第7話 女神様と守護神

「アヴァースは、魔法が使えない人のことだ。

そしてジザーズは魔法が使える人。世界の大半はジザーズと言って魔法を極小でも使える者が多いんだ」



あれから動悸が治まった私は暖炉の前に彼と二人で座って話していた。

夜が深くなり、寒くなってきたためこうして火の目の前で二人で暖まっている。


私は初めて聞いた(筈の)アヴァースとジザーズについて詳しく彼から聞いていた。

ルキアはまったくこのことについて教えてくれなかったのに。

ましてや魔法使いなんて空想の世界だと言っていた。


けど今、彼から聞いている話は私の知らないことばかりだった。



『魔法を極小でも使えるって…どういうこと?』



「例えば今の俺がやった、最初に粒程の大きさの水を出す、というのが極小魔法。

魔法には初魔法、中魔法、上魔法とランクがあって極小魔法はその中だと初魔法よりも下のランクになるんだ」



そう言って再び手に水を出したアーキル。

さっきカップを洗う際に見た粒程の小さな水だ。

そうしてアーキルがその手を一振りすると、今度は粒たちが集まり少し大きな水となった。



『これ、さっきと同じくらいの大きさ!』



「そう、こうして粒を集めてしっかりと水になるこの状態が初魔法だ。魔法学校では主に初魔法を教えてくれる。それより上の魔法になるとなかなか難しいんだ」



『魔法学校なんてあるの?』



「ああ、結構大きな有名な魔法学校だよ。エスティマ国にあるんだけど知らない?」



『…知らない』



初めて、聞いた。

魔法学校なんて存在したのか。

もしかしてルキアはまったく魔法を使えない私に気遣ってこの話題を避けていたのだろうか。


アーキルは世界のほとんどの人が極小でも魔法を使える人が多いと言った。

だから魔法を使えない人は、蔑まれてるのかもしれない。


考えすぎだとしてもルキアがあそこまで魔法を話題にしなかったことが気になってしょうがなかった。

けど、ルキア本人も魔法を使っている所を見たことがない。

もしかすると彼も私と同じアヴァースなのだろうか。

そんな疑問が頭に浮かんだ。



『ちなみに中魔法だとどんなことが出来るの?』



質問したいことはたくさんあったけれど、とにかく今は魔法について知りたかった。

私はさっきの話の続きを彼に聞いた。


暖炉の火がパチパチと音を立てて少しだけ眠気を誘う。今寝てはダメだと、そう強く思いながら彼を見つめた。



「中魔法になると、そうだな。こんなことが出来る」



彼は再び片手を出すと今度はさっきよりも大きく手を動かした。

するとまるで部屋の中が水の中にいるような不思議な感覚になり、突然上から雨が降り出した。


ここは室内だから雨が降る筈ないのに。  



青い宝石のような雫が輝きながら神秘的に舞い落ちてくる。部屋にいるのに雨が降っているなんて、凄く不思議な感覚だった。


そして雨が降り始めると、彼は水で傘を作って私の頭の上に掲げてくれた。



『凄い!!雨に、傘まで!!こんなことが出来るの!?』



初めて見る雨に思わずはしゃいでしまう。

水で出来た傘は降り続ける雨を吸収してキラキラと輝いていた。


やがて少しすると、その水はまるで幻覚だったかのように消えて無くなってしまった。



「まぁ、水の守護神じゃないから持続力はあんまりないんだけどね」



『水の守護神?』



彼がまた聞いたこのないことを言ったので私は首を傾げた。

気づくと暖炉の火はさっきの雨の影響で消えてしまっている。

煙が立ち上がり少し寂しさを感じさせるその炎の跡を見つめながら私はまた地面に座った。



「ああ、水の守護神っていうのは女神を守る5人の魔法使いたちの一人で、他にも炎、風、雷、時っていうそれぞれの魔法に特化した人物がいるんだよ」



『…待って、女神って本当に存在するの?』



今の彼の言葉で、私は思わず身を乗り出してそう聞いていた。

ルキアから貰ったあの絵本に、女神と悪魔のことが書かれていたからだ。


それもずっと、誰かの空想だと思っていた。

けれどアーキルは当たり前かのように女神の話をしたのだ。

この世界にも、女神と悪魔が本当に存在するの?



