第2話 憤怒のお姫様


「シャルロッテさま! ずっと貴方が好きでした! このボク―――財務省大臣の息子である、財津崇高ざいつむねたかと、お付き合いしてください!!」


 とある高校のお昼休み――昼食を摂る生徒で賑わう中庭。


 ベンチに座ってお弁当を食べる美少女の前に、膝を付いて、バラの花束を両手に持ったイケメンが一人居た。


 彼は学校内屈指のイケメンであった。


 そして、彼が告白したベンチに座る少女も、学校内屈指の美少女だった。


 周囲で昼食を摂っていた生徒たちは皆談笑を止め、二人に視線を向ける。


 校内屈指のカースト上位カップルが完成なるか、皆、固唾を飲んで見守っていた。


 しかし――――少女は目の前で花束を掲げるイケメンに対して、心の底から嫌悪する様子を見せた。


「……fuck」


「え?」


「……貴方。頭、どうかしているんじゃないの? 何でアタシが、見ず知らずの貴方と付き合わなければならないの? そもそも何で、ろくに話したことが無いのに好きになったの? 意味が分からないし、はっきり言って、その一方的な好意が気持ち悪い」


「な……!! ま、待ってくれ!! ボ、ボクは君に本気なんだ!! せ、せめて、デートだけでも……!!」


 イケメン男、財津崇高は少女の手を握り、そう訴える。


 その行動に、オレンジ色の髪の、ハーフツインテールの美少女は……顔を青ざめさせた。


「……き、キモイキモイキモイキモイ、気持ち悪いーッッ!! さ、触わんなし、汚らしい男がーーーーっっ!!!!!!!」


 美少女は立ち上がると、目の前にいる男に強烈なビンタを食らわせる。


 その平手打ちに男は撃沈し、ドサッと、バラの花束と共に地面に倒れ伏す。


 その光景に、周囲はヒューヒューと歓声を上げた。


「記念すべき120人目の挑戦者が、姫にぶった切られたーーー!!!!!」


「財津先輩、良い線いくかと思ったんだけどなー。学校内屈指のイケメンでも駄目かー」


「やっぱりあの噂、本当なのかな?」


「噂?」


「獅子の御姫様……シャルロッテ・Lジェイ・ウィルフォードは、過去のある出来事がきっかけで、大の男性嫌いになった……って噂だよ」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ――――――僕、咲守怜人は、幼い頃に両親を失った。


 今でもあの時の出来事は、鮮明に思い出すことができる。


 小学校から帰宅した、午後16時過ぎの夕方。


 窓から差し込む紅い夕陽。リビングに倒れ伏す、血だらけの両親二人の姿。


 そして、目出し帽を被った、一人の男。


 彼は血に濡れたナイフを手に持ったまま、僕の傍へと歩いてきた。


 このまま殺されるのだと思った。


 幼い僕は逃げることもできず、恐怖心で硬直し、その場に立ち尽くしてしまっていたから。


 だが―――殺人鬼はしゃがみ込むと、僕の耳元で、こう呟いた。


『……お前が人生の幸せを嚙みしめた、その時。俺はお前の大切なものを奪いに、またやってくる。友人、恋人……全てを奪ってやる。せいぜい、苦しんで生きると良い』――――と。


 僕は、生かされた。奴にとってまだ、僕は消す対象ではなかったということだ。


 ……殺される前に、あいつを探し出して、何としてでもこの手で始末しなければならない。


 僕はあの男が生きている以上、幸せになることができないのだから……。


「――――ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ」


 目覚まし時計の機械音で目が覚める。


 知らない天井に、知らない部屋。


 ……そうか。僕は、咲守家に帰ってきたんだった。


 もうここはアメリカの訓練所ではない。


 鬼教官に夜襲訓練と言われ夜中に叩き起こされることはないし、起きた直後に自動小銃を持ってグラウンドをランニングさせられることもない。


 ここは世界でも1,2を争う平和な国、日本。


 反政府組織のゲリラもいなければ、テロリストもいない。


 だけど、習慣というものは恐ろしいものだ。


 いつ何時何があってもいいように、枕の裏にはナイフと拳銃が隠してある。


 師匠曰く、一番危険な場所は戦場ではなく、『ベッドの上』だそうだ。


 いくら屈強な肉体を持つ男といえども、就寝中に、首元に刃物を突き刺されれば一撃。


 特に男には、性欲というものがある。


 過去の歴史を鑑みて、世の要職に就く男が暗殺された最も多い場所は、ベッドの上……つまりは、女性と共に床に就いた時だという。


 だから、師匠はよく言っていたな。


 死にたくなければ寝床には必ず武器を置け。あと、女を口説くときは命を賭けろ……と。


 まぁ、後者の件に関しては僕には関係ないので、どうでもいい話だが。


 今の僕は、誰かを好きになる余裕などないのだから。


「さて……今日は、さっそく仕事に行かないとならないけれど……気が重いなぁ」


 僕は目覚まし時計の音を止めた後、ベッドの上で上体を起こし、ハァと、大きくため息を吐く。


 そして、チラリと、壁に掛けてある、ハンガーに掛かった衣服に視線を向ける。


 まさか……異国で厳しい修行を終え、帰国した後、女学生の制服を着ることになろうとはね……。


 帰国したらすぐに、要人の警護をするということは最新から理解していた。


 だけど、女装して大統領の娘……それも、男嫌いの女の子の警護をしながら、一緒に高校に通うはめになろうとはな……。


 確か、祖母が言っていた話では、護衛対象の少女が通う学校は各国の要人の子供が通う華族学校だったっけ?


 学園に通う各生徒に、当たり前にボディーガードが付いている場所と聞く。


 何故、ボディーガードのデビュー時に、同業者に女装姿で会わなければならないのだろうか。


 今後、咲守怜人の経歴に悪評が付きそうで、不安がいっぱいだ。


「はぁ……とにかく、着替えるか……」


 ベッドから降り、ハンガーに手を伸ばす。


 これからのことを考えると、頭が痛くなってくるが、仕方がない。


 これも仕事として、割り切ることにしよう。

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