音楽活動の始まり
塾がある日にいつも彼と2人で語ってきた夢
私が歌い彼がギターを演奏するバンドを作ること。
その夢を実現するために私は考えていた。
ママにゆうちゃんのギターの先生になってもらう。
そして私は歌う練習に励む。
私のママは私を産む前にバンドをやっていた。
地元では結構有名なバンドだったらしい。
恵まれた環境というものがあるのだ。
後は彼を本気にさせるだけ。
初めて見る実物のギターに興奮を隠せない彼をギターから引き剥がして一緒に音楽を聴く。
朝なので大音量では鳴らせないが、私のコンポはそれなりのコンポで迫力のある音楽が聴ける。
彼にもその話をしていて興味を持っていたので早く聴かせたかった。
『音楽をはじめたい』
呟くように彼の口からその言葉が出た。
『キミはもう音楽をやってるじゃん』
エレクトーンやピアノを習っていると聞いていた。
あきは音楽が好きなだけで何も習っていない。
彼の方が音楽に関しては経験が豊富なのだ。
『多分僕が本当にやりたい音楽はこういうバンドの音楽なんだ。
聴く人達を感動させる事が出来るこんな音楽を作りたい』
彼にこの言葉を言わせるのが私が彼を部屋に連れて来たかった本当の理由だった。
ゆうちゃんの性格を考慮した作戦は大成功だ。
嬉しくて愛しくて顔を見るだけで表情が緩んでしまう。
大切な話をしたいから頑張って顔を引き締めた。
『キミは器用だから楽器が出来る。
前にギターをやりたいって言ってたよね。
あきは歌うのが好きだからボーカルをやってあげるね。
キミはギターでいいのかな?』
目を見ながら真剣な表情で言う事ができた。
彼も真剣に聞いてくれてそして「コクリ」としっかり頷いた。
私の用意した音楽を始めるきっかけはこうして成就した。
あらかじめ用意していた2人が好きな出会うきっかけになったあのCDのバンドの代表曲のスコアを手にしてリビングに向かった。
『ママ!お願いがあるの』
ママには事前に打ち合わせていた。
ゆうちゃんを音楽に誘うと。そして了承を得たらママにギターを教えてもらいに行くと。
ママは笑顔でこちらを振り向く。
ゆうちゃんは私の言葉を防ぎ、スコアを私から受け取りママに自らお願いしに行く。
『僕にこのTAB譜の読み方を教えてください』
『ゆうちゃんにギターを教えてあげて欲しいの』
2人でママにお願いした。
ママは大喜びをして歓迎してくれた。
ママは中学生の頃からバンド活動をしていた。
妊娠して16歳で出産
当時期待されていた注目のバンドを出産のために諦めたのだ。
幸せな生活を過ごしているので後悔はないと言うが、バンドの世界に未練がないと言えば嘘になる。
音楽が大好きな私に、そのバンドの世界を後継して託せたら幸せだと語っていた事がある。
私はそんなママの想いを知っているので半端な気持ちでこんな事は頼まないこともママは知っている。
やるからには本気で音楽をやりたい。
成功して有名になりたい。
ママの夢を私が叶えたいと思っている。
そんな始まりの第一歩を今日踏み出したのだ。
もうお昼前なのでお昼ご飯を食べてから教えてくれる事になった。
お昼ご飯を食べながらバンド活動の今後の目標や夢を語り、アドバイスとかもしてもらった。
ママは全面的に協力してくれると言ってくれた。
お昼ご飯を食べ終わり、私の部屋にみんな集合する。
ギターの講習会だ。
まずママが私たちが持って行ったスコアの曲を演奏する。
ゆうちゃんは初めて聴くギターの生演奏に衝撃を受けている。
『これくらいの曲はすぐに弾けるようになるからまずはこの曲を課題にしようか』
初心者でも問題なさそうな簡単な曲らしい。
課題曲が好きなバンドの曲なのでモチベーションが上がる。
この後、ママがゆうちゃんにTAB譜の読み方やギターのテクニックを教えていく。
私はその光景を眺めながら感無量の状態だ。
大好きな彼と一緒に大好きな音楽活動ができる。
どんな困難や悩みが出てきても、このかけがえのない時間を守るためなら乗り越えられる。
彼と一緒に成り上がり、成功していく事を目標に!!
