第3話:復讐の聖女
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元ヘルメス王国であったその場所の片隅、とある墓地にて。
両親の名が掘られた墓石の前に座り込み、一人手を合わせる。
あれから――ゴドフリー殿下は離れの塔へ幽閉、協議や審問の結果廃嫡。身分も剥奪された上、重罪人として一生を牢獄で過ごすことになる。
ハンナ=シェロー子爵令嬢は聖女を騙る罪だけでなく、彼女の父がスパイ行為に及んでいたこともあり、あの男以上に重い処罰が待ち受けているとのこと。もし国家反逆罪が適応され、承認された場合一族の死罪は免れないであろう。
――終わった。これで、全て終わったの。
故郷を壊滅させ、両親や村の人々を死に追いやった主犯格は然るべき罰を受けた。まぁ、欲を言えば奴隷の身にまで堕ちてほしかったが……マイアー帝国はそれを禁じているため、致し方ない。
やるべきことはやった。これにて、復讐は果たされた。最後に残された重要な責務も時期終わる。
けれども、その前に――。
「……何かご用ですか」
「気づいてた? 気配は完璧に消したと思ったんだけどなぁ」
振り返りもせずに声を投げる。私の背後に現れたのは、協力者であるアーサー様その人であった。
彼は私の隣に並び立つと、同じように黙祷を捧げる。
暫しの沈黙。それが終われば、伏せられていた琥珀色の輝きが露わになる。
「まぁ随分と大がかりな復讐劇だったね。どう? 満足した?」
「そうね。何もしないよりかは、マシだって言えるでしょう」
あの日の出来事は、瞬く間に国中を駆け巡った。恐らく、あの騒動を知らぬ者はいないであろう。
それもそうか……。あんなちゃらんぽらんであったとはいえ、仮にも第一継承者。その裏側が暴かれたのだから、明るみに出ない方がおかしいと言える。それに加え、あの場にいた観客の数々。
貴族はゴシップや下賎な話が大好きだ。目の前に餌があれば、どんなに汚かろうがハイエナのごとくたかり貪る。この性質もまた、噂の喧伝に一役買っていたと言えよう。
その中で私は、ひいてはマクスウェル侯爵家は、王家の痴態を明らかにした勇気ある者と称えられていた。あの場における私の懇願や噂の効力もあってか、マクスウェル侯爵家はお咎めなしにて幕を閉じる。
けれど実際のところは、私もあの男と同じ罪人であることに変わりはないと言えよう。
私は全てを利用し、そして一人の人間を破滅へと追いやったのだ。自らの復讐のためにという、実に身勝手極まりない目的のために。
「俺も見ていてスッキリしたよ。やっぱり、濡れ衣っていうのはかけられて嬉しいものじゃないからね」
切れ長の瞳が愉快そうに細められ、クスクスと笑いを漏らす。
アーサー様――その正体は、魔族の王。彼は自身がいわれのない罪で批判されているのを知り、密かに汚名を雪ぐ機会を伺っていたらしい。
そこで出会ったのが、ゴドフリー殿下への復讐を目論む私。計画を話せば、彼は二つ返事で了承してくれた。彼としても、あの男にどう知らしめてやろうかと考えていたところらしい。ありがたい限りである。
「君のような肝の据わった人間は正直、イイと思う。どう? 魔王の嫁になってみるってのは」
「プロポーズにしては軽率ね。けれどごめんなさい。その提案は、受け入れられないわ」
首を横に振り、否定の意を示す。
私は罪人だ。罪を犯した者がするべきことは、ただ一つのみ。
ずっと考えていたことだ。あの男への復讐を完遂した暁には、遠い国の修道女になると。誰も知らない場所で他者へ奉仕し、一生を終える。これが私へ課せられた、最後の責務。
返事を聞いたアーサー様は、まさか断られるなんて思っていなかったのか瞬きを繰り返す。しかし、それも次の瞬間には愉快な作り笑いへと変化した。
「……最後に聞かせてほしいんだけどさぁ。どうしてこんなことをしたんだい?」
「ずいぶんと抽象的な質問ですのね。具体的にお聞かせいただいても?」
「いやぁ、何。回りくどいというか、なんというか……。君の目的は、あの男を断罪することだろう。ならばここまで大々的にやる必要もなかったのでは?」
彼の言うことも一理ある。私の目的は、ゴドフリー殿下への復讐。彼の罪を明らかにした上で罰を与えることが最終目標。ならば、匿名で密告するなり身内のみを集めた前で告発する手法でも、何ら問題はないはずだ。
それを私は、わざわざ公衆の面前でやってのけた。卒業パーティーという伝統的にして神聖なるあの場所で。
さてこの場合、どう答えるのが正解だろうか、と迷いあぐねる。
さも吊し上げるように、皆の前で婚約破棄を言い渡されることを知っていた。だったら、私も同じ条件下で暴露すればよい。
こっそり訴えたところでまた隠蔽されるのがオチ。ならば真実を知る者を、一人でも増やす必要がある。その為に一番ふさわしい場所は、あの場面であった……などなど。それらしい理由を挙げ始めればきりがない。
目の前の男は、どのような返答をすれば納得してくれるだろうか。
ああけれども、私の本心を率直に聞きたいと仰るのであれば――。
「……その方が、面白いと思ったからよ」
私が、聖女じゃないですって? 雛星のえ @mrfushi_0036
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