第7話 女装護衛人の新たな居城


「……それじゃあ、開いている部屋に貴方を紹介するわね。以前雇っていたボディーガードが使用していた部屋があるから、そこを好きに使って貰って構わないわ」


「畏まりました。ですが、少々お待ちください」


「? 何、どうしたの?」


「他にも盗聴器が仕掛けられている可能性がございます。先に、各部屋のチェックをさせてください」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ――――都内、某所。


 床に置かれたノートパソコンの明かりだけがぼんやりと光る、薄暗い部屋。


 そこで、PCの前に座ったある人物は、耳元にスマホを当てながら誰かと通話していた。


「―――――あぁ、そうだよ。新しく来たボディーガードに、どうやら仕掛けた盗聴器は全部、見つかちまったようだ」


 性別不明のその人物は、深くかぶったフードの奥で笑みを浮かべる。


 そして、手に持ったナイフをクルクルと手で回した。


「これからあの小娘をぶっ殺そうって時に、先読みされて、まんまと優秀な人材を派遣されちまったみたいだな。案外咲守の婆さんも間抜けじゃねぇみたいだぜ? 流石のあんたもこの事態には焦りが生じたんじゃねぇのか?」


 電話口で何者かが怒る声が聴こえてくる。その声に、フードの人物は明るい笑い声を上げた。


「ハハッ、そう怒るなって。勿論、分かってるよ。例の女は責任持ってオレ様が始末してやる。日本のボディーガードのレベルなんてたかが知れているからな。オレ様は、殺しのプロだ。古来から続く護衛人の家系、咲守家だか何だか知らないが、ターゲットとボディーガードの小娘二人の排除なぞ、子猫の首を狩るくらいには容易だ。ぬかりはねぇ」


 そう口にした後、正体不明のフードの人物は、ピッとスマホの電源を切る。


 そして、床に落ちている一枚の写真―――シャルロッテの写真へ、ナイフを突き刺した。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「……リビングに2個、シャルロッテ様の自室に3個、来客用の部屋に2個、玄関、廊下に3個……合計10個の盗聴器が見つかりました。これで、この家に仕掛けられた全ての盗聴器の解除ができました」


 僕はそう言って、解除した盗聴器10点をテーブルの上に置き、それをシャルロッテへ見せる。


 するとその光景に、シャルロッテは顔を青ざめさせた。


「誰が、いったい何のために、アタシの家にこんなのものを仕掛けたんだろ……」


「恐らくは、件の暗殺者だと思われます。暗殺対象者の生活スケージュールを完全に把握した後に、犯行へと移る……これは、その前段階のものだと思われます」


「暗殺者……さっきも言ったけれど、アタシ、大統領の娘と言ってもただの愛人の子供すぎないんだよ? それに、父親となんて何年以上も顔を合わせていないし、あの男はこの家に来たことだってないし……なのに、何でアタシがこんな目に……」


 下唇を強く噛み、シャルロッテは悔しそうな表情を浮かべる。


 確かに……ただの愛人の子に、何故、暗殺者が仕向けられたのか。


 人質に捉えるつもりとかなら分かるが、お婆様は誘拐犯ではなく、暗殺者と、はっきりとそう言っていた。


 ……つまり、何処かに潜んでいる何者かは何らかの意図を持って、彼女を確実に始末しておきたいと、そう考えているのだろうな。


「ねぇ、レイ。アタシ、何でこんな目に遭うのかな……? 父親の身勝手な浮気のせいで産まれて、子供の頃から本妻とその子供たちに虐げられてきて……何で、アタシ、命まで狙われちゃってるの? アタシ、何か悪いことしたのかな……? 産まれて来ない方が……良かったのかな……」


