第8話 女装SP、華族学校に潜入する。


「……レイにぃ。何処かに行っちゃうの?」


 夕陽が差す、養護施設の門の前。


 一人の少女が、涙目で僕にそう声を掛けてきた。


 僕は彼女にコクリと頷きを返し、静かに口を開く。


「施設を出て、父方の家に行ってみようかと思うんだ。だから、ミーちゃんとはここでお別れだね」


「嫌だよ……レイにぃ、行かないでよぉ」


 そう言って彼女は僕の身体に抱き着いて来る。


 ひとつ年下の、施設で妹のように接していた幼馴染の少女。


 この施設の職員も子供も、みんな、僕のことを腫れ物のように扱っていたが……彼女だけは違った。


 僕は、泣きじゃくる少女の頭を撫で、ニコリと笑みを浮かべる。


「いつか、いつかきっと大人になったらまた会えるよ、ミーちゃん」


「本当? じゃあじゃあ、レイにぃ、大人になったら前に言った約束、守ってくれる?」


「前に言った約束?」


「大きくなったら、ミリサを恋人にしてくれるっていう約束!」


 頬を膨らませ、可愛らしく怒った顔をするミーちゃん。僕はそんな彼女に笑い声を溢す。


「うん、いいよ。ミーちゃんなら大歓迎さ」


「本当? うれしいー!」


 子供ながら、理解していたんだと思う。僕はもう、彼女とは二度と再会できないって。


 僕がこれから行く先はボディーガードの一族、咲守家。彼女はただの孤児。


 将来、交わることは、けっしてない。


「ばいばーい! レイにぃ、またねー!」


 元気よく手を振るミリサ。僕は手を振り返し、養護施設を去った。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「――――朝、か」


 ベッドから起き上がる。テーブルに置かれていた時計は、午前五時を指し示していた。


 昨日来たメールのせいだろうか。いつもより早く目が覚めてしまったようだ。


 とはいえ、アメリカの訓練所に居た時はいつもこれくらいの時間に起きていたのだが。


 日本に来てから、少々、時差ボケになってしまったのかもしれないな。


「はぁ……。お婆様、こういう情報はもっと早く教えて欲しかったよ」


 僕はスマホを手に取り、昨日寝る前に届いたメールを開く。


 そこには、祖母からこんなメッセージが届いていた。


『――――言い忘れていましたが、これから貴方が通う学校に、怜人の幼馴染の佐々木美里沙が在学しています。シャルロッテさんと同じクラスですので、正体がバレないように気を付けてください』


 その懐かしい名前に、僕は大きくため息を吐いてしまう。


 ――佐々木美里沙。同じ施設で育った、幼馴染の女の子。


 あの少女はただの孤児だったはずだが、何故、シャルロッテが通う華族学校に通っているのだろうか。


 過去の僕を知る存在が学園に居ると考えると……かなりやり辛い。


 とはいえ、彼女と知り合いだったのは、六年も前の話。


 ミリサも16歳になり、僕も17歳になった。


 お互いに大きく成長したことだろうし、僕に至っては女装しているし……一目でバレることはない、と思う。


 いや、そう考えると咲守レイ、というのは、かなり安直すぎるネーミングだっただろうか……?


 ……これも全ては、情報が遅れたお婆様のせいだ。僕は何も悪くない。


「ハァ……筋トレでもするか……その後、女装の準備もしておこう」


 僕は本日二度目のため息を吐き、クローゼットの扉を開いた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「――――レイ、起きてる?」


 扉をノックされる。鍵を外し、ドアを開けると、そこには制服姿のシャルロッテが居た。


 僕も学園の制服に既に袖を通している。女装もバッチリだ。


 先日、月乃さんに化粧を教えてもらって実践してみたが……割と良い線いっていると思う。


 基本的に僕は教えられた作業は一目で習得できる。


 まぁ、完全コピーではなく、少々スキルが落ちた劣化コピーなので、月乃さんよりは上手くないだろうが。


「あら、もう準備万端なのね。教科書とかスクール鞄に入れた?」


「はい。ぬかりなく」


「それじゃあ、朝ごはん食べてさっそく学校に行きましょう」


 こうして僕は、シャルロッテと共にリビングへと向かい、朝食を摂った。


 朝食はハウスキーパーさんが予め作っていたものだった。


 それらの毒見を終え、問題がないことを確認した後。


 僕とシャルロッテは、ベーコンエッグとサラダに白米という、王道的なメニューを口に運んでいった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「よいしょっと」


