第11話 女装ボディーガード、さっそく窮地に陥る


 ―――酒狂いシスター、若松先生のホームルームは終わり、休み時間。


 僕は窓際最後尾の席から、黒板左横にある時間割を確認してみる。


 1時間目の授業は数学か。2時間目は英語。3時間目は体育……ん? 体育?


 その科目を見て、思わずダラダラと汗を流してしまう。


 体育って……僕、何処で体操着に着替えれば良いんだ……?


 女性に変装している以上、男子更衣室には入れないし……。

 

 かと言って女子更衣室に入ったら、僕の正体が周囲にバレかねないし……。


 いや、ボディーガードとしては、更衣室の中でもシャルロッテを守らないといけないのは必須だろう。


 そこらかしこに人がいるこの学園で、件の暗殺者が、白昼堂々と暴挙に出る可能性は低いと思われるが……絶対ではない。


 玉砕覚悟で対象の命を仕留める。歴史を鑑みれば、そういった暗殺者は少なからずいるからだ。


 だから、肩時もシャルロッテから離れてはならないのは確実。


 だがしかし、無断で女性の着替えを見るなんてことは、勿論してはいけないことだ。


 それに加えて、着替えるとなると、僕の正体が他の人に露見する恐れがある。


 それらのことを考えると……更衣室に入ることはどう考えても厳しいと思われる。


 シャルロッテの傍を離れずに、尚且つ、僕の正体がバレずに、体操着に着替える方法……。


 残念ながら……何も思いつかない。


 うぅ……いったいどうしたら……どうしたらいいんだ……。


「? レイ、どうしたの? 突然頭を抱えて?」


「何でもありません、何でも……」


 前の席から声を掛けてくるシャルロッテに対して、僕は、引き攣った笑みを浮かべることしかできなかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ねぇ……やっぱり、かっこいいよね、咲守レイさん」


「そうですわよね。同じ女性なのに、何というかこう、目を惹かれるというか、不思議な魅力が漂っている御方ですわね」


 数学の時間。そんなヒソヒソ話が周囲から聴こえてくる。


 そんな僕に何故か鋭い目を向ける、眼鏡を掛けた男性教師。


 そしてその後、彼は教科書を手に持ちながら、ニヤリと笑みを浮かべた。


「――――よし。それじゃあ、この問題を……咲守、お前が解いてみろ」


「……え?」


 その言葉に、僕は思わず固まってしまう。


 この学校は、基本的に、ボディーガードの生徒は授業中……教師から名指しで問題の指名をされないと、祖母から貰った書類に書いてあった。

 

 ボディーガードは常に自分の主人を警護していなければならない。


 したがって、主人の傍を離れて黒板に行くような事態を作らないよう、学校側が配慮していたはず。


 これは……恐らく、この教師が自分の意志を優先して、ルール違反を冒しているのだろうな。


 そのことに気が付いたのか、ミリサのボディーガードの柳生と名乗った少女は席を立ち、教師に言葉を放った。


「坂下教諭。咲守レイさんは護衛人です。他の人に問題を当ててください」


「いいや、柳生。お前の言葉は認められない。ボディーガードだろうとなんだろうと、私は生徒は平等に扱う主義でな。咲守、お前が解け。解けないのなら、お前の成績の評価を下げるだけの話だ」


 ニヤニヤと、こちらを嘲笑したように見つめる坂下と呼ばれた教師。


 僕は、黒板を見つめる。


 ……問題は式と証明か。これくらいならば、頭の中で組み立てて、すぐに解くことができるな。


「どうした? 黒板の前に来なさい、咲守」


「先生。この場で、口頭でお答えしてもよろしいでしょうか?」


「この場で? 筆記もせずに? はっ、やれるものならやってみろ!」


「……」

 

