第4話 男嫌いのアホお嬢様と出会ってしまいました。
「な、何だか、ジロジロと見られているのは気のせいかな……?」
4月20日――――東京都渋谷区。
多くの若者が歩く駅前を、僕は今、女装しながら歩いていた。
祖母の命令通りに、女装して、護衛対象の家へと向かっているのだが……本当に、何故、こうなってしまったのか。
僕は今まで、屈強な傭兵志望の男たちと共に、日夜訓練に励む特殊修練場に在籍していた。
そこでは訓練兵同士の暴力騒動なんて日常茶飯事だったし、常に下品なスラングが飛び交っていて、とても男臭い場所だった。
そんなところで五年間、暮らしてきたこの僕が、今、女装をして渋谷を歩いている。
改めて考えると、本当いったい何なのだろう、この状況は。
履きなれないスカートのせいか何だか足元がスースーして気持ち悪いし、羞恥で心臓はバクバクと激しく脈打つし、顔から火が出そうだし……色々と散々だ。
うぅ……何だか、心なしか、近くを通り過ぎる人たちが僕のことを見ているような気がするぞ?
……僕は影だ。そう、影に徹しなければ平常心を保てそうにない。これも任務、そう、任務なんだ……。
スカートの裾を下に引っ張りながら、顔を俯かせ、歩道を歩いていると……突如、前方から声を掛けられる。
「――――ねぇねぇ、そこの子、ちょっと良いかな?」
「へ?」
顔を上げると、そこには、日に焼けた茶髪の青年が立っていた。
突然のその声掛けに呆気に取られていると、青年はぐいぐいとこちらに詰め寄って来る。
な、何だ、この男? 突然近寄ってきて……も、もしかして、僕が男だって気が付いたのか!?
くそっ、こうなったら、彼を何処か人気のない路地裏に引きずり込んで、腕の何本か折って口止めを……いや、平和な日本でそれをやったら大きな事件として報道されかねない……!! ここは、僕が以前まで住んで居た無法地域とは違うんだ!!
ど、どうしたら……良いんだ……!?
混乱し、目をグルグルとさせて後方へと下がると……男は逃げる僕の腕を掴み、ニコリと微笑みを浮かべる。
「君、すごく可愛いね。ねぇ、今から俺とお茶でもしない?」
「ひ、ひぃ!? お、お茶ぁ!?!?」
お茶って何だ!? 何かの隠語か!? こいつ、僕の正体に気が付いて、脅しを掛けてきているのか!?
「顔を真っ赤にさせちゃって可愛いね。ん? 君、よく見ると目が青い……ハーフか何か?」
か、顔が近い……!! ち、近付くなぁ!! 僕に男同士で顔を近づける趣味はないっっ!!!!
「ちょ、ちょっと、どいてください……!!」
「ね? 一緒にお茶に行こうよ? 奢るからさ~!」
どうやらこいつ、梃子でも動く気はなさそうだ。
冷静に見てみれば、この男はどう見ても素人。
武力行使で退けるのは簡単だと思われる。
しかし、それをすれば、必然的に僕は街中で目立ってしまうことになるだろう。
ど、どうすれば……この状況、いったいどうすれば良いんだ……!!
