あいつは可愛い年下の男の子

4月になった。

私はついこの間クラス決めの試験の日に会ったばかりの「ゆうちゃん」の合否がずっと気になり続けていた。

そこそこレベルの高い塾だ。

その中でも進学コースは特別レベルが高い。

彼が受かっているといいのだが・・・


同じ世代の子供と同じ趣味の話ができることはほとんどない。

もっとたくさん話がしたいと思っていた。


塾の関係者ではないので下級生の合否を知る術はなく授業の初日を待つしかないのでもどかしかった。

ちゃんと私を探しに来てくれるんだろうか?

そんな心配もよぎる。



そして待ちに待った塾の新学年初日。

そわそわしたまま1時間目を過ごすが、休み時間になってもゆうちゃんは現れなかった。

それほど気が長くないあきは2時間目の途中でもう限界だった。


「キーンコーンカーンコーン」

2時間目終わりのチャイムと同時に教室を飛び出す。

4年生クラスへもの凄いスピードで向かう。

正確にタイムを測定していたら記録に残っていただろう。


4年生クラスは3クラス

学力順にクラス分けされている。

1番成績の良いクラスから覗くとすぐに奴の存在を発見した。

考える暇もなく教室のドアを全力で開ける。


『ゆうちゃ〜ん。なんで探しに来ないんだよ!!』

教室の中に入っていき大声で名指しする。

一斉にゆうちゃんの方を見るゆうちゃんのクラスメイト達

なんかちょっと可哀想なことしちゃったかも?笑


ちっちゃくなりながらゆうちゃんは近寄ってきて私を廊下へ連行した。


『なんで教室に来るんだよ。』

早く会いたかったからである。

だがそんな甘い言葉は囁いてあげないのが私だ。

そもそも教室に来てはいけないルールはない。

『えっ?なんで?来たらダメなの?なんで??』

恥ずかしいからだと答えはわかっているがとぼけてみる。


『いや…注目されて恥ずかしかったから…つい。ごめんなさい』

簡単に謝るゆうちゃん。

なんてチョロさだ。

私のペースに巻き込んでやろう。

コントロールしやすそうな彼の態度を見てニヤリと顔が歪んでしまう。

このチョロさが可愛いんだよっ!!


『わかればよろしい。キミが来ないからおねーさんがわざわざ会いに来てあげたんだよ。

合格してるかどうか知らないしいなかったらどうしようって不安だったよ。笑』

ニヤニヤを極力抑えながら上から目線を維持する。

主導権は譲らない。

私がルールなんだよ♡



今日もまた音楽の話がしたい。

どうやって誘うかな。

私からお願いするのはなんかやだな。

『入塾試験合格のお祝いをしてあげるよ。

この前の自販機でまたジュース奢ってあげるね』


我ながら完璧だ。

お願いせずに話すきっかけを手にいれ、さらに感謝される。

恋愛ゲームでもしている気分だ。

相手の好感度を上げる感覚を楽しんでいる。

彼も私の誘いに快諾しているし喜んでいるだろう。


こうして最後の45分授業に戻った。

授業は相変わらずつまらない。

わかりきった内容の反復なので眠たくなってしまう。

まどろみながら地獄の45分をなんとか耐えていると先生から3時間目終了後に連絡事項があるから職員室に来るように言われる。


今いえよ。すぐ2階のベンチに直行したいんだよ。

なんて言えずに仕方なく了承する。

職員室に行くと進路希望の事で質問を受ける。


5年生の進級テストの日、志望中学を提出するのだ。

私は地元の公立中学の名前を書いていた。

つまり進学コースにいながら私立中学を受験するつもりがないのだ。


先生は実績が欲しいのか、やたらと有名私立中学を推してくる。

私は頑なに断り続ける。

もう決めている事なんだ。

中学は公立にいく。受験に興味はない。


私の意思が固い事を察して解放してくれた。

約10分のロスだ。

この10分で待ちきれずに彼が帰ってしまっていたらどうするのだ。

この10分の責任を追求したかったがそんな事よりも早く2階に行きたいので職員室を飛び出した。



2階の自販機のベンチにはすでに彼の姿があった。

そわそわしながらちょこんと座る彼はまるで「忠犬ハチ公」

なんて想像したらまた笑けてきてしまう。

遅刻しておいてニヤニヤしながら近寄っていく。

『お待たせー』

謝ったほうがよかったかな?

なんて少し不安になってみたが、彼は満面の笑みで手を振っている。

これなら大丈夫だ。

シッポぶんぶん振っているハチ公だ!


『よしよし。先に来てお利口に待てたんだね。良い子良い子』

ハチ公にはこのくらいの扱いが喜ばれるだろう。

ご褒美のジュースを飲ませてあげよう。

自販機にお金を入れてあげた。

『今日もオレンジ?笑』

身長は大きいが小動物みたいな彼が可愛くてつい子供扱いしてしまう。


『今日はコーヒーでも飲んじゃおうかな〜?』

彼は大人ぶって調子乗ってる。

ムカつくからオレンジジュースを勝手に押して渡してあげた。

『カッコつけなくて良いんだからね!!』

私の一言により無言でジュースを受け取り素直に飲み始めた。


私も飲み物を買うためにお金を入れる。

私が飲むのはマイブームであるレモンティーだ。

最近どハマりしていてこれしか飲まない。


『進学コース合格おめでとー』

一応お祝いしてあげるって誘ってるからお祝いから始める。

この前のCDを入れたプレイヤーのイヤホンを片方渡して、音楽の話をお互い語り合う。


本当に楽しい。

この時間が永遠に続けばいいのに。

こんなにバンドについて熱く語れる相手はいるだろうか?

彼と過ごす時間は今まで私が友達相手に感じることができなかった充実感を存分に味わえる。

彼との時間を手放したくないと思った頃に彼の腕時計から「ピピっ」とデジタル音が鳴り響く。


『やばっ…もう10時だ。怒られる…』

彼は両親が心配している時間だと焦っている。

自転車で5分で帰れるそうだ。

それならそんなに心配してないんじゃないのか?

ちなみに私はママに遅くなるかもしれない事を言っているので安心だ。


『ちょっと家に電話してくるね。』

公衆電話に走っていく彼の姿を見ながら、早く大人になりたいなーとつくづく思う私がいた。


彼ともっと過ごしたい。

いっぱい話したいしもっと仲良くなりたい。

この感情はきっと恋心なんだろうと私は思っていたが経験がないので確信は持てない。


会う機会を増やして自分の気持ちに確信を持ちたいと思うようになったので次の約束をしておくことにした。

『塾が終わってからだと遅くなるから親に怒られるのなら、塾が始まる前に1時間早く来てココで毎回お話ししようよ』

毎週3回、1時間ずつ話そうと結構大胆に誘ってみた。



満面の笑みで快諾する彼。

その笑顔だよ。可愛いんだよ!!ずるい。


『じゃあ気をつけて帰るんだよ。また明後日ね♪』

これ以上はもう間が持たない。

私の顔もニヤニヤになってしまっていく。


『うんっ♪明後日からここに1時間早く来るね。ありがとう。』

彼は自転車にまたがり帰って行った。


「ありがとう」だって。

喜びやがって!!本当に可愛い。

高鳴る胸の鼓動を抑えられず幸福感に包まれながら電車で帰った。

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