 俯き、綺麗な碧眼からポロポロと涙を溢すシャルロッテ。


 ……境遇こそが違うが、彼女も恐らく、僕と同じで孤独な身の上なのだろうな。


 両親を奪われ、復讐のために咲守家を利用し、人殺しの技術を身に着けた僕。


 理不尽にこの世に誕生させられて、挙句、その出生からか何者かに殺されようとしている彼女。


 身勝手な大人の犠牲者。孤独な子供。僕たちは、同じ星の元に産まれた、似た者同士……なのかもしれない。


 僕は彼女に近付き、そっと声を掛ける。


「シャルロッテ様。大丈夫です。貴方は死にません。僕がこの命に代えても、貴方様をお守り致しますから」


「え……?」


 シャルロッテは顔を上げ、赤い目で、僕の顔をジッと見つめる。


 そしてその後、彼女は瞳の端に涙を浮かべながら、僕の身体に抱き着いてきた。


 その突然の行動に、僕は思わず目を見開き、硬直してしまう。


「シャ、シャルロッテ様!?」


「ご、ごめん。ちょっと、盗聴器とか暗殺者とか、色々と怖くて……少しだけ、このままでいさせて……お願い」


 震える身体でギュッと抱きしめて来る、柑橘系の香水を漂わせた小柄な少女。


 ……胸のパッドがずれそうで怖いのだけれど……今はそんなことを考えるのは無粋な話かな。


 僕の中身はれっきとした男だ。


 だから、彼女を騙している以上、不用意にその身体に触れることはできない。


 背中を摩って宥めてあげるなんてことなんてできないし、肩に手を置くこともできない。


 シャルロッテが落ち着くまで、僕は棒立ちで、ただ彼女に胸を貸すことに決めた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「……ここが、貴方の部屋よ。好きに使ってくれて構わないわ」


 数十分後。


 泣き止んだシャルロッテに、開いている部屋へと通された。


 そこは掃除が隅々まで行き届いているのか、とても綺麗でシンプルな一室だった。


 高級住宅街の一等地に聳え立つマンションなので、一部屋自体がとても大きい。


 目算、11畳くらいはありそうだ。


 セミダブルのベッド、コの字のソファー、中央にテーブル、本棚……と、家具も充実している。


 ただこの部屋もリビングと同様、窓の割合が大きく、壁が少ないのが少々気になるところではある。


 同じ高さのビルが周囲にないと言っても、今までの生活スタイルの影響上、狙撃をついつい恐れてしまうのは仕方のないことか。


「……ごめんね、さっきは。突然泣いちゃったりして」


 背後からそう声を掛けられる。


 振り返ると、そこには、申し訳なさそうに笑みを浮かべるシャルロッテの姿が。


 彼女は胸に手を当て短く息を吐くと、再び口を開いた。


「アタシ、さ。今までろくに友達っていうのがいなかったんだ。その……この見た目でしょ? 日本ではあからさまに外国人って扱いだし。それに、あんまり人との会話が上手くないっていうかさ」


「そうなのですか? 私とは普通に喋っているじゃないですか?」


「何か、レイとは上手く喋れてるんだ。それに、レイは何かこう、一緒に居ると安心するというか……」


「安心、ですか?」


「な、なんでもない!! あ、明日からレイもアタシと一緒に学校に通うのよね!?」


「はい。ボディーガードとして、お供させていただきます」


「そ、そう!! わ、分かった!! じゃあ、また明日!! ばいばい!!!!」


 そう言って彼女は勢いよくバシンと扉を閉め、去って行った。


 僕はその光景を見届けた後、ドアの鍵をガチャリと閉める。


 そして手に持っていたスーツケースを開き、その中から着替えを取り出す。


 ……何とか、シャルロッテに男だとバレずに、任務を勧められているな。


 だが明日からはついに、女装をしたまま、学園生活を送ることになる。


 このまま誰にも僕の正体がバレずに済めば良いが……まぁそこは神様頼みでしかないな。


 正直、任務のためといえども、女性として振る舞わなければならないのは、なかなかに複雑な心境ではあるのだが。


「よし」


 衣服をクローゼットに仕舞い終えた後、僕はスーツケースの底に爪を立て、ベリベリと引き剥がす。


 スーツケースの最奥に隠されていたのは、分解しておいたスナイパーライフルと、拳銃、弾丸、ナイフの姿。


 屋敷でもチェックしてきたが、一応、武器に損失がないか確認をする。


 一通り確認し終え、問題がないことを確かめた後。


 ブレザーのポケットに仕舞っておいたスマホが、ブブッと振動した。


 スマホを取り出し、メールを確認してみる。


 そこに書かれていたある人物からのメッセージに僕は思わず眉を顰め、深くため息を吐いてしまった。


 

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