そう、頭を悩ませていた――――その時。
背後から、女の子の声が聴こえてきた。
「……そこの貴方。その子、嫌がっているじゃない。手、離してあげたらどう?」
「え?」
振り返ると、そこに居たのはオレンジ色の髪の……ハーフツインテールの小柄な少女だった。
突如現れた彼女に対して、男はフンと鼻息を鳴らす。
「チッ。誰だよ。あんたには関係ないだろ。いいから引っ込んで――――」
「みなさーん! ここに、痴漢がいますー!! おまわりさん呼んでくださーい!!」
「はぁ!? てめぇ、何言ってやがんだ……!!」
「ふふん。あんたさ、一度、自分の顔を鏡で見てみたらどう? あんたみたいな流行りの髪型を作っただけの気持ち悪い男が、そこに居る女の子と釣り合うなんて思う? 思い上がりも甚だしいのよ、この、ヤリ〇ンが。あんたみたいなのは、いかにもなヤ〇マンしか見向きしないのよ。分かったらとっとと家に帰ってママのミルクでも飲んでなさい、このクソグロチ〇ポ野郎が」
お、おぉ……この子、見た目に反してとんでもなく口が悪いな……思わず懐かしの訓練場を思い出してしまったぞ……。
しかし、そんなに煽ってしまったら、多分、この男は……。
「て、てめぇ!! 女だからって舐めてると痛い目遭うぞ!! このクソ女がーーー!!!!」
「え!? ちょ、殴る気!? アタシ、女の子なのよ!?!?」
「知るかぁぁぁぁぁ!!!!!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁーーー!!!!」
まぁ、当然……そうなるよな。
僕は急いで少女の前に行き、庇うようにして立つ。
そして、こちらに向かって振られた男の拳を―――手のひらで難なく受け止める。
パシッと乾いた音が鳴った後、男は目を見開き、驚きの表情を浮かべた。
「なっ――――――!?!?」
「……」
僕は無表情で、そのまま、男の拳を握りしめようとした。
しかし彼は何かを感じたのか、すぐに、僕の手を弾いた。
「な……、は? え?」
僕の目をジッと見つめ、信じられないものを見るかのような表情を浮かべる青年。
しかし、彼は何かを言う前に、周囲に人が集まってきたことに気付き……眉間に皺を寄せると、すぐにその場から離れていった。
その後、僕はふぅと短く息を吐いて、背後にいる少女へと視線を向ける。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ。貴方……その、とってもクールなのね。あ、ありがとう。助けようとしたはずが、逆に助けられちゃったわ」
そう口にすると、少女は自分の髪の毛にクルクルと指を通し、頬を紅くさせる。
……間違いない。この子は、例の―――。
「しかし、男って、やっぱりどいつこいつもクソばかりね! 本当に、性欲に脳を支配されたケダモノしかいないんだから!! 貴方もそう思わない?」
「え、えっと……」
僕もその、性別学的には立派な男なわけで……その言葉には何とも言えないです、はい……。
いや、そんなことよりもまず、確認しなければならないことがある。彼女は、多分……。
「あの、すいません、もしかして貴方は……」
「あ、ごめんなさい! 今日は、うちに大事な来客が来る日なの! じゃあね! 次から街を歩く時は気を付けなさいよ! クールガール!」
「あ! ちょっと!」
少女は僕の言葉を無視して、雑踏に消えてしまった。
……何となく、あの子がとてもせっかちで、自己中心的な性格をしていることだけは、窺えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「―――……ここが、警護対象のシャルロッテ・Lジェイ・ウィルフォードが滞在しているマンションか」
僕は、目の前に聳え立つ高層ビルを見上げ、思わず感嘆の息を吐く。
目算、四十階以上はありそうな高級マンションだ。
高級住宅街、白金の一等地に居を構えるとは、流石は大統領の娘といったところだろうか。
僕はビルを見上げた後、ブレザーのポケットから手鏡を取り出し、身だしなみの最終チェックをする。
手鏡に映るのは、青髪ボブヘアーのクール系美少女……に扮した、自分の姿。
キリッとした青い目でこちらを睨み付けるその姿は、以前の自分とは異なった雰囲気を醸し出していた。
「だけど……」
だけど、やっぱり不安感はぬぐえないな。
メイドの月乃さんにしっかりメイクをしてもらったが、これ、本当に大丈夫なのかな?
初対面で男であることがバレる、なんてことにならなきゃいいのだが……。
「まぁ、ここで悩んでも仕方ないな。さっそく、シャルロッテさんに会いに―――」
「もごごご……だ、誰か、助けて……」
何処からかくぐもった声が聴こえてくる。
その声が聴こえてきた方向に視線を向けると―――マンション前にあるゴミ箱に頭を突っ込んで足をバタバタとさせている、オレンジ色の髪の、ハーフツインテールの少女の姿があったのだった。
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