第29話 技術論2
三十三、主人公の立ち位置と対比について。
大昔、作家として未熟なわたしは、出版社からほとんど匙を投げられた形である大先輩の作家に預けられたのだが、そこで最初に学んだのは本タイトルのことである。小説を書くにあたり一番の基礎構造でありながら、大半の人がまるで出来ていない項目であるので、是非あなた方にも聞いていただきたい。
短編・長編関係なく、プロットを作らず実際に書くことで話を考えていくタイプに多いのが、「主人公の言動がブレてくる」という現象である。書いているうちに作家自身のイメージが膨らんできて話が発展すると、最初の頃の主人公の言動に比べて何かおかしくなっていくのである。初期では寡黙な主人公がだんだんと饒舌になったり、その逆だったりして別人になってしまうのだ。
主人公が成長していく物語であるのに何も変化がなかったり、周囲のキャラが活躍して主人公が埋没するなど、主人公がきちんと設定されていながゆえに、作品自体がガタガタになってしまっているものがアマチュアの作品には多い。だから内容に深く入らずにパッっと見るだけで、作品としての一律性がない、つまり行き当たりばったりの作品であることが看破されてしまう。作家本人はノリノリで話が膨らんでいった作品だったかもしれないが、序盤の数行と中盤あたりのギャップを見ればすぐにわかる。結末としては視力検査レベルで公募や賞レースで落とされてしまうということを知ってもらいたい。
なんとなくのイメージで書き始め、思いつきのみで書き続けることはさほど悪いことではない。問題なのは、最低でも主人公の設定だけは練り上げておかなければならないということだ。主人公とは作品の中核であり基礎である。家で言えば土台であり支柱や梁やけたなどの必要不可欠な基礎構造である。内装はセンスやアレンジでかまわないが、基礎部分がしっかりしていない家は歪んだり倒壊してしまう危険性がある。小説もそうだ。コアである主人公がしっかりと定義されていないのにフラフラと話を続けていけばいくほど、おかしな方向になるのは当たり前である。話のイメージやネタが浮かんできて一気に書いて一作となっても、何も起点のない作品ができあがるだけで、少なくとも公募で勝てる作品にはならないということだけは理解していただきたい。
繰り返しになるが、主人公の言動だけはきちんと定義して作品を書かないと、読む以前に一瞥しただけで「ああこれは素人の仕事だ」とバレてしまう。アマチュア作品であれば構わないが、公募はそうはいかない。起承転結とかそれ以前の話として、家として成り立たない建築物を作っているという危険性と恥ずかしさを感じてほしい。主人公とは作品の核であり世界の中心である。くれぐれも主人公がどんな人物で何が目的でどんなことをしていくのかくらいは事前に書き出してストーリーの背骨を作っていただきたい。
もうひとつ小説の構造にとって非常に大事な要素がある。それが対比だ。これもまたわかっているようでわかっていないし、出来ているようで出来ていないからしっかりと勉強してほしい。
そもそも何故が対比が必要なのかという点から説明していきたい。わたしたちは何かを理解しようとするとき、他の何かと比べて把握しようとする。つまり物事そのものを受け取るのではなく、何かしらの経験や知識あるいは推理などの要素をもとにして理解しようとするのだ。
ということは小説の中の物語おいても比較しうるものがある方が、読者にとって説得力やリアリティがあるということだ。成績がずっと学年一位というキャラを主人公とする。読者にはなんとなく優等生のイメージというもがあるであろうから、なんとなく勉強できるんだろうなとは理解できる。しかしながら比較するものがないと、この「なんとなく」以上のイメージが浮かばない。
もしここに、とんでなく一生懸命勉強している他のキャラがいたとする。その彼が試験を受けて二位だとしたら読者は「あれだけ勉強して二位なのか」という具体的か感想を持つことができる。すると一位の主人公の勤勉性あるいは天才性が自然と際立ってくるのである。つまり対比するものがあることによって、主人公の「キャラ立ち」だけではなく、物語の説得力や共感性を与えられるということである。
対比といっているが、正反対な存在でなくともよい。たとえば恋愛。主人公とヒロイン、そして主人公が好きな第三者。複数の「対比」をつくることで主人公を複層的に描くことができる。主人公の言動を目立たせることも重要であるが、対比物によって主人公を照らすことで、読者に作家の意図するイメージや感情を誘導することができる。逆に言えばこれが出来ていない小説は「言いっぱなし」であるということだ。それでは読者に何も響かない。作者は読者とキャッチボールをして物語に引き込んでいく。物語の中では主人公が対比物とキャッチボールをしていくことで魅力を出していく。シンデレラも赤ずきんも対比物によって作品の中央に位置付けられる。光には影がつきまとうように、主人公という光は対比物という闇があってこそ輝くのである。
長編の公募において、ダラダラ物語を書いて箸にも棒にも掛からぬ不幸をこれ以上さけるためには、まずは主人公の属性を定めストーリーを作り上げること。そしてそれを引き立てる対比物を必ず用意すること。何よりも大事なことはそれらが絶対にブレずに最後まで書き上げることである。わたしは長編を書いたら絶対に最初の部分は書き直せと言っている。どんなに設計を精密にしても最初の部分と最後の部分で品質に差がある。書いているうちに作家が成長しているというポジティブな面も含め均一性において不完全であることは間違いないのだ。
作品の背骨が歪んでいるのにデコレーションだけ立派にしても、それなりに小説に携わっている人間が見れば、ただ醜悪と思われるだけである。逆に言えば、主人公の立ち位置と対比がしっかりした作品であれば、内容は陳腐でも評価される。それは作品に説得力とリアリティが読者に伝わることで共感を得られるからだ。上手下手とか内容以前に、基本中の基本の技術で公募で落とされている可能性が高いことに、まずはハッとなってほしい次第である。
今回はこれくらいにしましょう。上記に対する具体的な練習方法としては、二千字程度の短編をたくさん書いてみることです。コンパクトでもしっかりとした家を建てられる実力を養わないと、長編というビルなんてとても建てられません。公募にチャレンジし続ける前に、自作を見返して基礎のなさを短編を書いてしっかりと認識してください。そうでないと公募に落ちまくって筆を折るか、何十年も結果の出ない公募を諦めずに書き続けることになります。
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