第13話 エリーゼ王女

城門を潜り抜けると、左側には大きな薔薇の庭園が広がり右側では兵士らしき人たちが魔法の練習をしているのが見えた。


アーキルに出会っていたお陰で魔法にさほど驚くことなくいられたので彼には感謝している。


兵士らしき人たちは2人一組で片方がひたすら攻撃して片方は防衛をするという風に練習をしている。


アーキルに教えてもらった通り、水と炎と風の魔法がそこでは繰り出されていた。

彼らを見ると、あれは恐らく中魔法だろう。


鍛えられた男の人が基本的にはその場所で練習していた。


そしてそれを横目に、私は正面の階段を登るルキアに急ぎ足でついて行った。



あの魔法が繰り広げられている中でもルキアはそれがさも当たり前というように歩いて行った。

やっぱり彼が私に魔法について教えてくれなかった訳には深い理由がありそうだ。



階段の始まりにも兵は二人いて、更に少し登った城の扉の前にも更に二人構えている。

厳重に固められた守備。


兵士たちは石のように動きを止めその扉を守っているようだった。



ルキアが階段を登ると扉の前にいた兵士たちが目だけをこちらに動かし彼の存在と私を確認する。

私がリキではないとバレないかヒヤヒヤしたものの、何とかそこを通りすぎることが出来た。


そうして扉の前にたどり着くと、やがてその大扉がゆっくりと開かれた。







大きな音を立て開いた扉を見上げる。

当たり前だけれど、あの小屋の扉とは比べ物にならないくらい大きかった。



そうして扉が開かれると、そこには見たこともない大きなシャンデリアが飾られ、目の前には赤い絨毯が敷かれた階段が上まで続いていた。


右にも左にも部屋があって、それぞれに兵士たちが必ず付いている。


私が一歩踏み出すと、仕事をしていたらしきメイドたちが急いで立ち上がり壁に捌けると丁寧にお辞儀をしてきた。


床は磨き上げられていて、シャンデリアの光が反射してキラキラと輝く。

そして足を踏み入れると、耳に心地の良い靴の音が響き渡った。



「殿下、エリーゼ王女がお見えになっております」



色々なことに感激し興奮していると、目の前のルキアが足を止め振り返った。


そう言えば、よく見るとルキアのその服はいつもあの小屋で見る服とは少し違っていた。

複雑に作り込まれた黒い衣装には時々金の刺繍が散りばめられていた。


首元まできっちりとボタンをしてネクタイまでつける彼は、あの小屋での雰囲気とガラッと違って見えた。

けれどまさか彼がこんな大きなお城に勤めていたなんて。


実際に森から歩いて気づいたけれど、このお城からあの森は決して近いとは言えない距離だ。


その距離を、ルキアはいつも来てくれていたのだ。




そんなことを思っていると、やがて向こう側からコツコツと音を立ててやって来た可愛らしい女性がいた。

足元まである青いドレスを着て、高いガラスのヒールを履いて歩いてくる。


彼女は一直線に私の元まで歩き、後ろにいた人たちの制止を無視してこちらへ来ていた。


高いヒールでは歩きづらいのか時々足を捻って向かってくる彼女は不安定で仕方ない。


彼女が誰かはまったく知らなかったけど、彼女が酷く怒っている様子なのはなんとなく察した。


白の長くて美しい巻き髪の中に所々水色の髪の毛が混ざっている。

そしてその髪には輝く水色の宝石が散りばめられていた。



そんな彼女に思わず目を奪われていると、やがてたどり着いたその子は、私に向かって大きく手を振り上げた。


















パンッ




























『っ!!』





























そうして、この広間に大きな大きな音が鳴り響いた。




























私は、彼女にビンタされたのだ。














しかも、結構、強い。























ジンジンと痛みを増す右頬を片手で抑えれば、彼女は更にもう片方の手を振り上げた。























『ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待って』























あまりに突然のことに私は大混乱しながらも思わず彼女の振り上げたその手を掴んだ。



流石にこの威力でもう一発食らうのは、きつい。







目の前の彼女は少し目に涙を浮かべながら、私に掴まれた腕を振り払うと大きな声で怒鳴って来た。

















「この、クズ!!!」

















『っ!!』


















