キミが見ていたライブの景色
No name
プロローグ
「留守番電話サービスに接続します・・・」
呼び出し音が止まり留守番電話に転送される。
あきは携帯電話の通話終了ボタンを押して電話を眺めた。
時刻は22時8分と表示されていた。
横に転がっている大破したバイクを眺めながらポケットの中に常備しているボイスレコーダーを取り出した。
『ゆうちゃ…ごめん。失敗しちゃ…った。
赤ちゃ…いる…のにバイク…ダメだね。
多分あきはもうダメ…思うけど生きてね。』
『キミと過ご…した毎日は幸せ…だった。一緒…にキミと見たライブの…景色は…最高だった。
あき…の人生、短…かった…けど、もっとしたい…事いっぱい…あったけ…ど…
キミがい…て幸せだった…よ。あり…がとう。』
『寂し…いからしばら…くは悲しんで…ほしいけ…ど乗り越…えて強く生きて…ね。
愛し…てる。』
肺や内臓が潰れて血を吐きながら伝えたい事だけを端的に録音した。
彼女はとても頭が良く状況を分析する能力に長けている。
現在の状況を俯瞰して見ていてもう自分は助からないと理解している。
そう。彼女はバイクで事故を起こしてしまい致命傷を受けていた。
バイクは大破。事故の時の大きな音で周りの住民たちが出てきて喧騒の中の住宅街
事故現場から最後の力を振り絞って大好きな彼へ
共に音楽活動をしながら結婚を約束していた彼
「ゆうだい」へ最後になるかもしれないメッセージを残す。
人生絶好調で過ごしてきた。
目標に向けて着実に力をつけて成功を納めてきた。
妊娠して子供が産まれる予定だった。
順風満帆な日常はあっけなく崩れ去る。
誰が呼んでくれたのか、救急車が到着して意識が途切れそうなあきを乗せて救命活動をしながら病院に搬送する。
病院に着くと家族の連絡先を聞かれ、家族を呼んでくれた。
駆けつけた家族からバンドのメンバーに知らせが行き、病院に続々とメンバーが集まった。
本当に来て欲しい彼の姿はまだ見えない。
彼が電話に気付き、折り返しの電話をかけてくるかもしれないと携帯電話と大切なボイスレコーダーだけは握りしめて頑なに離さない。
時間だけが刻々と過ぎていく。
出血が止まらず意識が朦朧とする中、彼の声を聞きたい一心でなんとか意識を保とうとする。
家族やメンバーが泣き叫びながら集中治療室の外で待機しているのが聞こえる。
『も…助か……ないの………わかっ…てる……す。
みん…な…を………部屋…に入れ…て…』
持てる力を振り絞り先生にお願いをする…
「ガチャ」
先生がドアから出ていく音が聞こえる…
『ご本人の希望です…
最後に皆さんに会いたいと。』
次々とドアからみんな入ってきてくれる。
彼の姿だけはなかったけど仕方ないよね。
電車に乗って1時間くらいかかる場所に住んでるんだもん。
すぐに来れないのはわかってる。
だけど寂しいな。
最後に一目だけでいいから会いたかったな。
そんな事を心に秘めながら、言葉にする力も残っていない。
本当に本当に最後の力を振り絞って。
『ゆうちゃ……に…わた…し……て…』
あきは血がたくさん付着して嶋った大切な大切なボイスレコーダーを母に託して静かに目を瞑った。
事故から約4時間30分後、1998年8月16日午前2時42分
ついにあきの心臓は停止した。
薄れていく意識の中であきが走馬灯として選んだ景色は、ゆうだいと共に過ごした音楽活動の日々。
「キミと見たライブの景色」だった。
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