第5話 忍び寄る魔の手


「まさか貴方に二度も助けられるなんてね。ありがとう!」


 ゴミ箱から引っ張り上げ、助けてあげると、彼女は僕の前に立ってそう礼を言ってきた。


 いや、髪の毛に魚の骨や野菜くずなどの生ゴミが付いているんだけど……何なの、この人……?


 流石の僕も意味が分からない。何でゴミ箱に頭突っ込んでたんだ……?


 そう、何処かドン引きした様子で彼女のことを見つめていると、下方から「ニャア」という声が聴こえてくる。


 声が聴こえて来た箇所に視線を向けると、シャルロッテさんの腕の中に、黒い子猫の姿があった。


「猫……?」


 その光景に疑問の声を漏らすと、彼女は眉を八の字にして、何処か悲し気な様子を見せる。


「道を歩いていたら、ゴミ箱からこの子の鳴き声が聴こえてきてさ。覗いたら、この子がゴミ箱の中にあった段ボールの中に居たの。本当、酷いことする人もいたもんだよね」


「その子猫を助けるために、わざわざゴミ箱の中に入ったのですか?」


「ええ、そうよ。ただ……アタシってば……その、認めたくはないのだけれど……結構、背が小さい方でしょ? だから、ゴミ箱に頭突っ込んだら、抜けられなくなっちゃってさ。あは、あははは……」


 そう言って、目を細めて、いたずらっぽく微笑みを浮かべるシャルロッテさん。


 僕はそんな彼女に、優しく笑みを返した。


「優しいんですね、シャルロッテ様は」


「そんなことないわよ。何となく、この子の姿が他人事とは思えなくて――――って、貴方、今、アタシの名前……?」


「申し遅れました。本日よりシャルロッテ様のボディーガードとなりました、咲守、と申します。以後、自分が、シャルロッテ様の身辺警護を担当させていただきます。どうぞ、よろしくお願い致します」


 そう口にした後、僕は、彼女に深くお辞儀をする。


 数秒程頭を下げ、顔を上げると、そこには―――目を丸くさせたシャルロッテの姿があった。


「え? えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!? あ、貴方が、アタシの新しいボディーガードだったの!?!? もっと、ゴリラみたいなムキムキの人来ると思ったんだけど!? それがこんな、華奢で、クール系美少女が来るなんて……貴方、本当にボディーガードの人なの!?」


 び、美少女……男だとバレていないことを喜べば良いのか、それとも、男として泣いた方が良いのか……。


 ま、まぁ今は、そんなことをいちいち考えているのは良くないな。


 僕はコホンと咳払いした後、彼女に対して口を開く。


「シャルロッテ様」


「な、なに!?」


「とりあえず、シャルロッテ様の御部屋へ行きませんか? 早く、そのゴミが付いた髪の毛を洗った方がよろしいかと」


「あ」


 こうして僕は、無事、警護対象である大統領の娘である彼女―――シャルロッテ・Lジェイ・ウィルフォードと、出会いを果たした。


 色々と、可笑しなところがありそうな少女だが……見た感じ、悪い子ではなさそうだ。


 お婆様は彼女を気難しい少女と言っていたが、本当にそうなのだろうか?


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ―――シャルロッテに部屋へ通されて数十分。


 現在僕は、彼女の部屋のリビングで、ソファーに座って寛いでいた。


 部屋の奥からシャーッという、シャワーの音が聴こえてくる。


 彼女は部屋の中に僕を通すと、髪を洗ってくると告げて、すぐさまにシャワールームへと入って行った。


 その間、僕はこうして、ソファーの上でボーッと待機している……という感じだ。


「それにしても……」


 白金にある高級マンションなだけあってか、とても綺麗な家だな。


 部屋の広さは見た感じ、4LDKくらいはあるんじゃないだろうか?


 天井にはクルクルと回転しているシーリングファンが取り付けられており、壁は一面真っ白。


 ソファーの背後にある窓は全面ガラス張りで、白金の街並みだけでなく、奥にあるスカイツリーまで見渡せる。


 まさに、THE金持ちの家って感じの光景だな。


 まぁ、大統領の娘ともなれば、逆にこの家レベルでも、質素な部類なのかもしれないが。


 その辺の金銭感覚は、ただの庶民である僕にはよく分からない。


「……見た感じ、このビルと同じ高さの建物は周囲にはなさそうだな。一応、狙撃の心配はない、か」


 師匠はよく口酸っぱく言っていた。

 

 高所に居る時はまず何よりも先に、狙撃ポイントを抑えろと。


 スナイパーに先制攻撃された場合、基本的に射線外に逃げるしか、生き残る道はない。


 故に、一番に警戒すべき敵は、近距離戦を得意とする歩兵ではなく、遠隔射撃を得意とするスナイパーである。


「ニャア」


 窓の外の光景を見つめていると、いつの間にか足元に黒猫がすり寄ってきていた。


 毛が少し濡れている。確か、シャルロッテと一緒に風呂場に行ったはずだが……。


「お待たせ」


 顔を上げる。するとそこには、私服に着替えてきたシャルロッテの姿があった。


 コーラルピンク色のワンピースを着たシャルロッテ。


 彼女はテーブルを挟んだ、向かい側のソファーへと座る。


 そして足を組むと、笑みを浮かべた。


「改めて、初めまして。シャルロッテ・Lジェイ・ウィルフォードよ。先ほどは助けてくれて、ありがとう」


 丁寧に挨拶をされた。僕も彼女に習い、挨拶をすることに決める。


「ご丁寧にどうもありがとうございます。咲守怜です。それにしても……シャルロッテ様は、とても流暢な日本語を喋られるのですね? 一応、私は英語が喋れますが……日本語のままで大丈夫でしょうか?」


「ここは日本なのだから、別に日本語で話して貰って構わないわ。アタシもアメリカに居た時間よりもこっちでの生活の方が長いから。気にしないで」


「畏まりました」


「それで……貴方、レイ、とか言ったっけ? 咲守家って、日本でも有名なボディーガードの一族なのよね?」


「はい。咲守家は、江戸の時代から要人の警護をしてきた御家です。忍者の末裔、なんて言う人もいますね」


「そうなんだ。にしても、貴方も災難ね。アタシみたいな本家の子供でも何でもない、愛人に産ませた子供の警護に付かなければならないなんて。どうせあの男……お父様からの依頼なんでしょう? こんなの、税金の無駄なのにね。アタシの命なんて、誰も狙うわけないじゃない」


 う、うーん……何て答えれば良いのか分からない……。


 家族間の問題にとやかく突っ込む気はないのだが……実際、彼女を狙う暗殺者が学園に潜んでいる可能性がある。


 この事実だけは、完結に伝えた方が良いだろう。


「ま、そういうことで。レイ、貴方、別にアタシのボディーガードに付かなくて結構よ。アタシ、他人と生活できるような性格していないと思うし。だから、今回の仕事はキャンセルということで―――」


「シャルロッテ様。実は、さる情報筋から、貴方様の通う学校に……ん? ちょっと失礼」


 僕はソファーから立ち上がる。そして、先ほどから目に入っていた、電源タップへと近付いていった。


「え? 何!? 急にどうしたの、レイ!?」


 延長コードに繋がっているUSB型の電源タップ。


 そのタップを外し、僕は、その差し込み口に視線を向ける。


「これは……シャルロッテ様、ドライバーを持っていますか?」


「え? ドライバー!?」


「この電源タップ、盗聴器が仕掛けられている可能性がございます」


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