第15話 彼は危険

『はぁ…』



エリーゼ王女との一件が落ち着き、今私はリキの部屋のベッドで横になっていた。


彼女たちが帰ったあと私はリキの父親から何故か今日は人が変わったみたいだったと言われ、頭を打ってないか確認された。

少し失礼ではないか。


相変わらず周りのメイドたちはコソコソとしているし、父親も何故かぶつぶつ言いながら別の部屋へ消えてしまった。


そうして残された私をルキアが部屋まで案内してくれて、今こうしてベッドで死んだように横になっているのだ。



リキの部屋は大人数で泊まれそうな程広く、ベッドの豪華さと言ったら声を失うほどだった。

2人は確実に眠れる広さのベッドで、レースが天井から下がっており個室のようになっている。


跳ね返るほどの弾力に、掛け布団にまで金の刺繍が施されている。

当たり前に部屋には大きな窓が2枚ついていて、カーテンも金色基調のシルクでできていた。


部屋は天井が高くなっており、床一面には赤い絨毯が敷き詰められている。

今までのあの部屋とまるで違うこの場所に驚きはしたけれど、それと同時にどっと疲れもやってきた。


ルキアに案内されて彼が部屋から出ていくと、私は部屋を細々と観察する前にベッドに倒れ込んでしまったのだ。



まずは少し寝て、それから次に起きたら部屋の散策をしよう。

そう決めて大の字になって目を閉じた。















リンリン…















そう聞き慣れた音がして私は辺りを見渡した。










どこを見ても暗闇のこの中は、夢である。

















そうして暗闇で佇んでいれば、また金色のユニコーンが現れた。















この間の悪夢を思い出し少し顔を歪める。
















だけど何故だか、あんなに残酷な夢なのに見なくてはならないと心がつぶやいていた。









目を背けるなと、そう言われている気がして私はまたそのユニコーンの後を追った。









長い間歩き続けると、やがて暗闇の道の途中にたくさんの絵画が現れた。





しかしユニコーンはその中をただ真っ直ぐ突き進み、左右に飾られた絵など気にしていない様子だった。







左右の絵はそれぞれ似たようで少し違っていた。






ある左の絵を見ればそこには咲き誇る美しい薔薇が描いてある。

しかし右の絵を見ればその薔薇は黒く焼け焦げてかつての美しさを無くしていた。



また別の絵も見てみた。

左の絵には弱った灰色の馬が描かれている。

しかし右の絵を見ると、そこには真っ白な白馬が描いてある。



どの絵も同じようで違う。




そんな不思議な絵画たちの中を、私は歩いた。









そうして歩き続けると、金色のユニコーンはある大きな大きな絵画の前で足を止めた。






さっきまでの絵とは比べ物にならないほど大きな額縁だ。







その絵には1人の少年の後ろ姿と、向き合っている1人の少女の絵が描かれていた。









気づくと金のユニコーンは姿を消していて、残されたのは私とこの絵画だけだった。











少年は背を向けていて顔が分からないし、少女も少年に被っていて顔が隠れている。











そうして眺めているうちに、やがてその絵が燃え上がった。













驚いて後ずさるも、燃えた絵はそのまま違う絵となって現れたのだ。














その絵を見て、私は息を呑む。
















さっきと同じように少年は背を向けている。















しかしさっき少年の前にいた少女の絵は消え、代わりに首吊り台が映っていたのだ。



















この少年は、今まさに首吊り台へ登ろうとしている。














同じようで同じじゃない。











そんな絵を見上げながら、私は届かないはずの絵に手を伸ばした。













"駄目、そこへ行っては駄目"













