はじまり

小学4年生の時に隣町にある有名な進学塾に通い始めた。

将来有望と言われる多くの天才が通うレベルの高い塾だ。

私は中学受験などをする気はなかったのだが、学校の授業のレベルが低すぎて学べる事が全くなかったので「進学コース」に通うことにした。

進学コースでは全員がIQ検査をして、結果でクラス分けがされる。


私はIQ検査をした結果、飛び抜けて数値が高くギフテットチャイルドとか言われチヤホヤされて特別扱いを受けるようになった。


結局塾でも学べる事がそれほどなく、私の知的好奇心は埋めきれないし配布された教材を利用して自習するだけで授業を受けなくても学年トップ学力を維持する事ができた。



私の楽しみは勉強に関して特にする事がないので、塾の入ったビルの2階にあるCDショップでお気に入りのバンドのCDを視聴すること。

当時は空前のバンドブーム。

テレビや雑誌などで多くのバンドが特集されたり音楽番組などでも素人バンドが演奏して有名になっていくような企画も多々あった。


学業で知的好奇心が埋められない私は音楽に夢中だった。

多くの音楽に触れて語彙力や表現力を学び、多くのアーティストの世界観に触れて感化された。



塾では主に自習がメインとなり、音楽から多くを学びながら1年間を過ごした気がする。

塾の月謝を払う必要はあるのだろうか?などと考えながらも、両親の期待と自己満足感を肯定するために通い続けた。


そして今日は進学クラス分け試験の日

学力試験を受けて5年生になった時のクラスを決める。

試験は想像を絶するほど簡単すぎてあっという間に問題を解いてしまい、試験終了までの時間潰しが苦痛な時間だった。


試験は30分×3教科

各試験10分ほどで終わり20分も待たないと次の試験が受けられない。

今日は私が1番気に入っているバンドのCDが発売される日。

視聴コーナーでその最新CDが視聴できる事も調査済みだ。


早く視聴したい私は3教科目の試験の残り20分の無駄な時間にそわそわし続けた。

チャイムがなったら速攻で2階に駆け降りよう。

片付けも2階までのルートも何度もイメトレを繰り返し準備万端。


ゆっくりゆっくりと周回する塾の時計の秒針を見つめながら恐らくその教室にいる誰よりも終了のチャイムを心待ちにした。


『キーンコーンカーンコーン』

チャイムが鳴り響くと同時にカバンに筆記用具を詰め込み、イメトレ通りに教室から飛び出る。


予定通りのルートを辿りながら塾の入り口に差し掛かった時、前方を男の子が塞いでいてぶつかってしまった。

こんなところに突っ立ってる人がいるのは予想外だ。

チャイムと同時に飛び出したのに私のルートを塞いでいる人がいると誰が想像できただろうか?


思わず舌打ちをしてしまう。

めちゃくちゃ性悪女に見えただろうか?

ぶつかっておいて舌打ちだ。

私が逆の立場なら関わり合いたくない人物に映っただろう。


だが、新発売のCDの魅惑には勝てずそのまま走り去ってしまった。

今更戻ってごめんなさいは言いにくいし、そもそも顔もろくに見てないのでぶつかった人が誰かもわからないだろう。


少しの罪悪感を持ちながらも2階までの足取りは予定通り最短距離でCDの視聴コーナーへと一直線だった。



人気バンドの注目の新発売CD

視聴コーナーに山積みされたCDがその人気を物語る。

販促用のポスターも大きく貼られていてすごく目立つ。

キラキラと輝く空間に見えてテンションをぶち上げながら視聴ヘッドホンを急いで装着して音楽に夢中になった。


期待していた以上の完成度、数曲収録されている新曲もどれも素晴らしく最高の時間を思う存分堪能した。

こんなにも心を鷲掴みにする音楽を作れる事に感動した。

「私も将来、音楽で人の心を動かしたい」

そう考えるようになったのもこのCDがきっかけだ。



夢中に新作CDを堪能していて気付いたのだが、興奮していたせいもあり手にしていたCDの梱包が自分の爪でボロボロになってしまっていた。

「やばいなこれ。買い取らされそうだな。」

なんて考えながら触っているとCDのジャケットを開けられるくらいビニールが破れてしまった。


視聴コーナーの周りに人は誰もいなかった。

私は少し魔がさしてしまい、中身のCDを自分の所持するポータプルCDプレイヤーに入れてしまった。

人生で初めて、万引きをしてしまったという事だ。

パパ、ママごめんなさい。

私悪い子デビューしました。


なんてぼんやり考えながら罪悪感に包まれ店をでた。



『ねぇ、待って!!』

突然男の子に声をかけられる。

人生初の万引きの後なので心臓が飛び出そうなほど緊張している。


周りに人はいなかった。

同い年くらいの男の子がこのCDに興味があるはずもない。

見ていたわけではないだろう。

ではなんだ?こいつ??なんで話しかけてくる?


考えてもキリがないのでそっけなく返答してみる事にした。

『ん?何?誰なの?』

自分が演じられる最大限の冷静さを装って聞いてみた。


『塾が終わってからCDショップでずっと見てたんだけどね…』

私の心臓は再び急加速した。

ずっと見てた…最後のアレも見てたってことか。

やばいやばいやばい。犯罪行為を見られたのか。

私の心は乱れ、どう言い逃れようか試行錯誤する。


ん?待てよ。「ずっと見てた」??

