第13話 波乱の体育の幕開け
―――基本的に体育の授業中、僕たちボディーガードは授業には参加せず、常に雇い主を警護できる位置で待機することになる。
だから、体操着に着替えると言うのも、形式上というだけだ。
本来僕たちボディーガードは、体育に参加することはないらしい。
「ねぇ、レイ。貴方、やっぱりボディーガードなだけあって、運動は得意な方なの?」
徐々に体育館に集まりつつある生徒たちを壁際に立ちボーッと眺めていると、シャルロッテが隣からそう声を掛けてきた。
僕は彼女の顔を見つめ、コクリと頷きを返す。
「そうですね……職業柄、自信はある方ですね」
「そうなんだ。アタシ、運動ができるタイプじゃないからさ。結構羨ましいかも」
「運動、苦手なんですか?」
「うん。昔から体育は嫌いなのよね。子供の頃、徒競走で転んで周りから笑われた以来、運動が嫌いになっちゃった。プールもまともに泳げないし……できれば体育の授業は休みたいって感じ」
そう口にして、肩を竦めるシャルロッテ。
そんな彼女に微笑みを浮かべ、僕は言葉を返した。
「僕も、昔は運動があまり得意な方ではありませんでしたよ。運動音痴といっても良い方でした」
「え、そうなの?」
「はい。ですから、嫌いだから苦手……というのは、ちょっと違うのかもしれませんね。コツさえ覚えれば、人間、何でもできるものだと僕は信じています」
幼少の頃は、僕よりも幼馴染のミリサの方が運動神経が良かったし、彼女はいつも僕を引っ張って走っていてくれていた。
僕は元々、身体能力が優れていたわけではない。
目的があったからこそ―――やり遂げなければならないこと、復讐があったからこそ、血の滲むような努力を積み重ねることができたんだ。
目的さえあれば、関係ない。人は何にだってなれるはず。
「……ですから、シャルロッテ様も、練習を繰り返していればいつかきっと―――」
「シャルロッテさん。貴方また、アクセサリー……手首にシュシュを付けているのですか? それ、校則違反だと前にも言いましたわよね?」
―――その時。
体育館の壁際に立っていた僕たちの元に、ある二人の人物たちが近寄って来た。
ウェーブがかった長い金髪の少女と、ボディーガードと思しきジャージを着た長身の女性。
金髪の少女は、シャルロッテと同じく、異国の血が入った白人だった。
彼女はシャルロッテの前に立つと、ファサッと、自身の髪を優雅に靡く。
「シャルロッテさん。何度言えば貴方は、わたくしの言うことを聞いてくださるのかしら? そろそろ、この聖リリエント学院高等学校の生徒としての自覚を持ってはどうですか?」
「……ジト」
完全人見知りモードに入り、金髪の少女を鋭く睨み付けるシャルロッテ。
そんな彼女の様子に、金髪の少女は動揺した様子を見せる。
「な、何ですか、その目は……!! 貴方!! 周りからお姫様とか言われてちょっと調子に乗っているんじゃありませんこと!? この学院の誉れである、ミス・リリエントを取るのは、このわたくしですわよ!! 絶対に貴方なんかじゃ―――」
「……ジト」
「ちょ……ちょっと!? は、話……わ、わたくしの話を聞いているのですか!? そ、その目、止め……」
「……ジト」
「ひ、ひぃぃぃぃぃ!! 針林、助けてくださいまし!!」
隣にいる長身の少女の背後に隠れる、謎の金髪少女。
長身の少女――目の下に深いクマがあるジャーシの少女は、僕の顔を見つめると、ボソリと口を開いた。
「……君、シャルロッテさんの……新しいボディーガード……?」
どんよりと沈んだ、ハイライトのないドス黒い目。この少女、見たところ背が180cm近くはありそうだ。
長い黒髪にダウナーな印象とその出で立ちから……何となく、妖怪の八尺さまを想起してしまう。
僕は、声を掛けてきた八尺さまに頷きを返し、静かに開口した。
「はい。私は、シャルロッテ様の新しいボディーガードの、咲守レイと申します」
