第4話 基礎の基礎の見直し2

四、プロット(あるいはネタ帳)を持っていない。


 小説家デビューの後、二作目が続かずに脱落していく作家はかなりいます。日本有数の賞を受賞していてもです。その原因は多岐にわたり一概には言えませんが、わたしが見てきた中で多いのは、デビュー自体がラッキーパンチだったということです。


 それはどういうことかというと、「持っているネタの数が少ない」「プロットを沢山書いていない」「話の引き出しが少ない」ということです。つまり、圧倒的に「話を作る経験量」が足りないのです。

 これは小説を書いた数が少ないとか、年月が短いとかいう意味ではありません。「話を作ってきた経験、量が足りない」という意味です。いきなりなんとなく小説を書いて仕上げているだけで、プロット自体を沢山書いてこなかったでしょ? ということです。


 この弊害は大きく二つあります。一つは引き出しが少ないから、長く作家活動ができないということ、もう一つは長編を書く能力がないということです。デビューするどころか、公募でそれなりの線にも届かないうちであっても、とにかくプロットを書いてください。本編を書く必要はまったくありません。プロット(もっと現実なレベルですとネタ帳)をたくさん書いてください。素人であるうちしかそんな時間を作る余裕はありません。デビューしてしまえば、後は締め切りの中で自分がいつ空っぽになるかを怖れながら、書き続けなければならないのですから。


 プロットを書くというと、ものすごい技術や方法があるのと思ったり、本格的な勉強をしようと本を読もうとするかもしれませんが、どちらもダメです。再三言っておりますが、これは学校の勉強ではありません。A4またはB5の用紙の束にパンチで穴を開けて黒紐で綴じたようなものに落書きしていけば十分です。ノートとかパソコン、スマホのアプリなどに凝るのは、下手くそなくせに道具だけは揃えようとする素人ゴルファーと変わりがありません。裏紙程度でいいのです。とにかく持ち歩けるサイズと方法を考えて四六時中持ち歩いてください。ボイスレコーダーやスマホの録音機能でもいいかもしれませんが、文字の方が他人に見せやすいのでいいと思います。

 ある友人は素人時代から数百ページはある辞書みたいネタ帳を持っていて、その中身をちゃんと説明できていました。その中でわたしと二人で議論して作り上げたものがデビュー小説になりました。


 そんなことはただの昔話でしかないかもしれませんが、とにかくプロットを書きまくってください。いきなり小説を書き出すクセを禁じるのです。もっとストレートに言えば、まずはプロットを書けないことに気づいて恥じてほしいのです。

 社会人としての例で言えば、要求仕様書や設計仕様書を書かずにプログラムを書くようなものです。そんなものは素人仕事です。プロの仕事というのは設計や段取りが全てです。大企業に勤めている方であればわかると思いますが、要求設計書が「仕事」であり、それ以下の工程は「作業」でしかないのです。小説の話に戻れば、プロット(現時点ではメモ書きネタ帳レベルで十分です)が仕事であり、小説を書くことはただの肉体労働でしかないということです。

 これが「常識」になっていないと長くやっていけません。同時に今プロットの量を作っておかないと、すぐに枯渇してリタイヤしなければなりませんよ。


 繰り返しになりますが、くれぐれも「プロットの書き方」とか「プロットを書く環境」にこだわらないでください。所詮は素人の貧しい発想力から生まれたただのネタ帳でしかありません。形から入る素人ゴルファーの例えのようにそんなところにこだわっているうちは、まだまだ必死になって取り組んでいない証拠です。とにかく、たくさん「語れる」物語の量を持つことに専念してください。くどいですが、いきなり小説を書くなんて馬鹿なことはしてはいけませんよ。

 

 どんなにつまらないプロットでも、今はとにかく量を書くことです。公募を続けて何年という人がネタ帳の一冊も持っていない、なんていうことは……。


五、人生の経験値が足りない。


 作家時代にしていた講演や座談会でもそうだったのですが、わたしが「小説家は何事にも経験が大事です」という話をすると、「もしそうなら、SFやミステリー殺人は経験しないと書けないのですか?」と、わたしをあざ笑うための皮肉をわざわざ投げつけてくる人が必ず出てきます。それが一般の方や読者というお客様であれば、わたしもニッコリしながら「たしかにそうかもしれませんねぇ」なんて躱してから、相手の自尊心をくすぐるような一言、二言を添えて話を終わらせようとしますが、プロを志している方で同じように考えているのであれば、小説に限らず創作というものが理解できていないと思います。


 わたしたちが一流の創作品に向かい合う時、その作者の魂や思想を感じないものはあるでしょうか。あると思っているのならば、それはあなた方の目や耳を疑った方が良いです。音楽や絵画で「個性」と呼ぶものがまったくない作品があなた方の心に響くわけがないではありませんか。どんな人間が作ったのか、そんなことが滲み出ない無機質な大量生産品のような創作をあなたはしたいのでしょうか。であれば、AIに小説を書かせた方が、今ではよっぽど上手なものを書きますよ。


 話を戻しましょう。とにかく何事も経験です。これは何故かをしっかりと理解してください。先ほどわたしは「プロットをたくさん書きなさい」と言いました。あなた方がその重要性を理解したとして、プロットのネタの源泉をどこに求めるのでしょうか。本ですか? 漫画ですか? ネットですか? 映画ですか? それともあなた自身の想像力ですか? まさかから読者目線で得たものをネタにすることはないですよね? それでご飯が食べられるとお思いでしょうか。


 ということで、自分の経験を高めることに価値観を置いてください。素人創作であれば、そうできればいいですけどね、で済みますが、プロを目指しているのでしたら、どんなことにも出来るだけ興味を示して首をつっこむだけの好奇心が必要です。


 はっきり言いますと、好奇心というのは一種の才能です。才能は経験することで磨かれ輝きを増します。文章を書く能力を自負するのは結構ですが、プロを目指すのであれば、そんなものはあって当たり前ですので、経験量によって長くやっていけるかどうかが決まることを肝に銘じた上で威張ってください。


 少し長くなりましたね。今回はこれくらいにしましょう。どうでしょうか。小説を書くときに「何々の技術が足りない」とか、「起承転結やキャラの作り方」とか、そんな話以前に、あなた方に欠けていることがたくさんありそうではありませんか。まずは足腰の弱さを認めて、体力作りからやり直しましょう。少なくとも、こういうことを馬鹿している人には勝てます。商売とは勝ち負けです。勝たないとおいしいご飯は食べられません。わたしも普段は勝ち負けを決めたがらない、ずぼらでちゃらんぽらんな性格なのですが、商売である以上、同業者に勝利し利益を出さなければいけないと考えております。どんな職業であっても、自営業というのは大変なものではないでしょうか。


(続)

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