万引きは最後の最後だ。

15分くらいそこにいて最後の1分ほどの犯行だ。

万引きの事を言うのであれば「ずっと見てた」と表現するのは少し言葉選びが間違えている気がする。

国語のテストなら△か先生によっては×をつけられるだろう。


って事は違うことを伝えたいのか?

えっ?何こいつ??

考えれば考えるほど答えが出ない。

恐らく万引き後のことで軽いパニックになっていたのだろう。


『えっ…キモっ…何?あきの事が好きなの?ってかキミは誰?』

相手の言葉から想像できる万引き以外の事実を誘導するように言葉を選んだ結果こうなった。

15分ほど影から見られていたのだとしたら、相当きもい。

ストーカーかもしれないのだ。

言った直後から彼はオドオドし始める。

言葉につまり次の言葉に緊張している様子だ。

万引きを見た正義感ではなさそうなので後者のストーカーの方で合っていたのかな?

少し自信を取り戻し冷静さを取り戻し始めた私は追撃を下す。


『で、何なの?告白でもしてくれるの?笑』

まだ多少の緊張感は残っているが、「ずっと見てた」の言葉を信じて後者とタカを括っているおかげで心の余裕も少し持てた私はケラケラと笑いながら聞いてみた。


『万引き、よくないよ。』

彼の一言で再びどん底に落とされる。

やばいやばいやばい。ストーカーに犯罪行為を見られた。

脅されて好き勝手されてしまうのではないだろうか?

言いなりにされて弄ばれるのだろうか?

ミステリー小説やドラマが好きだった私は変な方向に想像が膨らむ。


もうだめだ、私の生き残る道はこいつが私の事を大好きだと仮定して愛情を増幅させてもみ消すしか方法がない。

素直に話を聞くだけでは望まない結果になってしまいそうだ。

テンパっていたので考え方が少し異常だったのかもしれない。

『なんでキミはあきの事を“ずっと見てた”の?』

ずっと見てた事を強調してその恋愛感情に訴求する。

ごめんね素直じゃなくて。

思考回路はショート寸前なの。



彼はあきを見ていた理由を語り始めた。

『僕はキミがさっき視聴していたCDのバンドが大好きなんだ。

発売日に視聴したくて塾が終わってから視聴しようと楽しみにしていたんだけどさっき塾の入り口で僕を突き飛ばしたキミが先に聴いていて怖くて近づけなかった』


つまり「好きだから」じゃなくて「怖いから」見ていたのか。

さっき塾の入り口で突き飛ばして舌打ちして走り去ったのは事実だよ。

びっくりしたよ。入り口塞いで突っ立ってるなんて思わないからね。

つまり恋愛感情に訴求できないってわけだし共犯に仕立て上げるか。


ミステリー好きな私の次のミッションの方向性は決まった。

『なんだ!!CD聴きたかったのか。じゃあ聴かせてあげるから座ろう♪』

自販機コーナーのベンチまで彼を引っ張って連れて行ってイヤホンを片方渡した。


彼の手には4年生の入塾テストのテキスト用紙が握られていたので1つ年下だと言うことはわかった。

同じバンドが好きな1歳年上の女子とイヤホンを片方ずつつけて大好きな音楽を聴く。

お互い共通の好きなバンドの話で盛り上がる。

恋愛感情がないなら芽生えさせてやるだけの話だ。

そんな小悪魔的な考えで彼をコントロールする手段をとった。



実際に同年代にこのバンドが好きで盛り上がれる友達はいない。

話せる友達がいなかったので話は尽きる事なく、盛り上がり夢中になってあっという間に30分ほど過ごした。

『キミも一緒に楽しんだから共犯だね。』

十分に楽しんだ彼を確認して鉄槌を下す。

『ちょっと待って!!それは違う!』

必死に抵抗する彼にトドメを刺す。

『うるさい!盗んだ物ってわかってて一緒に楽しんだんだから。

わかるよね?』


ぐうの音も出ずにうな垂れる彼に次は飴を与える。

『おねーさんがジュースを奢ってあげるからもうこの話は終わりね。』

買収の提案。

自販機に素早くお金を入れてランプが光っている自販機を指さす。

彼は買収に応じてオレンジジュースのボタンを押した。

よしっ!!勝った!!!


『オレンジか!まだまだ子供だねっ!』

勝利した私の心には余裕が広がり彼の顔を覗き込んだ。

彼は悔しそうな表情を見せていた。


『おねーさんとか言って調子乗ってるけど同い年でしょ?』

負け惜しみのような感じで彼は言う。

キミの手に持たれた入塾テストのテキストは何なのだ?

『えっ?キミ次5年になるの?入塾テスト受けに来たんだったら4年になるんじゃないの?

あきは次5年になる。この塾は2年目で継続テストを受けに来たんだよ?』


呆気に取られている様子の彼。

そんなに歳上に見えないのだろうか。

確かに身長低いけど・・・

少し失礼である。


『次5年生になる進学コースの「あきちゃん」だよ。

呼び方は当然「あきちゃん」って呼ぶようにね!

キミが受かってたら同じ曜日になるんだし仲良くしてあげるね。』

上から目線で主導権を握りにいく。


犯罪を見られているのだ。

主導権を握り続けておかないと後々ややこしいのはゴメンだ。

『僕は「ゆうだい」です。よろしくお願いします。』

結構素直な彼の反応を見て少し安堵した。

『それじゃあキミは「ゆうちゃん」って呼ぶね。

進学コース受かってたら塾の初日、とりあえず5年の教室に来てあきを探すように!』

こうして彼との出会いは私が主導権を握る形でめでたく幕を閉じた。

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