開けたけど、暗かったし何せ雪が積もっててあの格好じゃ歩くのは無理そうだったし』



「…そうか…ならいいんだ。それで、今殿下はどこに?この感じだと殿下があの小屋の中にいるのか?」



なんとか誤魔化せた私は、ルキアの次の質問に小さく頷いた。

流石にリキがあの小屋にいる事実は隠せない。

隠したとしてもルキアがあの小屋へ行けばバレてしまうのは確定していたし。


そうして私の頷きを見ると、彼は更に深いため息をついた。


窓の外にはたくさんの鳥が飛んでいる。

晴々しい空で鳥たちは自由に羽ばたいていた。



『リキが突然部屋に来て、私と変わって欲しいって言ってきたんだよ!なんか抵抗出来なかったし、私もその…外の世界に、憧れてたから…』



「最後のが本音だろ」



『うっ…』



どんなに言い訳してもルキアには敵わない。

確かにこの国の王子と入れ替わるだなんて、バレた相手がルキアじゃなければ私は殺されていたかもしれないほどの罪だろう。


いくら似ているとは言え、こうして他人がこの国の王子のふりをしているんだから。



『…だってルキア、たくさん私に隠し事してるじゃん。リキに黒髪は穢らわしいって言われた。それに…さっき見たけど、魔法ってほんとに存在してたし…ルキアは、こうしてリキの護衛をしていた。

でも何一つ、教えてはくれなかったじゃない』



つい不貞腐れながらルキアに言えば、彼は罰が悪そうに一瞬目を逸らした後すぐに誤魔化すように頭をかいて口を開いた。



「黒髪のことはお前が傷つくと思って優しさで言わなかったんだよ、護衛のことは別に話しても意味ないと思ってたし、魔法は…単純に騙してる時のお前の反応が面白かったから」



『…とことん酷くて泣きそうだよ』



「優しさもちゃんと汲み取れよ」



『あなただって最後のが本音でしょ』



「まぁな」



なんて話して私は呆れるふりをした。


きっと、ルキアは今まで私にこの話をしなかったことに深い理由がある。


嘘をつく時すぐに目を逸らす癖が、その事実を証明させた。


今は私も騙されてあげる。

けど、ルキアが本当に何のために私をあの小屋へ閉じ込め続け、大事なことを隠し続けたのか、いつかは突き止めようと決めていた。



そんなことを思っていると、ルキアはベッドから立ち上がり私の手を引っ張った。


私は座ったままの状態で、彼を見上げる。



「ほら、戻るぞ」



『え…』



「えじゃない。殿下を連れ戻すんだ。お前はあの小屋に戻れ」



その言葉に、私は頑なにここから動かなかった。


だって私はあの小屋に戻りたくない。

もっともっと、こうしてリキとして外の世界を見たい。


実際今、ルキア以外にはバレていないのにどうしてそんなすぐに私をまたあそこへ閉じ込めようとするの?


そんなことを思って、自分の腕を少し引っ張った。

手を掴む彼の手が離れることはなかったけれど、私が反抗していることには気づいてくれたらしい。



「…ユキ」



『嫌だ…戻りたくない』



「我儘を言うな、お前はあそこにいなきゃならないんだ」



『どうしてよ…訳も話してくれないのに、私は一体いつまであそこにいればいいの…?やっと出られたのに、やっとこうして空を見れたのに』



「ユキ、いい加減にしないと無理矢理連れてくぞ」



『…好きにしなよ、そんなことしたらリキの父親の前で泣き喚いてやる』



「…それは勘弁してくれ」



ずっと言うことを聞かない私を彼は説得し続けた。

それでもルキアは理由を話してくれない。

訳を説明してくれれば、私も納得出来るかもしれないのに。



『ねぇお願い、教えて。どうしてずっとあそこに閉じ込め続けるの?』



「…それより殿下を早く連れ戻せ」



『大事なことなの、話を逸らさないで』



何度問いかけても頑なに話してくれない。

それに必ず私から目を逸らすのだ。


ルキアは一体何を隠しているんだろうか。


掴まれた手に段々と力が込められて、私は少し顔を歪めた。


どうして、一体ルキアは何を隠しているの?



『ルキア、ルキア、ねぇ痛い…』



「あ…悪い」



すると漸く離された手。


もし。

もしルキアが何か大きな事を隠していて、1人で悩み続けているなら私も力になりたかった。


この黒髪が原因なのか、それとも魔法が使えないことが原因なのか。


それが、私を守ることだとしても。


彼から真実を聞きたかった。







沈黙が流れるこの部屋は、冷え冷えとして私を震わせた。


気づくとさっきまであんなに晴れていたのに、外には雪が降り始めている。


あの羽ばたいていた鳥たちは、雪と共に姿を消した。






















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