男嫌いのご令嬢の護衛を、何故か女装してすることになったのですが。

三日月猫@剣聖メイド3巻12月25日発売

第1話 女装して大統領の娘を警護しろってマジですか?


 ―――――江戸時代から続く、要人を護衛する任に就く一族、咲守家。


 この家に産まれた人間は代々例外なく一流のボディーガードとなっており、一族全員身を挺して、暗殺者の手から政府の重鎮や皇族などを守っている。


 その由緒正しき御家の末席に身を置くこの僕……咲守怜人さきもりれいとも、幼少の頃から過酷な訓練を経験してきた、ボディーガードの端くれだ。


「……緊張するな」


 ジェラルミンケースを左手に持ちながら、僕は、目の前に聳え立つ咲守家の御屋敷を眺める。


 その古ぼけた御屋敷はレンガ造りとなっており、壁には蔦が絡みついていて、庭には雑草が生え放題。


 ここに帰って来るのは、実に五年ぶりだが……見た目は特に昔と変わっていないな。


 僕は大きく深呼吸した後、錆付いた門を開け、中へと入って行った。




 僕は今から5年前、10歳の頃、祖母によってアメリカの特殊訓練場に放り込まれ、そこであらゆる戦闘技術を叩きこまれた。


 僕の師は、過去に戦争に行ったことがある本物の兵士だった。


 彼からはサバイバル術、銃の整備、銃の使用方法、ナイフの扱い方、近接格闘術、諸々のことを教わった。


 まぁ、中には、女性の口説き方や、賭け事の必勝法などのどうでもいい知識もあったが。


 とはいえ、実戦経験者から戦闘技術を学べたのは大きいといえるだろう。


 紛争や大規模な反政府デモなどが起こらない平和な日本では、人殺しなんて、そこら辺に居るわけではないからな。


 実際に人間と相対して命を奪った者でなければ、学べない領域というものがある。


「本当にここは、五年前と何も変わらないな」


 屋敷の鍵を開け、中に入ると、古い家特有の何処かかび臭い匂いが鼻腔を突く。


 屋敷の中は、ヨーロッパ調の造りとなっていた。


 エントランスホールの天井には豪奢なシャンデリアがぶら下がっており、床には紅いカーペットが一面に敷かれていて、正面玄関の壁でこちらを睨み付けているのは、厳めしい顔をした老人の肖像画。


 僕は曾祖父に当たるその肖像画に笑みを浮かべた後、玄関口で靴を脱ぎ、スリッパに履き替え、中へと入って行った。


 そして、階段を登り、二階へ辿り着くと、右側に続く長い廊下を歩いて行く。


 そこにも延々と紅いカーペットが敷かれていた。さながら催事などに使われるレッドカーペットのようだな。


 そうして、廊下を進んで行くこと数分。突き当りから、一人の男が現れた。


「……ん? お前はまさか……怜人か?」


 外国の血が混じっていると察せられる、金の髪に青い瞳をしたスーツの男。


 目の前に現れたその男に対して、僕は深く頭を下げる。


「お久しぶりです、叔父様。五年の稽古を終え、咲守怜人、再び戻ってまいりました」


「……フン。厄介払いとしてアメリカに送ったのに……まさかたった五年で戻ってくるなんてな」


「アメリカでは良い経験を積ませていただきました」


「それは嫌味か? チッ、怜人、これだけは覚えておけ。いくら貴様がこれから護衛人として名を上げたところで、咲守家の当主の座は我が息子のものだ。兄の子供とはいえ、お前はまだ幼く実績もない」


