第14話 本来の彼女

背中を向けたまま動きを止めるエリーゼ王女の元へ私はゆっくりと向かった。

周りの兵士やメイドたちから、何かが起きるのではないかという緊張が伝わってくる。


チラッと横目でルキアを見れば、彼の鋭い瞳と目が合った。



『っ』



ルキアのその瞳は、時々何を考えているのか分からなかった。あの小屋でいる時には見たこともないその鋭い眼差し。


まるで別人かと思うほど、彼はここにいる時と私の小屋へ来る時の態度や仕草が違った。


だけど確かにここにルキアがいるという安心感もあった。

最悪なことが起きたとしても、心を許せるルキアがいるというその安心感がありがたかった。



『その、実はずっと言いたかった事があって…』



やがてエリーゼ王女の元に辿り着くと、私はそう言って頬をかいた。

こんな可愛い女の子を相手にしたことがなかったので、どこか緊張していたのだ。

もし私がユキとしてここにいれたのなら、彼女とは友達になれていたかもしれない。


そんなことを思いながら、そっと片手を差し出した。



『君の手を、見せてもらえる?』



そう言ってみれば、エリーゼ王女の側にいた父親らしき人が少しだけ眉を寄せたのが分かった。

彼はきっと、娘に変な事をしないか見張っている。


いつでも私に向かって攻撃出来るように、少しだけ片手を持ち上げていた。



そしてエリーゼ王女は、暫くそのまま動かないままやがてゆっくりとこちらを振り返った。

私が差し出す手を見て、視線を逸らす。


きっと彼女の中では、母親の形見を壊したような男を信用していいのか葛藤しているはずだ。

両手を自分の前で交差させて何度も指を回していた。


そう、それでいい。

すぐに信頼しなくていい。


私はそんな彼女を見て小さく微笑むと、差し出していたその手でエリーゼ王女の手を指差した。



『それ、凄く綺麗だと思ったんだ。まるで空みたいで、キラキラしてる』



「えっ…」



私が指を差した彼女の爪には、美しい青のネイルがされていた。

白から青に変わるグラデーションはまるで昼間の大空のようで目に入った瞬間思わず目を奪われた。


どうなっているのか、どうやったらあんな綺麗に爪に塗れるのか興味があった。


その爪の青はエリーゼ王女の髪や姿にもとてもよく似合っていて、着ているドレスをもっと輝かせていた。



『爪の青は空みたいで、君のドレスは海みたい。

そしてエリーゼ王女、君はとても可愛いよ』



つい本音を口に出して言えば、辺り一体がしんと静まり返り目の前のエリーゼ王女はやがて顔をリンゴのように真っ赤にした。


側にいた彼女の父親らしき人は目をまんまると見開き、リキの父親…である彼なんて変な物でも見たかのような表情をしている。


そんなに変な事を言ってしまったのかと思わず周りを見渡せば、こっそりとメイドたちが何かを話していた。



「…あれ、本当に殿下?」



「…いや…あれが殿下な訳ない…」



「…変な物でも食べたのかしら?まるで別人よね?」




その声が耳に届き、私はやってしまったと焦る。

リキには無言でいろって言われたのに早速それを破ってしまったのだ。


まぁでももっと詳しく説明してくれなかったリキが悪いんだしこれくらい許してほしいなんて勝手に自分の中で納得して、そっとルキアを見た。



彼はやっぱりさっきと同じように鋭い目つきで私を見ている。



あまりの直視にサッと目を逸らせば、目の前で顔を真っ赤にしたエリーゼ王女と目があった。


もしかして余計に怒らせちゃった?


なんて思う暇もなく、彼女は私の手を取ると目をきらきらとさせて口を開いた。



「じ、自分で爪に塗ったの!!爪の青は空をイメージして、ドレスはあたしの…じゃなくて、海をイメージして作られた物を選んだの!!

