編集済
>「賞のために書く小説」なんて、出版社や審査員という「読者」の求めるものに、「作者」として卒なく返事ができていればいいだけの、プレゼンテーション資料でしかないのです。
ここ半年ほど、このことばかり考えているのですが……
その思考は、『出版社や審査員という「読者」の求めるもの』がさっぱりわからん……ということに、必ず行き着いてしまいます……
多分、本来の読者よりわからなくて……求めるものもわからんし、なにより、思考回路がわからんという感覚……
わたしが、文芸ネイティブでないのがいけないのかもしれませんが(出版社の違いを意識し始めたのが、投稿を始めてからという意味です……)
まるで、真っ暗な中にボール投げてる感覚でして。
商業経験のある犀川さんにお聞きしたいのですが、
どういう基準で、出すもの決めたらいいんですかね……
編集者目線で、光ってみえるもの、こいつはわかってるなと感じさせるには、何が必要なのか……どんなもんが、編集者はすきなのか……
思考回路がわかるだけでも、今よりかは戦えそうな気がしているのですが……
よだんですが、
もはや、思考回路を知るために出版社にパートで入り込んだろかなとか、考えてます。ガチです
作者からの返信
コメントありがとうございます。
ご質問の件、上級者向けでこれからおいおい説明、という感じでしたが、わたしがお答えできる範囲で回答させていただきます。
小説だけでなく「ものづくり」全般において、上手(こここでいう上手とは、人に評価されるという意味です)な人が持っている要素として、「分解能力」と「勘のよさ(ツボの抑え方が的確)」があります。後者は長くなりますので、前者のみでアドバイスいたします。
そもそも公募(出版社)が求めるものというものが絶対でも一律でもありませんが、少なくとも1つだけ表面に出ているものがあります。それは受賞作品です。そこには「何故賞をもらえたのか」「どこにニーズがマッチしたのか」「どこを可能性として評価されたのか」など情報の塊が存在しているわけです。すなわち、まず公募で勝ちたければ、受賞作品の分解から入るべきなのです。受験問題であれば当然な事ではないでしょうか。解答例が目の前にあるのに参考にしない人はいないでしょう。
出版社にパートで入る件ですが、わたしはとてもいいのではないかと思います。「小説家」を別の角度から見ることも、出版業界を肌で感じるにも絶好なチャンスではないのではないでしょうか。
こんなところでいかがでしょうか。
ありがとうございました。
とてもわかりやすいですが、本当に大切なことだと思います。
何のため?
誰のため?
という基本が、書いているうちに薄れてくることがありますから。
あまり読者を意識しすぎると、それはそれで自分の作品では無くなってしまいますが。あまりにも自分本位な作品は、問題外ですものね。
確かに、自分本位な作品が、多いと感じております。
自分を基準にしてしまうからなのでしょうね。(客観的に見られていない)
作者からの返信
コメントありがとうございます。遅くなり申し訳ございません。
相手に向かって書く楽しさというものもあるかな、と思って書いてみました。
賞レースですと、猶更求められることですので、自戒をこめました。
ありがとうございました。
また有難いお話をありがとうございます!
「読者が楽しんでくれるかどうか」は、非常に難しく、いつも悩んでばかりです。
自分が失敗したと思ったシーンを、読者が評価してくれる事だってありますし。
ただ、読者をどう楽しませるのか、考え続けることは大切だと再実感しました。
私は自分で悩んでばかりですが、客観的な意見をも大切ですよね……
また私は.まだ初公募作品が選考中の身分ですが、「受かれば良いな」で受賞できるほど甘くない事だけは分かります。
「プロの審査員の作品に打ち勝って審査員の心を折ってやる」くらいの気概がないと、受賞は出来ないんじゃないかと思ってます。
作者からの返信
アマチュアであれば自分が書きたいものを書けばそれでいいのですが、プロは読まれて(売れて)ナンボですので、そのあたりをどう割り切ってかつどう対応できるかがプロ志望者のスタートかもしれません。気持ちと理論の両方が必要ですので頑張ってくださいませ。