第10話 幼馴染と口下手お嬢様、酒乱シスターとホームルーム
「咲守レイ……?」
氷川美里沙と名乗ったワンサイドアップヘアーのギャル少女は、目をパチパチと瞬かせて僕の顔を見つめる。
そしてその後、身を乗り出すと、何故かキスでもしそうな至近距離で僕の目を見つめてきた。
僕はそんな彼女に対して、思わずダラダラと汗を流しながら、引き攣った笑みを浮かべてしまう。
「な、何か……?」
「んん……んんー?」
不思議そうに首を傾げるミリサ。
さ、流石に五年ぶりだし、女装しているし……僕だってバレてない……よな?
当然だが、ここで彼女に僕が怜人だってことがバレてしまえば、一巻の終わり。
即座に任務は終了、ゲームオーバーだ。
ゴクリと唾を飲み込み、彼女の視線に仰け反っていると……コホンと咳払いをし、ミリサの背後に居た少女が口を開いた。
「美里沙お嬢様。レイさんが困っていらっしゃいますよ」
「あ、あぁ、ごめんね! 何か、私の幼馴染と同じ苗字で、同じ青い目をしていたからさ! 思わず、顔をまじまじと見つめちゃって……! や、私の幼馴染は男の子だから、そもそもこんな綺麗で可愛い女の子のはずがないんだけどさ! ちょっとびっくりしちゃったってゆーか!!」
そう言って後頭部に手を当てあははと笑い声を上げる少女。
そんな彼女に対して、長い黒髪を一つに結んだスーツを着た少女は、やれやれと肩を竦めてみせた。
「お嬢様はそろそろ、氷川財閥家のご令嬢という御自覚を持たれた方がよろしいかと」
「そんなこと言ったって、私、養子だからさ。元々お嬢様ってガラじゃないんだよー」
「貴方様は氷川家の息女となって五年です。もうそろそろ御自覚してもよろしいかと思いますが」
そう口にした後、黒スーツの少女は机に座る僕に近付き、微笑みを向けてくる。
「申し遅れました。私は、氷川美里沙お嬢様のボディーガードの、
「ご丁寧にありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願い致します」
握手を求められたので、席を立ち、差し出された彼女の手を握る。
すると柳生と名乗ったボディーガードの少女はギラリと、黒い目の奥を輝かせた。
「……かの有名な咲守家、それも、同じ女性の身の上の護衛人と出会えるとは……とても嬉しいです。柳生家は、咲守家とは古くから商売敵として対立している御家。いつの日か、咲守家の方と全力で競い合いたいと、そう思っておりました」
柳生はそう声を発すると、ギュッと、僕の手を強く握りしめてくる。
……痛いです。何なんですか急に……僕がいったい何をしたというのですか……。
「ほう? 全力ではないにしろ、それなりの力を入れて手を握ったと言うのに……貴方は眉一つ動かさないのですね。無表情で、冷静そのものだ。流石は咲守家の跡取り娘。私程度の敵意には動じないと、そういうわけですか」
「いや、無表情は元からと言いますか……と、というか、そろそろ手、離してくださいませんかね、柳生さん……? 普通に痛いので!」
「フフフ。貴方を私のライバルと認めて差し上げましょう、咲守レイ。いずれ、どちらが日本の女性護衛人として頂点に立つ者か、雌雄を決するとしましょう」
そう口にして、柳生は手を離し、ミリサの背後へと戻って行った。
な、何か、すごく面倒臭そうな女の子に目を付けられたな……。
目立ちたくないので、正直、放っておいて欲しいところなのだが……。
「あ、もうすぐ朝礼の時間だ! それじゃあね、シャルロッテさん、レイさん!」
「では。失礼します。フフフフフフ。ライバル、フフフフフフ」
二人は揃って自分の机へと戻って行った。
その直後。シャルロッテがこちらを振り返り、笑みを向けて来る。
「ねぇねぇ、レイ! 今、アタシ、ちゃんとあの子と話せてたわよね!」
「え……?」
記憶を遡ってみる。
しかし、脳裏に焼き付いているのは、不機嫌そうにミリサへと挨拶を返すシャルロッテの姿だけ。
どう見てもアレは、まともな会話とはいえないだろう。昔の沢〇エリカ並みの塩対応だ。
「もしかして、シャルロッテ様……今の、普通に喋っていたんですか?」
「え? うん。あの子に挨拶されたから、挨拶を返したじゃない。ご機嫌ようって」
