第3話 女装することになってしまった、護衛人


「……本当に、これで合っているのか……?」


 僕は姿見の前に立ち、そこに映っている自分の姿に思わず顔を引き攣らせてしまう。


 鏡の中に居る自分は、以前までの自分の姿とは異なるからだ。


 黒髪に青い目。ここまでは普段と変わらない。


 だけど、その下、衣服が今までと異なっていた。


 胸ポケットに鷲の校章、白と水色を基調としたブレザーに、緑と赤のチェック柄のスカート。


 肩には見た目がスクール鞄の、折り畳み式防弾盾が仕込まれた警護鞄が掛かっている。


 スカートの下、太腿に取り付けられているベルトには、小型拳銃ベレッタナノをガンホルダーに装着している。


 袖の中には、いつでも取り出せるように小型のナイフが。


 そこには、女子高生に身を扮した、武装した自身の姿があった。


「……これで、本当に、女装したって言えるのかな?」


 思わず、鏡の中の自分に疑問の声を溢してしまう。


 何故なら今の僕は、髪も短いままだし、胸も膨らんでいないからだ。


 髪は、無理を通せばショートカットで押し通せるだろうか? 普通の男子よりは長い方だとは思うし。


 胸は……僕はれっきとした男なので、こればかりは仕方がないところだな。


 ここは、貧乳ということで、何とか押し通すしかない、かな……?


 女装した自分の姿に不安を募らせていた、その時。


 コンコンと、扉をノックする音が聴こえてきた。


 誰だろうと首を傾げながら振り返り、背後にある扉へと近付く。


 そして扉の施錠を解き、ドアを開けると、そこには……不愛想な一人のメイドが立っていた。


 彼女は手に持っていたアルミケースを、僕へと手渡してくる。


「ご当主様からです」


「お婆様が? これはいったい……?」


 僕は困惑しながらも、ケースを受け取り、開けてみる。


 すると、そこに入っていたのは――――化粧道具一式に、女性ものの下着、パッド、ウィッグなどの物品の姿が。


 その中身に顔を青ざめさせていると、藍色の三つ編みメイドは、静かに口を開く。


「女装のお手伝いを、私が担当させていただきます。よろしいでしょうか、怜人さま」


「断ることは……」


「できません」


「ですよね……お願いします……」


 こうして僕は訳も分からず、初めて会ったメイドによって、完璧に女装をさせられていくのだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「――――失礼します、お婆様」


 昨日と同じように、扉をノックし、メイドの少女と共に二階にある書斎へと入る。


 するとそこには、先日と同じようにモノクルを付けて書類を睨み付ける、祖母の姿があった。


 彼女は顔を上げると、僕の姿にフッと微笑を浮かべる。


「想像した通り、やはり怜人は女装すると、本物の女性にしか見えませんね」


「それは……僕にとっては誉め言葉にはなりませんね、お婆様……」


 今現在の僕の恰好はというと……青みがかった黒髪ボブヘアーのウィッグを付け、化粧をして、ブラジャーとパッドで胸を作り、女子高生の制服を着た……ただの変態だった。


 人生でこれほどまでの羞恥を経験したことは今まで一度もない。


 アメリカの訓練場でだって、ここまで精神的ダメージを負った訓練をしたことはなかった。


 本当になんなんだ、この状況は……僕は本当に、立派なボディーガードになれるのだろうか……。


 現在の状況にげんなりとしていると、お婆様はモノクルを光らせ、静かに口を開く。


「さて。今日から怜人には、シャルロッテ・Lジェイ・ウィルフォードの護衛に付いてもらうわけですが……三つ程、注意事項があります。まず、一つ目。彼女はとても気難しい性格をしております。今まで何人も女性ボディーガードを雇ってきたそうですが、その殆どが、彼女によって強制的に辞めさせられています。身辺警護をする上で、彼女の機嫌を損ねないように気をつけてください」


「は、はい。分かりました」


「二つ目。これは先日も言いましたが、貴方が男性であることは絶対に、誰にもバレないようにしてください。貴方が男性であることを知っているのは、私と、そこにいるメイドの月乃。あとは、日本の政府高官だけです。もし、このことが他の人間にバレれば……アメリカと日本の関係に亀裂が走るでしょう」


「あの……質問なのですが、別に咲守家でなく、他の組織から女性ボディーガードを斡旋しても良かったのでは……?」


「大統領の娘の護衛をするのが、咲守家、だからこそ意味があるのです。お分かりですね?」


 ……ようは、この仕事を達成するのが咲守家でなくてはいけない、ということか……。


 その詳細はよく分からないが、恐らくはメンツとか、そういうくだらないものが要因なのだろうな。


「最後に三つ目。彼女を狙っている暗殺者が、これから貴方が通う華族学校に紛れ込んでいる可能性があります」


「え……?」


 突如、空気が変わった。


 恐らくお婆様はこのことを一番に、僕に伝えたかったのだろう。


「昔から縁のある情報筋からの通達です。間違いはないかと思われます」


「……今回の任務、僕にその暗殺者を始末しろ、と、お婆様はそう言いたいのですか?」


「まさか。貴方は護衛人です。保護対象者を警護するのが貴方の役目。……ですが」


 お婆様は目を細め、ギラリと、鋭く眼光を光らせる。


「見つけ次第、始末して貰って構いません。これは、貴方の実力を確かめる最初の任務でもありますからね。……期待していますよ、咲守怜人」


「……はい。最善を尽くします」


 この五年間、磨いてきた力を、ついに発揮させる時がきた。


 僕の目的は両親を殺した殺人鬼への仇討ち。これはその前の、前哨戦と言っても良いものだろう。


 暗殺者は確実に仕留めてみせる。今後の僕のためにも。


「貴方の背後にいる、そのメイド……冬野月乃とうのつきのを、貴方の専属メイドにしてさしあげます。好きに使いなさい」


 その言葉に、僕は背後を振り返る。


 すると、メイドの少女は無表情のままスカートの裾を掴み、カーテシーの礼を取った。


「冬野月乃と申します。これからよろしくお願いします、咲守怜人様」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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