あまりに散々な言われようだ。













今私は、明らかに皆の視線を奪っていた。






ここには大勢の兵士とメイド、そしてルキア、更には向こうに貴族らしき人たちが数名いる。











そんな中で私は今出会ったばかりの少女にビンタを食らったのだ。





















まぁ、これも、覚悟の上だ…。


















一瞬こんなに彼女を怒らせたリキを恨んだものの、私は深呼吸をして彼女を見つめた。















しかしどうやら彼女は相当キレているようだった。














ここまで怒らせるのも、もはや才能だよリキ。











なんてことを思いながら彼女の罵声を受け止めることにした。













「あたしが!!はるばるオリビアから来て!以前のお前の無礼も許したのに!!二度目のチャンスを与えたと思ったら!!今度は城から逃げ出してあたしに恥をかかせるなんて!!

これで最後よ、もう分かったわ。お前は、最低最悪の男で二度と目に入れたくない奴になったわ!!

リアネスとオリビアの平和のため?

そんなこと言って婚姻を申し込んだのはそっちなのに!!

どうしてこのあたしが恥をかかなければならないの!!」




















大声で叫び、息を切らした彼女はそう言うと瞳に涙を浮かべた。















私は今の彼女の言葉に、ただリキを恨んでしまった。



















私と何がなんでも交代したいと願っていた理由が、今分かったからだ。






















まったく。



















『…あの』





「喋るな!!声も聞きたくない!!!」




『……』












何かを言おうとしても、彼女にはもう私の言葉を聞く耳すら持ってもらえなそうだった。











とりあえずリキの事は後でしばくとして、目の前の彼女のことを落ち着かせないとどうにもならなそうだった。













瞳に涙を浮かべていた彼女はついに糸が切れたように大泣きすると、子供のように両手で顔を覆い本格的に泣き出してしまった。



すると奥から3人程の中年男性がやってくる。






一人の中年男性は、泣きじゃくる彼女に深く頭を下げると私の後頭部をまぁまぁな強さで叩いて来た。

その目から、お前も謝れという圧を感じて頭を下げる。




何だか本当に散々な目に遭っている上に、訳が分からなすぎて泣いてしまいそうだった。











「エリーゼ王女!!どうか!愚息をお許しください!

こんな奴ですが、良いところもあるのです!」











「良いところなんてあるもんですか!!!以前会った時に、あたしはコイツにお母様の形見であるネックレスを壊されたのよ!!!」










『っ…』












そうしてその言葉を聞いた私は、思わず頭を上げそんな彼女を見つめた。


この子のお母さんの形見を、リキが?











「何よ、壊した事を忘れたとか言うんじゃないでしょうね!!あたしがお母様から言われていた嫁ぐ相手に渡せと言われていた大事なネックレスを、お前は地面に叩きつけて割ったでしょ!?」








あまりの衝撃に、言葉を失う。



リキとエリーゼ王女に何があったのかは分からないけど、それでも人の大事な物を壊すなんてあまりに酷い。










彼女は腫れた目を拭って私から顔を背けると、やがて扉の方へ向かって歩き出した。




















『待って!エリーゼ王女!!』



















「っ!!?」
















去っていく背中をどうしても引き留めたくて、私は足早に去る彼女に向かって名前を呼んだ。


ピタッと動きを止めた彼女はこちらを振り向くことはなくても耳は確かに私に向けていた。















「…何?まだあたしのことを馬鹿にするつもり?

その作戦ならもう結構よ、もうあなたと話す事なんてないから」














そう言っているけれど、彼女は私が何かを言うまでその場から動かなかった。

本当にリキが嫌いならこんな制止すら聞かずに去ってしまうはずだから。


もしかしたら彼女は、心のどこかでリキを好きになろうと思っていたのかもしれない。



リキがどうしてエリーゼ王女にこんな酷いことをしたのかは分からないけど、それでもこのまま彼女を傷つけたまま帰したくはなかった。
























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