第12話 咲守家の策謀

申し訳ございません、第12話を書き直ししました。

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「つ、月乃さん……!! 助けに来てくれたんですね……!!」


 教室の入り口で佇むのは、頭にホワイトブリムを付け、制服を着た―――三つ編みメイド少女。


 感極まってボロボロと涙を流す僕に対して、彼女は「ぶい」と、ピースサインを送ってきた。


「……この月乃が来たからには、もう何も問題はございません。ご安心くださいませ、まいますたー」


「つ、月乃さ~ん!!」


 僕はこれから、この学校で、一人秘密を抱えて生きていくしかないのだと思っていたが……味方が一人、居てくれたんだな。


 自分が男であることを知っている人がいてくれるだけで、すごく安心感がある。とても嬉しい。


「……誰? あの子?」


 月乃さんの登場に僕が安堵の息を吐いていると、シャルロッテが隣でそう疑問の声を溢した。


 まぁ、シャルロッテが月乃さんを知らないのは当然のことか。彼女、咲守家の人間なわけだし。


 ……さて、困った。なんて説明をしよう。


 うーん、ここは普通に僕のメイドと、シャルロッテに打ち明けても良いだろうか?


 咲守家に仕える月乃さんから、僕の情報が彼女に洩れる可能性はまずないだろうし。


 それに、咲守家が特殊な御家であることは、既に彼女も知っているわけだからな。


 別段、問題はないだろう。


「シャルロッテ様。彼女は、僕のメイ―――」


 そう、彼女のことをシャルロッテに説明しようとした、その時。


 突如、月乃さんがこちらに歩いてきて、シャルロッテの前に立った。


 そして彼女はスカートの左右の裾を掴み、カーテシーの礼をシャルロッテに取る。


「初めまして、シャルロッテ・Lジェイ・ウィルフォード様。私は、咲守レイ様とは……そうですね。大々的には言えない関係にある……咲守家に仕えるメイドの冬野月乃と申します。以後、お見知りおきを」


 そう言って月乃さんは表情の変化に乏しいながらも、ニコリと、小さく微笑みを浮かべる。


 そんな彼女に対して、シャルロッテは硬直し、動揺した様子を見せる。


「あ、これは丁寧にどうも……って、え……? だ、大々的には言えない関係にある、って……何? だって、レイとこの子、女の子同士……よね……? それって……ど、どういうことなのぉ!?」


 ボンと顔を真っ赤にさせ、目をグルグルと回しながら、頭の上から湯気を上げるシャルロッテ。


 この子……意外にもそういった知識があるのか……。


 僕はコホンと咳払いをした後、わなわなと口を震わせるシャルロッテに声を掛ける。 


「落ち着いてください、シャルロッテ様。私と月乃さんの関係は、貴方が考えているようなことは何も―――」


「ということで、シャルロッテ様。少々、まいますたーをお借り致します。ではでは」


 そう発言して深く頭を下げると、月乃さんは僕の腕を掴み、教室の外へと向かって歩いて行く。


 そんな月乃さんに、僕はあわてて口を開いた。


「ま、待って、月乃さん! 僕は護衛人として、彼女から離れるわけには―――」


「……大丈夫ですよ、まいますたー。私に策がございます。ここは、私を信じてください」


 冷静な声でそう発言するメイド少女。


 僕はとりあえず、彼女の言葉を信じることにして……月乃さんについてくことに決めた。


「シャルロッテ様! すぐに戻ります! 先に着替えて、体育館に向かってください! 申し訳ございません!」


「あ、うん……行ってらっしゃい、レイ」


 何処かうわの空で手を振るシャルロッテ。僕は後ろ髪を引かれる思いで、月乃さんの後をついて行った。


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 ―――月乃さんに連れて来られた場所は、職員室の隣に作られた、用務員室だった。


 月乃さんは用務員室の扉に鍵を差し込み、ガラガラと引き戸を開ける。


 そして、僕は彼女に連れられて、用務員室の中へと足を踏み入れた。


「……ここまで来れば、大丈夫ですね」


 そう言って、月乃さんは扉の鍵を閉めると、大きくため息を溢す。


 用務員室には、中央にテーブル、簡易的な台所……奥には、宿直員用の畳の部屋があった。


 その部屋の光景を唖然として見つめていると、月乃さんは振り返り、僕に声を掛けてくる。


「怜人様。ここで体操着にお着替えください。この部屋には、誰も来ませんので」


「月乃さん、ここって……用務員室だよね? 僕らが勝手にここを使っては、問題があるんじゃ……」


「買収しました」


「……はい?」


「このような事態になっては怜人様が困ると思ったので、先んじて、手を打ちました。学校側と掛け合い、咲守家の力を使ってこの部屋を買収しました。元々、用務員室は三つあり、この部屋は使わないということでしたので……理事長から難なく部屋を使っていいと許可を得て、買収に成功しました。ぶい」


「ぶい、じゃないよ!? え、買収!? 色々と理解が追いつかないんだけど……そもそもまず、何で月乃さんが学校にいるのかな!? お婆様からサポート役として派遣されたってことは、何となく分かるけれど……理由を聞いてもいいかな!?」