絵画に何を言っても何も変わらないというのに、私はひたすらに声を張り上げ行くなと忠告した。













けど、絵画にこの声は届くはずもない。





























『っ!!駄目!!行っちゃ駄目!!』























そうして目を覚ますと、私は大声を出しながらベッドから飛び起きた。













もう何度目か分からないこの状況に、私は荒い呼吸を繰り返す。















そうして胸に手を当てていると、いつの間にか側にはルキアが立っていた。














「…大丈夫ですか?」

















彼のその他人行儀な態度を見て、今自分がリキだったことを思い出す。








急いで呼吸を整えると、私は何事もなかったかのように静かに頷いて見せた。











「…部屋に入った瞬間、行くなと言われたので何事かと思いました。こちらミルクティーを作って参りました、ハチミツ入りの」















礼儀正しくそう言って、ルキアは側にあった大理石で出来た机の上にカップを置いた。














湯気が出ているのを見ると作りたてのようだった。

















『…ありがとう』
















苦しい夢を見た後にこのミルクティーを飲むと少しだけ心が落ち着く。


私は彼の心遣いに感謝してそのカップを握った。










あれ、でも、私、これを飲んでいいんだろうか。














"リキ"を深く知らない私は、そこまで考えて慌ててそのカップを机に戻した。




彼の突き刺すような視線が痛い。









あの性格からしてリキは、ミルクティーなんて飲むのだろうか。










「…今日はハチミツを加えたので、やはり飲まないんですね」















やがてルキアはそう言うとカップを手に取った。








良かったやっぱりリキはハチミツ入りのミルクティーは飲まないらしい。













そうして彼に小さく頷くとルキアは背を向けてこう言った。








「ではいつものストレートにしてきます」














その言葉に軽く頷く。













そうしてあまりしないうちにルキアはストレートティーを持ってきた。













実は、私はストレートはあまり好きではないのでルキアには絶対に頼まない。





なので逆にこうして彼がストレートにして持ってくるということは、恐らくリキは本当にストレートティーなら飲むのだろうと想像した。














ルキアは改めて側にある机にカップを置くと、私に一礼した。













「飲み終えたら、片付けます」












そうして一言残して行けば彼はそっと部屋から出ていった。














『はぁ…』













ミルクティーを飲まなくて正解だった。


彼はおそらく私を"試した"んだろう。






ミルクティーならば確実に私は飲むから。







けど、その作戦には引っかからない。












部屋から彼が出て行ったのを確認すると、私はカップを手に取った。


彼はきっと私が苦手だと知っているストレートティーをわざわざ出すことはしない。


だからこれは、飲まなくてはならないものだろう。








そう考えて私はその紅茶を飲み干した。



















やがて少しの間を開けて部屋にルキアが入ってきた。





あの小屋にいる時と違ってこんなに頻繁にルキアに会うから何だか少し変な感じだ。












そんなことを思って窓を眺めていると、ルキアがカップを片付けに来た。













「お味はいかがでしたか?」













そして彼の聞いてきた質問に、私は小さく頷いた。

下手に何か喋ればバレてしまう。






そう思っていると、ルキアがカップを持ち上げた音がした。













なんとか逃れられた、とホッとしているとルキアはそこから何故か動かなくなる。












『…?』












そして、再びその目と目が重なる。















何か見透かされそうなその瞳に、私は圧倒された。











何故カップを片付けないでその場に居続けるんだろうか。


そんなことを思いながら落ち着きなく手を弄った。











彼の瞳から目を逸らすことが出来ずにただ見つめていれば、ふと彼が笑った。















あ、久々に、ルキアが笑ったのを見た…

















しかしそう思った瞬間、突然ルキアが私の首にそっと触れてきた。










『っ…!』














ひんやりとしたその手にビクッとして私は思わず彼の手を掴む。




しかしルキアはそのままベッドの上に足を乗せると、私が座っているベッドの両脇に手をついてきたのだ。







急激に近づく距離に戸惑う。










私は彼に包囲され行き場をなくした。















私の足に彼が体重をかけているせいで、本当にどこにも逃げ場がなくなったのだ。













『ちょ…っと…』















至近距離に彼の整った顔がある。











真っ黒のその髪から覗いた薄い青は私を捉えて離さなかった。



















「一つ、殿下は紅茶が大の苦手だ。香りを嗅ぐだけで吐き気を催すほどに。

二つ、殿下に仕えてから俺は、一度も感謝されたことはない。

三つ、本当にお前が殿下なら、今この時点で魔法を使って俺を引き剥がしたはずだ」

















そして彼のその言葉に、私はついに言葉を無くした。


















まさかこんなにもルキアに早くバレてしまうなんて思わなかった。














『な、なんのことだかっ…』







「なら今ここで、お前が殿下ではないと証明するか?確かめる方法ならいくらでもある。

この服を、脱がすことだってな」





『や、やめてルキア!冗談だよね…わ…僕はリキだ!本当にリキなんだよ!!』











どんなに否定しても、彼はもう折れなかった。












両脇についていた彼の手はそっと私のブラウスに触れる。












本気で身の危険を感じた私は、解放された片方の手を振り上げてルキアを退かそうとした。

















しかしそんなもの、敵うはずもなくすぐに彼の手に捕まる。














そうして彼が私の上着のボタンに手をかけた瞬間、私は思わず声をあげていた。













『分かった!!そうだよ、私は殿下じゃない!!』














目の前にいる彼の耳がキンとするほど大きな声で言えば、今度は勢いよくその大きな手で口を塞がれた。















「馬鹿かお前、でかい声を出して正体明かせとは言ってないだろ」



『だって!じゃないと私の身に危険が!!』



「誰が本気でお前みたいなお子ちゃまを襲うかよ、ちょっと考えれば分かるだろ」



『っ!!!最っ低!!私ルキアのそういうとこ大嫌い!』



「はいはい取り敢えず耳に響くから大人しくしてくんねぇかな」








一気に普段の私たちのペースになり、思わず大人気なく彼に色々吠えてしまった。


ルキアはそんな私を見ながら両手で耳を塞ぐ。



そうして漸く上から退くと、彼はベッドの端に腰掛けた。












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