興味津々に身を乗り出す私にアーキルは小さく笑って頷いた。



「女神はエスティマ国にいるエステル様という方だ。そして悪魔は…」



そこまで言って、突然アーキルは黙り込んでしまった。

すごく気になるのに、どうして先を言ってくれないんだろう。


彼は言葉を詰まらせると、やがて誤魔化すように目を逸らした。

彼が目を逸らすなんて、絶対に何かを隠している。

そう思っても、これ以上彼に詰め寄るのも違う気がして私は少し微笑んだ。



『そっか、女神と悪魔って存在してたんだね。ちなみに守護神は?もっと詳しく聞きたいな』



言葉を飲み込んで困っていたアーキルに、話題を逸らしてさっきの続きを聞く。


すると彼は再び私に視線を戻し、小さく頷いてくれた。



彼は再び片手を出すと、今度はその手の上に小さな炎を出現させた。

まさか水以外にも魔法が出て来るとは思わずに目を見開く。


すると彼は指で丸をなぞって、今度はさっきよりも大きな炎を出現させた。


冷えた部屋が一気に熱くなり言葉を失う。



やがてアーキルはその大きくなった炎を消えていた暖炉の薪の上に放った。


ボッと音を立ててまたさっきの状態に戻る。



「炎の守護神はファースハクト国の王族に代々継がれている。守護神は女神に対して基本一人しかいないから、守護神の息子に受け継がれることが多い。

誰が次の守護神になるかは決まっていない、ただ心優しく勇敢な者にその魔法は与えられると言われてる」



『凄い、初めて聞いたわ…じゃあ他の水や風や雷…時の魔法使いたちもそれぞれ子供に引き継がれているの?』



「そうだね、水の守護神はオリビア国の王族の子供に、風の守護神はマイグトリバー国の王族の子供に代々引き継がれている」



『雷と時の魔法使いも?』



今の説明の中で、3つの魔法についての詳細は分かった。けれども雷と時の魔法については彼は語らなかったのだ。

それに疑問を感じ問いかければ、彼は顎に手を当てて考える素振りを見せた。



「実は、雷と時の魔法使いは今どこにいるのか分からないんだ。もしかしたら存在すら消えてしまったのかもしれない…」



『え…』



想像していなかった彼の言葉に私は何も言えなかった。

守護神たちは5人いる筈なのに残り2人は行方不明だなんて。

守護神は5人揃っていなくてもいいものなのだろうか。



『その、炎と水と風の守護神は今はその…エステル様に仕えてるってこと?女神を守る守護神ってことは彼女を、守ってるってことだよね?』



そうしてふと疑問を彼にぶつけた。

女神はエステルと呼ばれる人だと聞いた。

それならば女神を守る役目の守護神たちはそのエステル様の元に仕えているだろうと考えたのだ。



「それが、守護神たちに問題が発生してね。それぞれ次期守護神に選ばれた者たちが揃いに揃って闇に堕ちてしまったらしい」



『…闇、に?』



眉を寄せそう語るアーキルに私は息を呑んだ。

女神を守る役目の守護神が、闇に堕ちるとはどういうことなんだろう。

闇に堕ちるということは、決していいことではないんだろう。



「ああ。俺も聞いた話だから詳しいことは分からないし真実かも分からない。けどそれが本当なら、女神様が危ういんだ」



『どういうこと?』



「かつて5人の若者に初めて魔法を授け守護神を作ったのは女神様とされているんだ。その女神様は魔法を託した守護神たちの絶対的信頼を得てこそ女神としての力が発揮出来る。

そして今、エステル様の魔法はかなり弱っているんだ。

つまり守護神の誰かが闇に堕ちたことを表してる」



難しい話だけど、私には何となく理解出来た。

女神様を心から信頼し、本来ならば自分の命をかけて守り抜くと誓うはずの守護神たちの心に少しでも女神に対する闇があれば、その誓いは破られてしまうのだ。

そして今エステル様は魔法が弱ってきているのだと。



『じゃあ、守護神が全員闇に堕ちたら、女神様はどうなってしまうの?』



「そうなれば、女神様は死する。けど一人でも女神様を信じ続け裏切らないと誓っていれば女神様は決して死なない。だから、今の女神様を見る限りきっと誰か一人は彼女を深く愛し守り続けているんだろう」




それを聞いて、私はぎゅっと手を握った。

初めは女神様を守り続けると誓っていても、時が経てばその気持ちもなくなってきてしまうのだろうか。


それでもエステル様が今が御健在だということは、一人でも、守護神が今も彼女を愛し続けているからなんだ。

もしその一人が、闇に呑まれてしまったら。


そう考えれば考える程胸が苦しくなって私は下を向いた。



「…女神様は、人々の希望だ。彼女は他国と他国を平和に結ぶ象徴とも言えるんだ。昔は5つの違う国の王子たちが守護神となり国同士は平和だったんだ。けど最近になって、女神様の力は弱まって、それによって他国同士で戦争が始まりそうなんだ」



『…え…』



「この戦争を止められるのは、女神様しかいない。だから俺は今必死に守護神たちを追い続けている。…世界の平和のために」



それを聞いて私は自分が今まで何も知らなかったことに気付かされた。

あの平和な小屋の中でルキアに守ってもらい、外の世界から遮断し安全な場所にいたのだと。


けどその話を聞いて、自分にも何か出来るのではないかと思い始めた。


魔法も使えないこの私に、何か出来ることはないのか。

そんなことを思いながらキュッと唇を噛んだ。














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