自宅に招待
待ちに待った夏休みが始まった。
普段はママに任せっきりの部屋の掃除も自分で念入りにしたし好きなバンドのポスターの貼り方にもこだわった。
どんな話をしてどう時間を過ごすのか。
何度も何度も脳内シュミレーションを繰り返して完璧に仕上げた。
ゆうちゃんが遊びにくる日の3日前に美容院にも行き、特別綺麗に仕上げてもらう。
準備は完璧だ。
この上ないくらい完璧なはずだ。
だけど不安ばかりが渦巻く。
そわそわして落ち着かない日々を過ごしながらいよいよ当日を迎えた。
7月23日朝10時
私の家の最寄駅の改札口前で待ち合わせ。
私は緊張してしまい朝6時に目が覚める。
有り余った時間を消費するために朝から再び片付けや掃除をするが、物音でママを起こしてしまった。
『朝早く起きすぎ!笑
緊張しちゃって乙女なんだから!!笑』
かなり恥ずかしい。
ママに早速いじられるが起きてしまった以上は仕方ない。
ダラダラと時間を過ごすが時の流れがとにかく遅い。
食パンでも焼いて食べようかと思ったが飲み物がなかった。
水とトーストは流石に味気ない。
『コンビニ行って飲み物を買っておいでよ』
時間を浪費できずにソワソワとしながら困る私に見かねたママがお買い物を提案してくれた。
女神か!!
まだ時間に余裕はある。
ママから1000円札を受け取り駅前のコンビニへいざ出陣。
駅には歩いて5分ほどで行ける。
駅の改札口のすぐ前に目的のコンビニがある。
8時30分ごろにコンビニの前に到着した。
1時間30分後にここでゆうちゃんと合流するのか。
などと少し先の未来を想像しながら待ち合わせ場所である改札口の方を見るとゆうちゃんの姿が見えた。
幻覚を見てしまうほど待ちきれないのか。
流石に自分でも引いてしまうくらいだ。
改札から出てくるゆうちゃんの姿が見えてしまっているのだ。
ん?
本当に見えるがなぜだ?
はっきりと見えるぞ?そろそろ末期か?
現実が受け入れられない。
本当に本物がいるように見える。
こちらを向いてはにかむゆうちゃんの姿。
『えっ?めちゃくちゃ早くない?笑』
かろうじて実物だと理解できた私は咄嗟に攻撃を繰り出した。
『あきちゃんも早くない?』
すぐに反撃が返されてくる。
そうだよ、楽しみすぎて6時から起きてるんだよ。
暇でやる事無さ過ぎたんだよ。
すごく恥ずかしい。
だが私は「お買い物」と言う最大の武器を隠し持っているのでノーダメージで彼の攻撃を回避する。
『ジュースを買いにコンビニに来たんだよ』
コンビニを指差して一緒にコンビニに向かった。
『あら、あきちゃん。今日は朝早いんだね。彼氏かい?』
小さな寂れた田舎町のコンビニのおばちゃんはもはや知り合いと呼べるほどの間柄だった。
“彼氏かい?”だって!!
「彼氏だよっ!!」って言いたいよ。
おばちゃんのあの笑み、下世話な想像してるよ絶対。
すごい恥ずかしい。
『塾で一緒の「ゆうちゃん」だよ。今日はあきの家に遊びに来るの』
ゆうちゃんを簡単に紹介してお買い物をする。
早く買う物を選んで早く外に出たい。
『あらあら、まだ小学生なのに仲がいいんだね。
あきちゃんも成長したんだねぇ。
おばちゃんがお菓子を買ってあげるから仲良く食べるんだよ』
飲み物を買ったレジ袋にポテトチップスを入れてくれた。
ラッキー♪
『ありがとー!また来るねっ♪』
早朝コンビニの戦いはこうして幕を閉じた。
『あきちゃん!さっきのおばちゃんが最初に言った「彼氏かい?」を否定しないからおばちゃんは僕の事を彼氏って思っちゃってるみたいだよ』
ゆうちゃんはおばちゃんの態度を見ながらそう言った。
彼氏だって♪
いい響きすぎて頭の中がお花畑に染まりそう。
おばちゃんの想像の中だけだけど私はゆうちゃんの彼氏
やばいーーーーーにやけるーーーー。
『一般的なおばちゃんって生き物はそういうのを想像してワクワクするのが好きだからいいんじゃない?』
少し強がった発言をしてみたが顔のニヤケが収まらない。
『次に来た時とかもおばちゃんお菓子くれるかもよ?ラッキーじゃん』
ニヤニヤがバレないように必死に現実味のある言葉を並べた。
そんな話をしている間にすぐに私の家に到着する。
駅から目視で見えるくらい近くのマンションなのだ。
エレベーターで6階まで上がる。
時刻は8時40分
ついに私は自宅のドアを開ける。
『ママー。コンビニ行ったらもうゆうちゃんがいたー。早すぎー笑』
恥ずかしさを隠すために先制攻撃でまずはママを味方につける作戦。
廊下の先にあるドアが開き、リビングからママが登場する。
『初めまして。おはようございます』
ゆうちゃんは落ち着いた様子でママに挨拶をする。
ちくしょう。緊張してるのは私だけなのか?
