第9話 女装ボディーガード、幼馴染と再会する。


 ――――ミッション系華族学校・聖リリエント学院高等学校。


 この高校には、政治家、財閥家、大企業の社長一族――ありとあらゆる名家の子供が通っている。


 一般人は立ち入ることができない、本当の金持ちの学校。


 ある意味、僕のような人間には、最も縁がない場所と言えるだろう。


 「御機嫌よう」「御機嫌よう、佐藤さん」


 校門に辿り着き、巨大な校舎を眺めていると、周囲から挨拶の声が聴こえてくる。


 どうやらこの学校の生徒は「おはよう」ではなく「御機嫌よう」と挨拶をするらしい。


 ……何だか、異国に来たみたいだ。


 キャッキャッウフフとはしゃぐ女子生徒の姿を見ていると、以前まで僕がいた男臭い訓練所との差に、軽く眩暈がする。


「? 急に立ち止まって周りを見つめて……どうしたの? レイ」


 突如足を止めた僕の様子を不思議に思ったのか。首を傾げ、前方からシャルロッテがそう声を掛けてくる。


 そんな彼女に対して僕は首を横に振り、言葉を返した。


「いえ。実は、僕は今まで学校というものに通ったことがなかったので……少々、物思いに耽ってしまいました」


「え? 学校に行ったことが、ない……?」


「はい。僕の御家、咲守家はかなり特殊な家でして。幼少の頃から日々、護衛人としての訓練を積んでいました。なので、普通の子供が通う学校という物を、僕は知りません」


「ど、どんな家よ、それ……。授業とかあるけど、勉強、ついていけるの?」


「その点に関しましてはご安心を。高校卒業程度の教養は既に身に着けていますので。授業に遅れることはないと思います」


「何か……やっぱりレイって不思議な子ね。貴方、いったいどんな子供時代を過ごしてきたのよ……」


 そう言ってため息を吐いた後、校舎の中からゴーンゴーンという鐘の音が聴こえてくる。


 その音を聴いた周囲の生徒たちは、急いで校舎の中へと入って行った。


「いけない! もうチャイムが鳴っちゃった! 行くわよ、レイ!」


「はい」


 シャルロッテは校舎へと向かって急いで走って行く。


 彼女に傘を差しながら、僕も遅れてついていった。


 ―――この平和そうな学園に、彼女を狙う暗殺者が潜んでいる。


 見た感じ、怪しい人物は何処にもいない。皆、楽しそうに雑談を交わしながら学校に通っている。


 だが、何処かに確実に敵はいる。常に気を張って、周囲に目を向けていた方が良さそうだな。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ミッション系の華族学校ということもあってか、学校の中は、中世ヨーロッパの建造物のような内装をしていた。


 昇降口、フロントロビーには豪奢なシャンデリアが天井からぶら下がっており、下駄箱は、高級感溢れるマホガニー材で造られている。


 廊下にはシックなグレーのカーペットが敷かれており、その先にある階段の踊り場には、聖母マリアを象った色鮮やかなステンドグラスがあった。


 何というか、とても絵になる場所だ。ひとつひとつの光景が、すごく絵になる。


 僕は靴を鞄に仕舞い、持ってきた上靴に履き替える。


 そんな僕の姿を確認した後、シャルロッテは自身の下駄箱を開け、上靴へと履き替えた。


 そして二人揃って、教室がある二階へと向かって階段を登って行った。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 シャルロッテと共に、2ーBと書かれたネームプレートが掲げられた教室へと入る。


 何があっても良いように、ガラガラと引き戸を引いて、僕は、先んじて中に入る。


 そんな僕の後を、遅れてシャルロッテが入室する。


 すると、教室の中でザワザワと騒いでいた生徒たちが一斉に雑談を止め、こちらに視線を向けてきた。


 そんな視線にフンと鼻を鳴らすと、シャルロッテは歩みを進める。


 そして、窓際の、最後尾から二列目の自分の席へと着いた。


 シャルロッテの背後の席に視線を向けると、机の上に、自分の名前が書かれた紙が一枚置かれていた。


 事前にお婆様が学校側に根回ししてくれたおかげだろうか。


 恐らくは学校側が、彼女の近くにある席を僕の席にしてくれたのだろう。有難い限りだ。


 僕は静かに席へと座る。すると、周囲からヒソヒソ話が聴こえてきた。


「御姫様、今日も不機嫌そうですね」


「そうですね。ん……? 御姫様と一緒に行動していた女の子、誰でしょう? あんな子、このクラスに居なかったですわよね? またボディーガードを変えたのかしら?」


「え、待って! あの子、すごく綺麗じゃない!? 私……は、話しかけてみようかな?」


「やめときなって。あのボディーガードの女の子に話しかけられたら、御姫様にファッキューって言われるのがオチだよ。触らぬ神に祟りなし、ってね」


 ……どうやらシャルロッテは、クラスの中でも一目置かれているみたいだな。


 果たして良い意味かどうかは分からないが……まぁ、この人、外見はめちゃくちゃ美人だからな。


 白人で人形のように目鼻立ちが整っているのだから、どう転がっても目立つのは仕方がないか。


 そう、シャルロッテのクラスでの立ち位置を確認していた……その時。


 突如、一人の少女が声を掛けてきた。


「ご機嫌よう、シャルロッテさん」


 シャルロッテの元に近付いてきたのは、栗毛色のワンサイドアップヘアーのギャルっぽい少女と、黒いスーツを着た同い年位の少女。


 シャルロッテは警戒心バリバリの様子で、その少女を鋭く睨み付けた。


「……何?」


「え、えっと……あ、新しくクラスも変わったことだし、親睦のための朝の挨拶を……」


「そう。御機嫌よう」


「な、何か、気に障っちゃったかな? ごめんね」


「別に。気に障ってなんかないわ」


 う、うーん……何か僕と会話していた時と違って、すごくツンツンしているな、この子。


 人付き合いが苦手だとは聞いていたが……まさか、ここまでとは思わなかった。


「……ねぇ、シャルロッテさん。後ろにいる子は、貴方の新しいボディーガードさんなのかな?」


 栗毛色の髪の少女が、僕に視線を向けてくる。


 この子……よく見たらものすっごい巨乳……いや、何でもない。


 今の僕は女子なんだ。男の一面を見せてどうする……。


「わぁ……! すっごく綺麗な子だね! クールビューティーって言うのかな? あ、私は氷川美里沙! よろしくね!」


「ご丁寧にどうもありがとうございます。僕は、シャルロッテ様のボディーガードの、咲守レイと申し……え? 氷川……美里沙……?」


「ん? 咲守……レイ……?」 


施設で別れた幼馴染と同じ名前を名乗った少女に、僕は思わず目を見開いて硬直してしまった。

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