……この人……会話下手にも程があるだろ……。
なるほど。だから、周囲の生徒たちは皆、彼女のことを遠巻きに見てヒソヒソ話していたのか……。
美人が不機嫌な様子を見せるだけで、なかなか迫力があるものだからな。
実際は不機嫌なのではなく、ただ、口下手なだけというわけなのだが。
まぁ、あとは、男嫌いという点も怖がられている要因に拍車を駆けているところでもありそうか。
今朝のように、男性に話しかけられたら間髪入れずに蹴りを入れ、ファッキューと叫んで発狂していそうだからな……。
彼女が何故ここまで男嫌いになったのか、その明確な理由は今の僕には分からないが……何となく、その生い立ち、父親が原因なのではないかなと思う。
愛人の子に産まれてしまったせいで、身勝手に女性に子供を産ませる男を嫌悪している。察するに、そんなところだろうか。
「……シャルロッテ様はもう少し、僕以外にもちゃんと喋れる相手を作った方が良さそうですね……」
そう後ろから声を掛けると、シャルロッテは嬉しそうに微笑みを浮かべて頷いた。
「うん。男は全員嫌いだけど、女の子の友達は欲しいわ。初めてまともに喋れたレイみたいに、同性代の子と普通に話せるようになりたいもの! レイ、手伝って! アタシ、頑張るから!」
貴方が最初にまともに喋れるようになったこの僕は、れっきとした男なのですが……まぁ、そんなことを彼女に言える日は、恐らく、絶対に来ないだろうけどな……。
シャルロッテに僕が男だとバレたその時は、任務が失敗し、解雇された時だけからだ。
いや、そうなったら、下手したら大統領の娘の権限を使って彼女に殺されかねないな。
もしかしたら第三次世界大戦が勃発するかもしれない……なんて。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――――みなさーん。席に着いてくださーい。ホームルームを始めますよ~」
その後、引き戸を引いて、肩から三つ編みを垂らしたシスター服を着た女性が教室に現れた。
彼女は教壇に立つと、教台に出席簿を置いて、何処か気持ち悪そうに口元に手を当てる。
「うぷっ。昨日、飲みすぎちゃって、先生、二日酔い気味です……教壇の上で吐いちゃったら、ごめんなさいね~」
彼女のその言葉に、クラスメイトたちは全員、引き攣った笑みを浮かべる。
――――――彼女は確か、この2年Bクラスの担任の若松志保という名の教師だったか。
担当教科は倫理・国語。
この学園に併設されている教会のシスターもやっているらしい。
まぁ、これらの情報の全ては、事前に祖母から渡されていた学校関係者のリストによるものなので、もしかしたら僕の知らない情報もあるのかもしれないが。
「そうでした。今日から、この2年B組に新しい生徒さんが仲間入りしていたのでした。確か、シャルロッテさんのボディーガードの……咲守レイさん、ですか。どなたですか~?」
「あ、はい。僕です」
僕はそう返事して、席を立つ。すると僕の顔を見つめて、シスター先生は微笑みを浮かべた。
「わぁ、とっても綺麗な子ですね~。私はこの2年B組の担任の、若松志保と申します~。気軽に志保ちゃんって、読んでくださいね~」
「は、はぁ……よ、よろしくお願いします、若松先生……」
そう挨拶した後、席へと座る。
すると周囲の生徒たちのヒソヒソとした噂話が耳に入ってきた。
「咲守レイさんだって」
「王子ってあだ名が似合いそうだよね」
「後でこっそり撮った写真、グループレインでみんなに共有しよ~」
……いつの間にか、僕は盗撮されていたらしい。
そんなふうに、ザワザワと会話を交わすクラスメイトたちに動揺していると、最前列の席からこちらを見つめている男の姿に僕は気付く。
「彼女はレイさんというのか……実に、美しい名前だ!」
あれは……今朝、シャルロッテに告白して顔面をローファーで蹴られていた、ナンパ男だ。
あいつも、同じクラスだったのか……というか、何故、僕を見てウットリしているんだ、彼は……気持ち悪いので、こっちを見ないで欲しい……。
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