「はい。五年前にも言いましたが、僕にそのような野心はありません」


「……肝に銘じておけ。お前はこの私の飼い犬だということをな」


 そう言い残すと、叔父は横を通り過ぎ、廊下の奥へと消えていった。


 その背中を見送ると、僕はそのまま歩みを進めて、廊下を歩いて行く。


 まっすぐと廊下を進んで行くと、美しい装飾が施された扉が目の前に現れた。


 胸に手を当て短く息を吐いた後、その扉をコンコンとノックする。


「咲守怜人です」


「入りなさい」


 ドアノブを押して、扉を開けて中へと入る。


 周囲を巨大な本棚に囲まれたその部屋の中央には、ひとつのテーブル席があった。


 そこに座っているのは、書類に目を通す、右目にモノクルを付けた老婆の姿。


 彼女は書類の内容を確認し終えると、トントンと整え、書類を引き出しの中へと仕舞う。


 そして、手を組むと、こちらに鋭い眼光を向けてきた。


「大きくなりましたね、怜人。五年前とは顔付きも違って見えます」


「は、ははは……あのようなところに放り込まれたら、嫌が何でも、人格は変わると思いますよ」


「五年前。貴方は両親を亡くして、この家を訪ねてきた。我が一族の名を捨て、一般人と結婚し、護衛人になることを辞めた我が息子……咲守牧仁の子供が、まさか、私の元にやってくるとは。今思い出してもあの時の出来事は驚きでしたよ」


「当時の自分は、何処にも頼れるところがなくて……。養護施設では周囲になじめず、職員からは先の事件で気味悪がれ、同年代の子たちからは『女の子みたい』といじめられてしまいまして。母方の一族には当てがなく、決死の想いで、父方の一族である咲守家の門を叩かせていただきました」


「頼れるところがなくて、ですか……」


「? 何か?」


「いいえ、何でも。……怜人。五年前に私が言ったことを、まだ覚えていますか?」


「はい。勿論です。『この家の人間として生きたいのならば、仕事に就いてもらう。そのためには貴方には圧倒的に技術が足りない』――――と」


「はい、その通りです。そして貴方は五年という短期間で、私の課した試験を合格し、卒業を果たした。正直、驚きましたよ。あの稽古場は通常、十年以上掛けて卒業する場所ですからね」


「え゛? そう、なんですか……?」


 その言葉に思わず僕が固まっていると……祖母は笑みを浮かべ、引き出しから一枚の紙を取り出した。


「貴方、異国の言葉はどれくらい喋れるようになりましたか?」


「アメリカで過ごしていたので、英語はそれなりに。あとは、フランス語、ドイツ語も少しだけ話すことができます。ただ……英語に関しては師匠譲りのものですので、少々、汚いスラングが多いですが」


「結構。では、さっそく貴方に仕事を任せます。読んでみなさい」


 祖母はそう言うと、手に持った一枚の紙を僕の前に突き出してくる。


 そこには、一枚の顔写真と名前、プロフィール、個人情報が詳細に書かれていた。


 写真に写っているのは、オレンジ色のハーフツインテールの、異国情緒溢れる少女の姿。


 少女は不機嫌そうにこちらを睨み付け、仏頂面を浮かべている。


 名前の欄には、シャルロッテ・Lジェイ・ウィルフォードと、そう書かれている。


 僕は首を傾げて、祖母へと視線を向けた。


「御婆様、この方は?」


「アメリカ合衆国の大統領、その隠し子です。ある事情で秘密裏に、日本の高校に通っています」


「……え? 大統領? 隠し子?」


「この少女は極度の男性嫌いと聞いています。なので……ウチの孫娘・・を護衛に付けると、先方にはそう伝えておきました」


「いや、あの、待ってください、お婆様。この仕事って僕に……なんですよね?」


「そうですよ、怜人」


「僕……男子、ですよ……?」


 そう言葉を返すと、祖母はニヤリと不気味な笑みを浮かべる。


「この仕事は、多額の報奨金だけでなく、アメリカとの友好的な架け橋にも繋がります。国家としても、何とか成功させたい任務……。ですから、怜人、貴方……女装して、女子に扮しなさい」


「はい……?」


 祖母のその一言に、僕は、首を傾げることしかできなかった。

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