姉様たちにも気づいてもらえなかったのに…」



そうして興奮気味に話す彼女に、私はつい微笑んだ。

さっきとは違って本当に目を輝かせて話す姿があまりに可愛かったから。



『すぐにその綺麗な爪に目が向かったよ、自分で塗ってるなんて凄いね!素晴らしい才能の持ち主だ』



そう言って私の手を取る彼女の手を包み込んで笑えば、彼女は更に顔を赤くしてそっぽを向いた。


エリーゼ王女の青い瞳は動揺に揺れている。



やがて彼女はチラッと私を見ると突然その両手で私の頬を包み込んだ。



『っ!?』



あまりに予想外の行動に驚くものの、私は目をパチパチさせながらその彼女を見つめた。

自分よりも少しだけ背の低い彼女はこちらを見上げて小さく微笑んだ。




「…酷いこと言ってごめんなさい。本当は、あたし…あなたと普通に話したかったの…これは国の平和のための政略結婚だって分かってる…けど、それでも結婚するあなたとは仲良くなりたかった…」



『……』



彼女が本当は心優しい子だということは何となく分かっていた。

リキが彼女に対して厳しくてこうなってしまっただけで、エリーゼ王女はきっと最初から歩み寄ろうとしていた。



『…僕こそ、ごめん。謝って済むことじゃないのは分かってる…けど、世界でたった一つの君の宝物を奪っちゃったんだから』



これは私が彼女に一番伝えたかったことだった。

本当はリキ本人が謝るべきなんだろうけど、彼はきっと彼女には謝らない。


だからせめて、リキの代わりに謝りたかった。



「…確かにあれは大事だけど、代わりにあなたが手に入った。…だから、許してあげる」



やがて彼女はそう言って笑った。


私もそんな彼女に笑いかけると、周りも安心したように肩の力を抜いていた。


そうして無事に彼女と和解が出来たと思った瞬間だった。




突然エリーゼ王女が私の着ているフリルを掴んで彼女の元へ引っ張ったのだ。

無防備にしていた私は案の定大勢を崩しそのまま彼女の方へ倒れそうになる。


しかし気づくと目の前には彼女の桃色の唇が迫っていた。







『っ!!』















急な出来事にキュッと目を瞑れば、その瞬間私は後ろから誰かに勢いよく引っ張られた。













『うぇっ』













思い切り首元付近を引っ張られたせいで変な声が出る。





そうして今度は後ろに倒れそうになると、そのまま私は誰かに抱えられるようにして倒れるのを防いだ。







「ぶ、無礼者!あたしが彼にき、き、き…すをしようとしたのに邪魔をするなんて!」












まさか、エリーゼ王女はそれでわざと引っ張ったのか。

そう今更呑気に考えていると、後ろから支えてくれた本人の声が聞こえた。





「失礼しましたエリーゼ王女。しかしオリビア国は婚前の接触は禁止されているはず。リアネスでは認められていても誰に見られているかわかりません、お気をつけくださるように」





耳元でルキアの低い声が彼女にそう告げた。

彼は私が彼女とキスをするのを防いでくれたのか。

さっきまであんな無関心な態度を取っていたのに、優しいところもあるのかと関心する。


エリーゼ王女は一瞬また何か怒りながら反論しようとしたものの、ルキアの言う事が本当なのか口を摘んで顔を背けた。



「…これはこれは、私の娘が失礼を。しかし娘はリキ王子を認めたそうです。結婚の日取りはまた今度。これからもリアネス国と協力出来ることを心から喜び申し上げる」



エリーゼ王女を横目に、彼女の父親が前に出てくるとそう言った。

最初は私を殺そうとしてるのかと思うくらいの殺気でこっちを見ていたけど今ではその気配はまったく感じられなかった。


隣にいたリキの父親はそのことに大きく頭を下げるとまた私の後頭部を軽く叩いた。



頭を下げろと言うなら叩くんじゃなくて口で言ってほしい。




「こちらこそ!!無礼をお許し下さりありがとうございます!!今後もリアネス国とオリビア国の平和のために協力することを誓います!!!」



そう言って深く深く頭を下げる。


少し頭を上げると、エリーゼ王女の父親も片手を胸に当てお辞儀をしていた。

そしてエリーゼ王女はこちらに向かって大きく手を振っていた。

































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