「ネットの出現によって手軽に「知識」が手に入るようになると、好奇心の知識の部分はすぐ解決され、経験をする手間やコストを考えるとネットで調べた方がバリューがあると本気で思っている人種が増えた」とご指摘されていること、職場などで何かというとすぐにスマホでググって(自分自身も含め)インスタントに「知識」を得る、ということにかねてからハラハラするものを感じていました。
「知らないこと」を自分以外の「他者」の紡ぐ言葉によって知る、というネット社会以前の方式は、「他者」のフィルターが入るという憾みはありこそすれ、人と人とのコミュニケーションを媒介にして知識が受け渡される、という面があったと思います。
以前、私はある人から「相手が〇〇について知りたいと思っていても、おまえ(野栗)の口を通す形で知りたいとは思っていないんだよ」というニュアンスのことを言われた経験があります。
スマホでググれば、嫌な奴に質問する必要もなく、かつ他人のフィルター越しではないダイレクトな「知識」を実に手軽に得られます。
ひょっとしたら、ものを「カク」営みをするうえで、こういうことを何一つ感じないまま、ネット検索やAIは便利ですばらしい、としか思えないとしたら、かなりヤバいのかもしれません。
まとまらない感想ですみませんm(__)m
作者からの返信
コメントありがとうございます。
「知識」が必要なのか、「知恵」が必要なのか。このあたりが利便性によってあいまいになってしまうところから過ちのスタートがあるような気がいたします。
好奇心、大切ですね。
確かに、何もしなければ、現状維持をする事など出来ませんからね。
成長しなければ、現状維持すら出来ないと、仕事でもよくいわれました。モノ作りに関しては、尚のことでしょう。
自分が成長したのなら、他の人も成長するわけですし。
おっしやる通り、なにごとも楽しめなければ、長続きしませんね。面白がるのも、ある種の才能だと思います。お金がなくても、一人でも、やろうと思えば出来ることは、沢山ありますし。
調べたことは全て書きたくなります。が、「調べたことを書くのは、1~2割にしなさい」と言われました。確かに多いと、くどくなりすぎると感じました。
作者からの返信
いつもコメントいただき、ありがとうございます。
これからのことでいっぱいいっぱいの中で、いかに作家人生の準備をしていくか。老婆心ながらそれだけが伝わればいいなと思って書いております。
ありがとうございました。
物語のリバースエンジニアリング的なのは、私も同じこと思っていて、ずっと実践してきました。
ものにできてるといいけれども。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
すでにそこに価値観ああり、少なからず実践しているのでしたら、習得は時間の問題だと思います。是非とも頑張ってほしいです。