 黒板を見つめ、頭の中で計算を始める。


 そんな僕を見て、教師はガッハッハッハと笑い声を上げた。


「どうした? できないならできないと、さっさと認め――」


「①(x+1)(x2-x+1) の答えは、(x+1)(x2-x+1)=(x+1)(x2-x・1+12)=x3+13=x3+1です」


「……は?」


「②(2a-b)(4a2+2ab+b2)の答えは、(2a-b)(4a2+2ab+b2)=(2a)3-b3=8a3-b3 です。合っていますでしょうか?」


「ま、待て、覚えきれないから、ノ……ノートに、一先ずノートに書いて見せろ!」


「はい」


 僕は答えをノートに答えを書いて、それを先生に見せる。


 すると坂下先生は眉間に皺を寄せ、答え合わせをした後……静かに口を開いた。


「………………せ、正解、だ……」


 その後、坂下先生は、問題を解いてみせた僕に唖然とした様子を見せる。


 クラスメイトたちはそんな僕を見て、驚きの声を上げた。


「さ、咲守さん、あの問題をあんな一瞬で……解いたというの!?」


「い、いったい何者なの、あの子……す、すごすぎない!?」


 ザワザワとざわめき始めるクラスメイトたち。


 その光景に気恥ずかしさを覚えた僕は席に座り、前に視線を向ける。


 すると前方の席には当然、僕が守るべき主、シャルロッテの姿があった。


 真面目に授業を聞いているんだなと、その背中を見つめていると……彼女の頭がうつらうつらと動いていることに気が付く。


 どうしたのだろうかとその横顔を窺って見ると、シャルロッテは――鼻提灯を浮かべて、頬杖をつきながら眠っていたのだった。


 ……この人……普段は凛とした顔付きをしているが……中身は結構適当な人なんだな……。


 警護対象である彼女のその姿に、僕は思わず、深くため息を溢してしまった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ―――2時間目。英語の授業。


 職員室で坂下先生が僕のことを他の教師に話したらしく、興味を持った英語の女教師にも、僕は問題を当てられてしまった。


 だが、まぁ、今回は、教科書の読み上げだったので……黒板に行けと言われた先ほどよりは、マシな状況だったが。


 教科書に載っている英文を読み上げ終えると、英語の先生が拍手を鳴らしてくる。


「ブラボー!! 完璧な英語よ!! ただ、ちょっと発音に訛りが多く混じっていたけれどね!!」


 僕の英語は、スラングたっぷりの師匠譲りのものだから、綺麗なものとはいえないだろう。


 とはいえ、教科書を読み上げるだけだから、スラングも出てくることはなくて一安心だったが。


 訛りに関しては……以前まで住んで居た地域のものだから、仕方がない。


「咲守レイさん、英語もペラペラみたいですわよ……?」


「あ、あの御方、勉強もできて、顔も良いというの……!? 本当に非の打ち所がない方ですね……!」


 ……目立ちたくないのに、目立ってしまっている。


 全ては、この学校の教師のせいということにしておこう……。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ―――ついに迎えた、三時間目。体育。


 クラスメイトたちは皆、体操着袋を手に持って、友達と雑談を交わしながら教室の外へと出て行った。


 そんな光景を見つめていると、シャルロッテが席を立ち、体操着袋を手に持ってこちらを振り返る。


「レイ、更衣室に行きましょう。 ……って、テーブルの上で手を組んで、何やってるのよ、貴方?」


「……碇ゲ〇ドウポーズを、少々……」


「なにそれ? 意味わかんない」


 シャルロッテは僕を見て、呆れたため息を吐く。


 ……さて、これからどうしたものか。現在、取れる選択は二つ。


 一つ目は、警護対象のシャルロッテには申し訳ないが、何処か人気の無い場所で隠れて、一人で着替える作戦。


 二つ目は、体育自体を休む。そして、女子更衣室の前に立って、シャルロッテを警護する作戦。


 ……どちらをとっても、自分は、彼女から離れることになってしまうだろう。


 護衛人として、失格ともいうべき選択。


 だけど、これ以外に、僕が選べる選択肢は他にない。


 正体がバレるのは避けたい。けれど、シャルロッテのことも守りたい。


 全てを叶える作戦は今のところ、僕には思い付かない……。


「ちょっと、レイ? 早く更衣室に行こうよ。授業に遅れ――」


「……失礼します。咲守レイ先輩は、いらっしゃいますでしょうか?」


 その時。教室の入り口に、ある人物が姿を現した。


 その人物は……先日、咲守家の屋敷で出会ったばかりの、見知った顔だった。


「え? 月乃、さん……?」


 教室の入り口。そこには制服を着た、藍色の三つ編みメイド、冬野月乃がいたのだった。


 彼女は僕の姿を視界に捉えると、両手に持った体操着袋を頭の上に掲げて、無表情で声を掛けてくる。


「お助けに参りました。まいますたー」


「つ、月乃さぁぁ~ん!!!!」


 思わず、ドラ〇も~んのノリで、月乃さんの名前を叫んでしまった。


 今の僕にとって彼女は、救世主にしか見えなかったからだ。


 まだ事態をよく呑み込めていないが、お婆様は……僕のサポートのために、月乃さんをこの学校に派遣してくださっていたんだな……!! 先日、僕のメイドとして好きに使えって言ったのは、こういう意味だったわけか……!!


 僕は月乃さんの登場に、思わず、ボロボロと涙を溢してしまった。

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