 マンションの外に出ると、シャルロッテがフリルの付いた紫色の傘を開いた。


 現在、空は快晴。四月の心地よい日差しが、アスファルトを優しく照らしている。


 僕は首を傾げ、傘を差したシャルロッテへと声を掛けた。


「シャルロッテ様。その傘は?」


「あぁ、これ? アタシ、肌白いからさ。紫外線予防」


「なるほど。僕……いえ、私も外国の血が四分の一ほど入っていて瞳が青いので、紫外線予防でたまにサングラスを掛けたりしています」


「そうなんだ? 何処の血が入ってるの?」


「イギリスです」


「へぇ? というか、昨日から思ってたけど……『僕』って言って構わないわよ」


「え?」


「一人称、私じゃなくて僕なんでしょ? 別に無理しなくて良いよ」


 そう言って優しく笑みを浮かべるシャルロッテ。


 そんな彼女に、僕はふぅと短く息を吐く。


「失礼しました。僕としたことが、我を出してしまいました」


「アタシ、別にそこまで厳しくないからさ。ここは公の場じゃないんだし、好きに振る舞ってよ」


「はい。御言葉に甘えます。……ところでシャルロッテ様。その傘、僕が持ってもよろしいでしょうか?」


「え? 何で?」


「いざとなった時、銃の射線を遮るために、傘は有効かと思いまして」


「傘差してくれるのはありがたいんだけど……その、何だか、慣れないわ」


「これも御身のためです。シャルロッテ様」


「むー」


 そう言って彼女は口をへの字にすると、傘の持ち手を僕に渡してくる。


 僕は傘を受け取り、彼女へと差すと、一緒に歩道を歩いて行った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「……ねぇ、御覧になって! 御姫様に傘差してる人、すっごく綺麗じゃないですか?」


「え? うわ、本当……!! 何か、絵本から出て来たみたい……!! あの二人、姫と王子って感じがしますわ!」


 学園へと続く通学路を歩いていると、僕達を見て、周囲の女学生がヒソヒソと噂話を始める。


 ……何か、ものすごく、居心地が悪い。


 僕、変なところないよな? ちゃんと、女の子になれているよな……?


「な……なんか、すっごく見られてるんだけど……!! レ、レイ!! やっぱり傘を差すのやめて!! 自分でやるから!!」


「だ、駄目です、シャルロッテ様……!! これは、僕がやらなければならない役目ですから……!!」


「で、でも、周り見なさいよ! 何か、目立ってるわよ……!! うぅ、恥ずかしい~」


「ここは我慢です、シャルロッテ様」


 顔を真っ赤にして俯くシャルロッテと、傘を差し、背後を歩いて行く僕。


 華族学校なのだから、こういう形で登校するのも普通だと思ったんだが……何かすっごい目だっているな。


 どうしてなのだろう……主に女子生徒が僕を見て、黄色い声援を上げているのは。


 周囲の光景に動揺していた、その時。


 突如僕たちが進む道の先に、膝を付いてしゃがみこむ、一人の男が現れた。


「シャルロッテ様! 先日はフラれてしまいましたが……この財津崇高、諦めきれません! また、バラの花を持ってきました! バラの花言葉をご存知ですか、シャルロッテ様。この花の花言葉は、「愛」「美」、そう、まさしく貴方様に相応し――――」


「ファァァァァァァァァァァァァッッックッッッッ!!!!!!!」


 シャルロッテに顔面を靴で踏まれ、財津と名乗った男は地面に倒れ伏す。


 その後、バラの花が無残に周囲に散っていった。


 シャルロッテは倒れ伏す男に向かって、怒鳴り声を上げる。


「朝から気持ち悪い好意を向けてくるんじゃないわよ!! 汚らしい男め!! 愛だと言って、男なんて全員性欲に脳を支配されたクソ野郎どもなんだから!! 本当、男なんて大っ嫌い!!」


 荒く息を吐いて、肩を怒らせるシャルロッテ。


 ……背後にいる僕も男なのだけれど……やっぱりこの子、男と女に対して態度が大きく変わるんだな……。


 僕が男だってバレたら、ただじゃ済まなそうだ。


 僕は小さく息を吐いた後、倒れ伏す男へと手を差し伸べる。


「大丈夫ですか、貴方。立てますでしょうか?」


「す、すまない、ありが―――――と、う……」


 財津と名乗った青年は、僕の手を取ると、顔を上げ……何故か固まる。


 ど、どうしたのだろうか? まさか、僕が男だってバレたわけじゃ……。


「……う、美しい……!! まるで中世の絵画に出て来る、美の女神アフロディーテのようだ……!!」


「え」


 手を両手で包まれる。すごく、気持ちが悪い。


「ちょ、え、手、離してくださいますか!?」


「一目惚れしてしまった……!! 君、名前は何て言うんだい!? 今からボクとデートでも―――」


「レイから手を離しなさい、このケダモノ!!」


「ごぎゃっ!?」


 今度は後頭部をローファーで踏みつけられ、アスファルトに顔面をぶつける財津。


 前方を見ると、そこには、怒り心頭のシャルロッテが立っていた。


「本当に、男ってみんなこうなんだから!! 行きましょ、レイ!!」


 シャルロッテに手を握られ、僕はその場を後にする。


 ……実は僕も男だなんて……任務が終わったとしても、シャルロッテには言えなさそうだな。


 普通に、殺されそうだ。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

連載継続のために、☆をお願いします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る