「……そうなんだ。私、
そう口にすると、針林さんの横から金髪の少女……
「……貴方たちのクラスの隣にある2ーCの学級委員長であり、この学院の生徒会長にして、理事長の娘の……天ヶ瀬都ですわ。せいぜい覚えておくと良いですわ、シャルロッテの下僕!」
「げ、下僕……」
「……ジト」
「ひぃっ!? ま、まだ睨んでいますわ、あの女~!!!!」
再び針林さんの後ろに隠れる天ヶ瀬さん。
そんな彼女の様子に、針林さんは深くため息を溢す。
「……まぁ、うちのお嬢、こんな感じでいつもシャルロッテさんを目の仇にしているから……暖かく見守ってあげてほしい、咲守レイさん」
「は、はい……分かりました」
「……じゃあ、私、もう行くね。同業者として、これからよろしく~」
そう言って、針林さんは天ヶ瀬さんを連れて、生徒たちの中へと帰って行った。
何というか……色々と雇い主に困っていそうだな、彼女も。
少しだけ、親近感が湧かなくもない。
「どうだった、レイ! アタシ、さっき、あの子に終始微笑みを浮かべていたんだけど! 良かったかな!?」
満面の笑みを向けてくるアホお嬢様。僕は呆れたため息を吐きつつ、口を開いた。
「……シャルロッテ様は、運動よりもまず先に、コミュニケーション能力を身に着けた方が良さそうですね……」
「え? 今の、駄目だったの? 渾身のスマイルだと思ったんだけど!?」
目をパチパチと瞬かせるシャルロッテ。
この人……天ヶ瀬さんに怖がられていたこと、本気で気付いていないのか……?
無自覚で人を怖がらせる天才なのかもしれない……そのスキル、何処で使うのか分からないけれど……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「―――それでは、みなさん!! さっそく体育の授業を始めようと思います! 今日の授業は……そうですね、球技をしようかと思ったんですが……その前に、とりあえずグラウンド一周しましょうか!! 気合を入れますよー、みなさん!!」
そう言って、若い女教師は目の中に炎を浮かべ、両の拳を握り、興奮した様子を見せる。
何というか……とても暑苦しい先生だな、この人……女版松岡〇造、といったところだろうか。
ポニーテールの女教師の暑苦しい様相に思わず引き攣った笑みを浮かべていると―――天ヶ瀬さんが手を上げ、口を開いた。
「先生。ひとつ、よろしいでしょうか?」
「ん? 何かな、天ヶ瀬さん? あ、もしかして、グラウンド一周じゃもの足りない? だったら―――」
「いいえ、そういうわけではありませんわ。わたくし、以前から思っていたのですが……この学校には生徒とそのボディーガードが二組ずつ、入学しているわけじゃないですか? ボディーガードは生徒を守るために、基本的に体育の時間は雇い主が見える位置に待機して、授業には参加しないシステムです。ですが……それ、不公平ではありませんか? 彼らにも平等に学ぶ機会を与えなければならないと、理事長の娘であるわたくしは、そう思うのです」
「ん、なるほど。確かにそうかもね!」
「ですから……ランニングの形は、二人三脚でどうでしょうか? 生徒とボディーガードの、二人ずつで」
そう言って前列にいる天ヶ瀬さんは振り返り、後列に座るシャルロッテへと挑発的な笑みを浮かべる。
その視線に、シャルロッテはビクリと肩を震わせて、隣で体育座りをする僕に顔を向けてきた。
「レイ。今、あの子……」
「はい。あきらかに、シャルロッテ様に敵意を向けた様子で……」
「あの子、アタシに、優しく笑みを向けてきたわ! これもう友達ってことで良いのかな!?」
「えぇ……?」
ものすんごいポジティブシンキング。
この人……ある意味、怖いものなどないのかもしれないな……。
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