『おはよー。キミが噂のゆうちゃんかー。いらっしゃーい』
ママがいつもの軽いノリで挨拶する。
「噂のゆうちゃん」とか言ったらいつも私が家で彼の話をしている事がバレてしまうではないか・・・
空気読んでくれよ母親。
『あきがキミの事ばかり話すからウチの家族でキミは有名人なんだよ』
ママは私にとどめを刺した。
蘇生魔法を使える賢者を呼んで来い。
今日を無事に乗り越えられる気がしない。
すげぇ恥ずかしい。
とりあえずこの空間では命が燃え尽きそうだ。
『ママ、もういいからっ!!』
ゆうちゃんの手を引いてリビングに急ぐ。
『えっ??お母さんなの?えっ?』
ゆうちゃんは軽いパニック状態だ。
『キミにはこの人があきの妹に見えるの??笑』
家族構成は話してある。
仕事でほとんどいないパパ
ママと妹がいる事。
つまり目の前にいるのがママではなければ妹という事になる。
それは流石に無理がある。笑
『うん。ゆうちゃん。キミの反応は合格だわ。
少なくても「おばさん」とか呼んでたら追い返してあきと会う事は今後禁止にしてたかもねっ笑』
サラッとゆうちゃんイジリを始めるママ。
先を越された・・・。
玄関で盛り上がるのもどうかと思うのでみんなでリビングに移動した。
私は買ってきたジュースをコップに入れて食パンをトーストする。
『キミが早く来すぎただけであきはまだ朝ごはんを食べてないんだよ』
恥ずかしそうにしているゆうちゃんを見ると再びニヤケてしまう。
相変わらず可愛すぎるよ。
私が食パンを食べている間、ゆうちゃんはママから尋問を受ける事になったみたいでソファーに呼び出される。
人生で1番の集中力で全ての精神を聴力に特化させて話を聞きながら味気のない食パンを貪る。
ゆうちゃんとママは小声で話しているのでほとんど聞き取れない。
『あははははぁ〜そうか〜。やっぱりね〜』
突然大笑いしながらゆうちゃんをバシバシ叩くママ。
気になりすぎてもう限界だ。
これ以上は我慢できそうにない。
『なんの話してんの〜?』
私はさりげなく、そして爽やかにあくまで自然な雰囲気で会話に混ざりに行こうとする。
『あきちゃんは可愛いね〜って話だよ〜』
笑いながらママは私を煽る。
内容を悟らせないようにはぐらかされてしまう。
ママはどっちの味方なのだろう・・・
リビングの入り口のドアが開いてなっちゃんが入ってきた。
私の妹だ。
『おはよ〜』
眠たそうな挨拶の後、ゆうちゃんを見つけてキラキラした目ですごい勢いで近くに寄っていく。
『これがゆうちゃん?
なんでいるの?10時じゃなかったの?
もう10時すぎてるの?』
無垢ななっちゃんの容赦ない質問にたじたじのゆうちゃん。
『あきに早く開いたくて来ちゃったんだって〜笑』
ママがトドメを刺す。
照れてあたふたしているゆうちゃんが可愛くて私は悶絶しそうだ。
『へぇ〜。あきちゃんの事が大好きなんだねぇ。
愛してるってやつ??』
返答が気になりすぎて私は全集中でゆうちゃんの答えを待つ。
『ねぇどうなの?好きじゃないの?嫌いなら家に来ないよね?』
ナイスなっちゃん!!もっと質問責めにしてやれ!
『ねぇ、あきちゃんのドコが好きなのってば〜』
我が妹ながら恐ろしい。
敵に回したくないと思った。
そして注目のゆうちゃんは命が途切れたのではないかと思われるような極小の声でなっちゃんにこっそり呟いた。
『キャーー。全部好きなんだって〜照』
全く空気を読まずに大声でその答えを公表するなっちゃん。
その答えを知って私は意識が吹き飛びそうになるくらい恥ずかしい。
もう無理だこの空間。
ゆうちゃんが質問責めにあっても私がダメージを受ける。
なっちゃんは質問が山ほどあるらしく、リビングにいろとしつこくゆうちゃんを責め立てるが私の部屋に行く方向に無理やり話をまとめた。
『えっちな事するなよ〜』
ママがオッサンのような発言を繰り広げる。
『ママー。女の人が男の人を部屋に入れるときはえっちな事をするんだよ。この前テレビでやってたじゃん』
この間家族で見ていたドラマの話を出してくる。
もうこの空間はダメだ。
下世話な話題が領域展開されている。
ゆうちゃんを引っ張ってリビングを無言で出た。
『したいくせにねぇ』
『後でなっちゃんが見に行ってあげるから大丈夫だよ』
リビングから聞こえてくる声はとても親子の会話とは思えなかった。
『ここが私の部屋』
ドアを開けてゆうちゃんを部屋に入らせる。
入ってすぐに当たりを見回しながら固まるゆうちゃん。
私の自慢の部屋だ。
好きなバンドのポスターやフライヤーが壁を埋め尽くし、大量に並ぶCDとその横の大型コンポ
そして存在感を放つ1台のギター
興味があちこちに移りすぎてどこから吟味したらいいのか迷っているような感じで圧倒されているみたいだ。
『ギター弾けるの?』
ようやく出てきた最初のひと言。
ギタリストに憧れていると聞いていたのでそう来ると思っていた。
『ママが昔やってたの。あきは少しだけ教えてもらったけど全然弾けないよ。
かっこいいからあきの部屋に置いてるの』
たまにママが弾いて聴かせてくれるのだが、それは言わない事にした。
楽譜(スコア)をパラパラと開いているが全く読めないようだった。
彼はそのままギターを手に取り音を出していたが、私でも出来るレベルのただ「音を出す」だけの行為だった。
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