恋心

塾は月水金週3回だ。

18時から塾なので16時40分にいつものベンチに集合する。


私は塾まで電車で20分ほどかかる。

つまり16時20分には家を出ないといけない。

学校から急いで帰ってすぐに出てちょうど良いくらいだ。

用事があったりしてすぐに学校から帰れない場合数分遅れる事もあるのがもどかしかったが、可能な限り遅れないように頑張った。


毎週3回1時間、彼と会う時は話が尽きなかった。

音楽の話から始まり、家族の話や学校の話など時間を惜しみながら話し続けたおかげでお互いの事を深く理解し合えた。



話せば話すほど、彼のことをもっと知りたくなる

ずっと頭の中に彼がいる。

家ではママや妹に彼の話をよくしていた。

『また大好きなゆうちゃんの話か』

なんて茶化されるようになってきた。


紛れもなく私は彼のことが好きだ。

まだ塾の日に会うようになって1ヶ月も経っていない。

時間が経っていないけどずっと一緒にいたみたいに親密になっている。

話をしていて楽しい。

一緒に音楽をしたいと語り合い夢に溢れている。

とても居心地がよく安心してなんでも話せる。


笑顔や仕草、行動がいちいち可愛いんだよな。

ずっと一緒にいたい。

独占したい。

私に夢中にしてやりたい。


今まで恋愛の経験はない。

恋心なんてどんなものかわからなかった。

だけど確実にこれがその恋心なんだと実感する。



この先、一緒に過ごす時間が増えていけば増えていくほど私は彼に夢中になってしまうだろう。

私だけが好きなのは負けた気がして悔しい。

絶対に私よりも彼には夢中になってもらおう。


私の中に渦巻く恋と負けず嫌いの性格の葛藤を感じた。



5月に入ると4年生のIQ診断が始まった。

彼の報告によると、IQ140以上でギフテッドに選ばれたそうだ。


IQ130以上あると分類される「ギフテッド」には特別カリキュラムが適応される。

勉強をしなくても学力が遅れる事もなく、自習だけで塾のレベルに簡単についていける知能レベルなのでわりと待遇が良くなる。


ギフテッドは実力定例テストの点数さえしっかり取れば、宿題は全面免除されるし、毎週水曜日の授業は免除で自習室で好きに自習が出来る。


私も去年ギフテッドに分類されているので自習室を使っている。

自習室に学年は関係ない。

今年からは彼と一緒に自習室を使えるのだ。


『おぉっ!やるじゃん♪じゃあこれから自習室を毎週使おう』

自習室の存在や便利さ、何をすれば良いのかなど簡単に説明する。


彼も自習室を利用できる事を喜んでいる。

そんなに私と過ごせる時間が増えるのが嬉しいのか。

その仕草や態度を見るだけでときめいてしまうではないか。

無自覚でその可愛さは反則だ。



それから毎週水曜日は自習室で2人で並び、片方ずつイヤホンをつけて大好きな音楽を聴きながら一緒に勉強をした。

勉強3割、お話7割くらいの割合だった事はしっかりと学力を上げていたので黙認されていた。


話す時間も多くなり、頭の中の支配率は彼が大半を占めるようになる。

7月になる頃に私の恋心はもう抑えきれなかった。


『夏休みになったらゆうちゃんを家に呼んでみな』

ママが提案する。

私の話があまりにも彼の話ばかりでママはもう我慢できないらしい。

早く「噂のゆうちゃん」に会いたいそうだ。

“絶対に私の気持ちを暴露しない”約束をママとした。


親とはこんな時には便利な存在だ。

ママが会いたいって言っているという最高の言い訳ができるので非常に誘いやすくなる。

言い訳が用意されているのにも関わらず緊張するけどね。



いよいよ7月に入る。

早めに言う方が彼の都合も合わせやすいので勇気を出して誘ってみた。


『夏休みになったら塾が休みの日にウチに遊びにおいでよ!』

恥ずかしいので一気に、少しだけ早口になりながら。

やれば出来るじゃないか私。

男の子を家に誘うなんて大人の女になった気分だ。


せっかく勇気を全身擦り切れるくらい本気で振り絞りきったのに彼はフリーズしている。

どう返事をしたら良いのか悩んでいる様子だ。

だめだ1秒が永遠に感じる。

この重圧に耐えきれない・・・

『イヤなの…?』

恐怖心から少し威嚇気味の声色になってしまう。

最低だ私。迫力で押し切ろうとでも言うのか……


『絶対に行く!!!』

彼の返答は私が待ち望んでいた答えだった。

しかも声がでかい。

そんなに喜ぶなら即答しろよ!!

この数秒で寿命は数年縮んだぞ。


などと思いながら家に遊びに来てもらえる幸福感で脳内はお花畑に埋め尽くされていった。



『ママっ!ゆうちゃんが夏休みあきの家に来てくれるって!!』

家に帰ってすぐにママに報告する。


あっ!ちなみに私は人前では一人称を「あき」と言っている。

脳内はもう立派な大人のつもりだが、まだ小学生なので少し子供っぽくわがままなイメージを植え付けておきたいので名前にしているのだ。

あざといと思うが結構効果的なのだ。


『ねっ!絶対来てくれるから大丈夫って言ったでしょ。

ゆうちゃんは絶対あきのことが好きだから自信持って良いと思うよ』

ママはそう言うが自信なんて持てない。

恋心は人生初めての経験なのだ。


『絶対あきがゆうちゃんの事を好きなのバラしたらダメだよ!』

念を押して夏休みを待った。

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