私のモチベーションは最高潮だった。
『ちょっとだけ大切な事を伝えるね』
ママが前置きをして話す時は本当に真剣な話だ。
私もゆうちゃんもママに注目した。
『ギターはとにかく練習が必要なんだ。
練習する時間、演奏している時間を少しでも多く取ることで上手くなる。
技術だけではなく指の皮もギタリストの指の皮になっていくんだよ。
ぷにぷにのきみの指で演奏を続けたらすぐに切れて血が出てきちゃう。
ギタリストの指の皮はすごく分厚くて硬いんだ』
ママは自分の指をゆうちゃんに触らせながら話は続く。
『そういった物理的な事に関してもギターは練習時間が多く必要なんだよ。
だけどキミはギターを持っていない。
このギターは私の大切な宝物だからキミにプレゼントしてしまうわけにはいかない』
至極当然な事を言っている。
小学生にギターは高価な物なので簡単に買う事はできない。
『キミは本当にやる気があるのなら、習い事をするような感覚で毎週日曜日にウチに練習しに来る気はないかな?
夏休みの間はいつ来てもいい。ただ、学校が始まったら平日はダメだよ。日曜日だけね』
『私がしっかりとギターを教えてあげられるし月謝もいらない。
大好きなあきにも会えるから一石二鳥でしょ?』
最高の提案をママは用意してくれていた。
断る理由が見当たらない。
特に途中で出てきたフレーズ
「夏休みの間はいつ来てもいい」に対して私の心は歓喜していた。
表情や声に漏れていないか疑わしいくらい嬉しかった。
頻繁に今日のような「ゆうちゃん訪問Day」が訪れるようであれば私の心は夏休み中ずっとお花畑のままだろう。
どうしよう、やばすぎる。
ニヤニヤが止まらないーーーー
電車賃も必要になるので夏休みに通える頻度は自分1人では決められないとの事だが、可能な限り来てくれると言ってくれた。
私も歌を頑張ろう。
その日の夜、ママ宛にゆうちゃんから電話があった。
父親に今日の事を話したそうだ。
夏休み中に課題曲をマスターしたらギターを買ってくれると約束してくれたみたいだ。
夏休みについても、学校の宿題だけはしっかりやる約束をしてほとんど毎日通ってもいいと言ってくれたそうだ。
今まで最大の「良い子」を演じてきた成果だと調子に乗っていた。
毎日朝から通ってくれるゆうちゃんと、話せる時間も急激に増えてどんどん親密になっていく。
お互いにもうバレバレな「好き」という感情も相乗して2人の距離はみるみる縮んでいくが、若すぎたせいでそれ以上の関係にどう進んだら良いのかがまだよくわかっていなかった。
彼のギターのレベルは瞬く間に上がっていく。
元々エレクトーンを長年やっているのでセンスが良く、みるみる弾けるようになっていくのを眺めていた。
8月中旬には課題曲を一通り弾けるようになっている。
ママも絶賛のギタリスト(見習い)だ。
次の日曜日、ゆうちゃんのパパに課題曲を披露する事になった。
彼の家の最寄駅付近にあるスタジオの予約を入れる。
プチ発表会に少し緊張する。
ママのギターをスタジオのアンプに繋ぎ、ゆうちゃんの演奏を披露。
『すごいな。本当に弾けてるじゃないか』
ゆうちゃんのパパは自分の息子の音楽に対する真剣さに喜んでいた。
約束通り、ギターを買ってもらえる事になる。
いきなりのことで高価なものは購入できないが、予算2万円の中で好きなギターを選んで良いとの事だった。
ママと一緒にゆうちゃんは数点ギターを選び、その中から相棒になるギターを選別した。
彼が努力をしてようやく手に入れた新しいギターを持って、お昼からはいつも通り私の家で過ごした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます