第22話 補説

二十八、なぜ「考える」のか?


 最近創作論以外を書いていて思った事なのであるが、どうもわたしの「小説を書く」という前提があなた方のそれとは違う所にあるような気がしてきた。なので、そのすり合わせをするべく本話を設けてみた。まずは話を聞いていただければ幸いである。

 わたしにとって最良な小説というのは「感性を言葉で表現している小説」であって、けして深く考えたりたくさんの経験を積んだものを描いたものではないと思っている。その人の生まれ育った境遇あるいは見出してきた価値観から生まれた感性が、読者に鮮烈な興奮を与えるものこそ、素晴らしい小説だと思っているのだ。

 ではなぜ、これまで「経験が大事だ」「生き方を見直せ」と説いてきたのだろうか。考えることが小説をより深く広くしていくことを説明し、それをもってプロデビューへの一助とすべきと訴えてきたのは何なのだろうか。ここまで読んでくれたあなた方が不思議に思っても無理はない話だ。

 そもそも、わたしの話がどうして必要なのか、考えていただいたことがあるだろうか。本書は面白い読み物でも人生訓でもなく、あくまでもプロデビューを目指し、その先も食べていくための話をしているつもりである。足りないのは何か、持っていない考え方は何なのか。そこに膨大な時間を割いてきた。あなた方も全てとはいわずとも、多少なりとも首肯できる部分があったのではないかと思う。

 だが、一番肝心な「なぜ考えるのか?」という点において、わたし自身が解答を示していなかった。あなた方もそこに深く疑問に思うことがなかったのはこの後語られると思っていたのかもしれないが、疑問に湧いていなかったのが真実であろう。


 一番大事な前提は「あなた方に小説を書くセンスがない」という点だ。誤解や敵意を招く表現だが、わたしも同様である。素晴らしい類まれなる感性をもっていれば何の苦労もなく面白い小説は書ける。しかしながら、わたしたちにはそんなセンスも感性もない。であるからこそ、どのあたりかは置いておいて、いまだに公募の沼でくすぶっているのではないか。誰もが目を見張るようなセンスや感性。プロにとって一番必要な要素とはそういった「人間としての価値観」にある。一朝一夕に手に入れられるものでもなく、マネできるものでもない。わたしとあなた方が同じ経験をしたとしても、感じ方も受け取り方もだいたい同じようなものだ。だがごく一部の人間はその同じ経験のなかで、万人の読者を惹きつけるだけのものを得て表現することができる。残念ながらそれは才能だ。そしてその才能がある人間だけが売れる物書きとして生きていくことができる。どんなに羨んだり妬んでも追いつくことのないアドバンテージを彼らは持っているのだ。

 では、そんな才能のある人間に対して、わたしたち凡人は何を持って対抗すればよいのだろうか。それが「考える」ということなのだ。凡人はセンスや感性では成功を得られなくとも、「考える」を超えた『考え方』を見つければ彼らに勝てるのではなかろうか。そいうことをわたしは長年考えてきた。であるから、経験や生き方を見直すことに「勝機」を見出そうとしているのである。


 本当であれば、この考え方を始めるつもりであったのだが、わたしの説明不足が多々あることに気がつき、補説を設けた次第である。

 わたし自身の確認も兼ねてもう一度繰り返すと、本書は「プロデビューまたは公募の二次選考以上を通るため、そして、プロになり、その後もやっていけるため」の創作論である。公募に二、三回出して二次選考以上の結果が出ないのであれば、それは自分がセンスのない凡人であることを理解すべきだろう。少なくとも才能がある側ではない。しかしながら、それはけっして悪い事ではないのだ。若い人には理解できないかもしれないが、人生なんてものはトータルで評価されるものだ。トントン拍子に人気は出たものの、人気が自分の実力という身の丈を超えて破滅していく作家なんて山ほどいる。そんな作家人生なんて誰も望んではいないだろう。

 考え方という武器を持って着実に実力をつけて才能のある作家を超えていく。凡人なりの戦い方こそ正義であることを本書は示せればと思っている。受け入れがたいことだが、創作とはセンスと感性のあるものがウケる。それは事実だ。わたしもそれなりに生きてきて、十分にそのことを理解させられてきた。だが、自分に悲嘆したことは一度も無い。なぜならば、才能やセンスはどこまでも単発的な「ひらめき」だからだ。いつか枯渇するし第一長続きしない。むしろそこにこそ、わたしたち凡人のアドバンテージがあることに喜ぶべきだと思っている。

 次回以降、自分には才能があると思っている人には何の意味もない話が続く。だが、あなた方がこれまでの話を読んできて、心底自分を見直して自分の立ち位置を理解したのであれば、是非とも読んで頂きたいと思っている。


 今回はこれくらいにしましょう。凡人であることは良い事です。変な才能に溺れてしまう(あるいは周囲から溺れさせられる)人間を見てきたわたしにとってこれは真実だと思っています。自分には才能やセンスはない。笑顔でそう言い切れる段階になりましたら、次回以降も読んでいただければと思います。

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