第11話 基礎の見直し4

十六、商売したことありますか?


 小説家はクリエイティブとはいえ、所詮は個人事業。営業しなければならないし、プレゼン能力がなければいけない。責任はすべて自分で誰も助けてはくれない。その見返りとしてもらえるのは「先生」という慰めのような称号と、(実績と出版社によりますが)わずかな印税。時給換算してみると、エッチな同人誌のシナリオ書いていた方が高かったり、となかなかシビアな世界です。

 これを読んでいるプロ志望の方は、異世界ファンタジーの出版を志している方が多いかもしれません。そちらはそちらで地獄が待っていて、「消費物」として一作で終わることが大半です。職業作家ということに対しては競争相手が多い世界ですので、生き残りが文芸以上に大変かもしれません。

 

 わたしの商業時代はまだ文芸に「余裕」がありました。電子書籍なんて夢のまた夢の時代で紙にありがたみがありましたし、まちの本屋さんも健在でした。インターネットも黎明期で、ダイレクトに情報や反応が伝播することもありませんでした。今考えると平和な時代だったのかもしれません。大手出版社には人を育てる余裕があって、文学的素養のないわたしが純文学なんて御大層なジャンルで書いていられたのも、実力というよりは完全に「余裕」の産物でしかなかったと思います。実際に公募や商業活動ゼロで「Youも書いてみない?」と出版社の偉い人の戯言でデビューしてしまった人間なので、本来であれば、こんな偉そうに語ってはいけない存在なのかもしれません。


 今はネットによってプチデビューする機会が多くなりましたし、自分でネットで販売できる、商取引においても自由な時代にありました。その一方、使い捨ての情報として扱われる危険性がグッと上がり、商業活動しているという自尊心と引き換えに作家ライフが短くなってしまっていると思います。「デビューさえできればもういい」という人が多くなり、「作家で食べていく」のがより困難な時代になったと思います。時代の流れとしての言葉でくくれば「自己責任」の時代真っ只中だということでしょうか。


 話を戻しましょう。そんな時代の中、あなた方は本気でデビューを考えているのであれば、個人事業主としての自分を作り上げなければなりません。書く事よりも書く事以外の仕事に追われるという生活を続ける用意が必要ということです。自分で小説を書いて、売り込み、編集や出版社とバトルして、ボコボコにされて、ギャラを交渉し、締切とクレーム処理に心痛めるまでがセットになっております。どうですか? やりたいですか? 書くのは大好きだけど、対人関係が辛いとか、人と争うが苦手なんて言ってると、作家生活では到底、食べてはいけませんよ。わたしの時代と違って、コンプライアンスが徹底してはきているでしょうから、編集者からいきなり灰皿が飛んでくることも、パワハラでしかない厳しい言葉を受けることはないとは思いますが、その代わりに、いつのまにかフェードアウトさせられる可能性も増えると思いますよ。


 何もストレスを感じないきれいな自分のままで小説を書きたいのであれば、プロは絶対に辞めた方がいいです。あなた方の気弱さは美徳にならず、欠点としていい様に使われるだけです。そこに対しては一般社会と同じです。

 個人事業とは「組織にはなじめないけど、自分では道を切り開ける」人が成功します。「組織にはなじめない」だけの逃げ道で始めて、物心ともに破滅する人は少なくありません。もう一度、「一、あなた方自身の将来設計がされていない。」を振り返ってみてください。特に営業できない人は辛い仕事とわたしは思います。大半のクリエイティターは内向きの性格であるからこそ、作品を産み出していけるのかもしれません(わたしは内向きとはちょっと違う性格ですので、あくまでも推論です)が、やはり自分の意見と行き先をはっきりと言える自分を持っていないと難しいと思います。

 本書において、自分を基礎の基礎から改造することを、くどくど言ってますが、わたし何も鬼軍曹のように、ビシバシとシゴいてやろうと思っているわけではありません。わたしを含め、夢破れて商業で書くことを辞めてしまう人間になってほしいくない、という気持ちで書いているつもりなのです。


十七、商売ができないとダメなの?


 この業界、売れれば正義です。どんなに性格が歪んでいても読者と売上さえ確保していれば、出版社からオファーが続きます。所詮は芸仕事。お客さん次第なのです。

 ですが、そんな才能を発揮し、かつ、認められる存在なんてごくごくわずかです。昨今のネット社会では最早幻の存在かもしれません。結局は目立ったもの勝ちなのです。

 水商売という言葉に侮蔑的なニュアンスを感じるかもしれませんが、決してそうではありません。そこには莫大な苦労と精神の切り売りがあって、一日一日魂をすり減らして生きていかなければなりません。小説家も同じです。素人であれば楽しかった書くことも、商売になれば、物語を生産するマシーンにならなければならないことばかりです。俗な言葉ですが、商いを「飽きない」なんてたとえるように、いかに飽きずに同じことを続けていくかに、自分の精神を保っていかなければなりません。


 カクヨムから書籍化される人も沢山います。素人時代に楽しく書いていたものが本となって売られる。それはとても幸せなことです。ですが、これは会社からの新社会人へのプレゼントみたいなもので、以降は馬車馬のように働く時代が続いていきます。そこで生きていくには、やはり激流でも自分が泳いでいけるだけの人間力が必要になります。再三申し上げているように、才能というのは努力で磨くことができますが、本気の才能に至るまでは血の道を歩む覚悟がいります。何も脅して言っているわけではありません。結局は競争社会です。「生活できなくても、一冊でもいいから書籍化されたい」という願いですら、希望者は幾万とおります。その中であなたがその候補になる可能性なんて、どれくらいあるというのでしょう。


 雲を掴む。砂浜で砂金を拾う、そんな夢なようなことを真剣にやっていきたいのであれば、商業とは商売であることをしっかり覚悟して欲しいと思います。甘い話や考えは小説の中だけにして、キーボードを叩いている自分はどこまでもリアリストとして日々研鑽を続けてほしいと思います。


 

 今回はこれくらいにしましょう。あなた方は万分の一の奇跡に挑むのです。できることではあれば何でもしていこうという気概を持って頑張ってほしいと思います。勿論、小説のテクニックとかそんなことではありません。どこまでも今の自分をぶっ壊して一から生まれ変わるくらいの気持ちをもって自分自身で頑張ってほしいと思います。わたしができるのは、せいぜい脱落者としての呻きと諫めをここに書き記すくらいなのですから。


(続) 


 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る