「私は、貴方様の専属メイドです。ですので、元からこの任務のために、学園に潜入しておりました。一か月前に一年生として入学済みです」


「元から……? それはいったい、どういう意味なのかな?」


「怜人様はご存知ではないと思いますが、このシャルロッテ様の護衛任務は元々、ご当主様……怜人様のお婆様が、三年程前から計画なされていたものなんですよ」


「……は?」


 その発言に、僕は目を丸くさせてしまう。


 すると月乃さんは、続けて口を開いた。


「ご当主様は三年前に、訓練所で好成績を収める怜人様の類まれな成長速度に目を付けていまして。本来であれば、二年で卒業できたところを、訓練所の教官に無理言って五年で卒業させろと……そう無理を言ったそうです。三年後に始まる、シャルロッテ様の護衛任務のために」


「…………ま、待ってくれ。僕が訓練所を卒業したのは二か月前で、この任務の話をされたのも、つい数日前の話なんだけど……?」


 いったいどういう……ことなんだ……? その話には、色々と疑問が残るぞ?


 だけど、一番に問わなければならないことは……シャルロッテを暗殺者が狙う時期が、何故、三年後であることを、お婆様は分かっていたか……ということだ。


 僕が唖然として硬直していると、月乃さんは開口する。


「本来は怜人様の叔父様、咲守有仁様のご長男、咲守彰人様が、この護衛任務に就く予定でした。ですが……シャルロッテ様は大の男性嫌い。そこで、女性に間違えられることが多い、顔立ちの整った女顔の怜人様に白羽の矢が立ったのです」


「ま、待ってくれ。本来は叔父さんの息子、僕の従兄弟がこの仕事に就く予定だったことは分かったが……まず、一番の疑問がある。何でお婆様は、シャルロッテが三年後に暗殺者が仕向けられることを理解していたんだ? そもそもの話、護衛人側がそのことを把握しているのは色々と可笑しいだろ!! マッチポンプもいいところじゃないか!!」


「……それは……」


 言いよどむ月乃さん。丁度その時、ゴーンゴーンと鐘の音が聴こえてくる。


 その音を聴いた月乃さんは、僕の手に体操着袋を手渡し、静かに口を開く。


「今は、体操着に着替えて、早くシャルロッテ様の護衛に向かってください」


「……!! そうだった!!」


 僕は急いで制服のブレザーを脱ぎ捨て、体操着を身に着けていく。


 その途中、ワイシャツのボタンに手を掛けながら、月乃さんに声を掛けた。


「そういえば、さっき、シャルロッテを一人にして置いておくことに、何か策があると言っていたよな!? その策はいったい、何なんだ!?」


「B組と合同体育を行う2年Ⅽ組の女生徒数人に金銭を渡して、更衣室までシャルロッテ様の傍に常に付いていくように言っておきました。この学校の生徒は基本的にお金持ちですから、大抵の生徒は金銭に目が眩むことはないですが……中には、家のしきたりが厳しく、小遣いが貰えないと嘆く生徒がいました。ですから、そういう生徒を選び、利用させていただきました。少しの間は大丈夫かと」


「その生徒の中に暗殺者がいるという可能性は捨てきれないだろ!?」


「そうですね。ですからなるべく、素性が分かる人間をピックアップしておきました」


「不安要素しかない!!」


 僕はすぐにスカートを脱いで、ズボンを手に取る。


 すると月乃さんが顔を手で隠し……指の間からこちらに目を向け、無表情で開口した。


「いやん」


「見ないで貰えるかな!? あと、変な声を漏らさないでもらえるかな!?」


「怜人様。ひとつ、よろしいでしょうか?」


「この状況で!? 後ろ向いて欲しいのだけど!?」


「……ご当主様、怜人様のお婆様である咲守桜子様は、貴方様の敵ではありません。勿論私もです。お婆様は、貴方様を当主の座に据えたいと、そう考えているんですよ」


「僕にはそんなこと、どうでもいいんだよ! 僕に咲守家を継ぐ気はない! 興味が無い!」


「……体育が終わったら、先ほどの件、色々と説明させていただきます」


 そう言って頭を下げるメイド少女。僕は舌打ちをした後、急いで体操着に着替えていった。


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「――――――お待たせしました、シャルロッテ様!」


 体操着に着替えて急いで体育館に向かうと、そこには、複数人の女子生徒に囲まれたシャルロッテの姿があった。


 僕の登場と同時に、他クラスの生徒たちはシャルロッテから離れていく。


 月乃によって雇われた者たちなのだろう。


 見たところ、僕が登場したら仕事を終わりにしても良いと、そう命令されていたことが推察される。


 シャルロッテは長い髪を靡くと、僕に自信満々な微笑みを向けた。


「レイ! アタシ、何だか色んな子に話しかけられたの! ふふん! これはもう、リア充と言っても良いわよね!」


 この人は……何て能天気なのだろうか。僕が慌ててここまで来たことを、少しは考えて欲しい。


「アタシもパリピの仲間入りか~。インスタに映え写真とか乗っけちゃうかもね! ふふふん!」


「……シャルロッテ様。パリピは、自分でパリピとは言いません……」


「ん~? レイってば、アタシが人気者になるのに嫉妬しているのかしら~? ウフフフフ」


 このファッキューガール、自分が暗殺者に狙われている自覚があるのか……?


 腰に手を当て自信満々に鼻を伸ばすシャルロッテに、僕は、引き攣った笑みを浮かべることしかできなかった。

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